揺れる金天秤:帝国領 第二幕 その11
ヴァイス様
色々と危なかったです。 もう舞踏会はこりごりです。
平穏な学園生活にあこがれます。 何卒マスターにはご内密に
---マニューエ
光の剣の眩い刀身は、周囲の闇を払う。 マニューエが武器も持たずに自然体に構え、そんな彼女にセルシオは光の剣で打ちかかった。 ”無礼者には有無を言わせない一撃を与える” 懲罰的思考を持っていた。 想定通りなら、マニューエの体は唐竹割に真っ二つになっていたはず。 しかし、出来ていない。 打ち込む速さよりも早く、マニューエは動いた。 そう、打ち掛かられるのと同時に一足飛びに懐に入ったマニューエ。
”これは返してもらう。 光の精霊神様からの御命令だ”
そう心の中で、呟くように言うと、拳の一撃が、セルシオの左の胸を打ち抜いた。 そこには、勇者の印である記章が光を放っている場所だった。 何が有っても曇る事無く光り輝いていた記章が、マニューエの一撃を喰らって、光の粒になりつつ、霧散する。 衝撃はセルシオの体を突き抜ける様に襲った。
ゴロゴロゴロ
後ろ向けに、セルシオは転がる。 訳が判らなかった。 立ち上がり、手にした剣をもう一度振りかぶる。その剣の光が鈍くなっている事に気が付かない。
「喰らえ、輝天鳳凰剣!」
彼の必殺の剣技の一つだった。魔王の四候の一人をこれで屠った。 絶対の自信を持って繰り出す、その剣技は、周囲に多大な破壊をもたらす筈であった。 マニューエの口の中で呪文が一つ唱えられた。 彼女の正面に「防御」の呪印が展開される。
”単なる「防御」呪印だ。 恐るるに足らず”
セルシオは振りかぶった剣を、そのまま降ろす。「防御」ごと切り伏せるつもりだった。 大地を割り、山をも分断するはずの光の剣が、ガッツリと「防御」呪印に食い込み止まる。 余りに呆気なく止められた。周囲へ破滅的な損害も出さず、ただ静かに受け止められた。セルシオは切り倒せなかった事に驚愕した。 しかし、事はそれだけでは収まらなかった。 その「防御」呪印に、彼の光の剣の光彩が吸い込まれていく。 驚愕に驚愕が重なる。
”此処までが光の精霊神様のお願い。此処からは、私の職務”
マニューエの口の中で呟かれる言葉は、セルシオには届かない。彼女は、自らの「防御」呪印をたたき割る様に右ストレートを一発、セルシオの顔面に放った。マニューエの拳が顔面を捉え、またもや後方に転がるセルシオ。 茫然と転がる彼は、虚空に向かい問いかける。
”何故だ?なぜ効かない? 奴は魔人か?”
その答えを出す為、起き上がり、光の剣を手に取る。 何かおかしい。 剣が一片の光も発していない。
「出でよ! 出でよ!・・・・出でよ!」
何度、マジカを送っても、光は戻ってこない。其れを見てマニューエは言った。
「光の精霊神様の加護が無くなったのだ。 もう、貴方には光の剣は使用でき無い。 更に言うなら、勇者でもなくなった。 その呼称は剥奪された。 以降は只人として暮らすがいい」
状況に理解が追いつかない。 勇者でなくなった? 自分のアイデンティティが徐々に崩壊を始める。 正義は自分にあった筈だ。 だから、勇者の称号も手にできた。 光の剣も使えた。 しかし、それが”光の精霊神”からの借り物だった事に、やっと気が付いた。 見放された? そう、感じた。 加護が無くなったとは、そういう事だ。 市井の民草ならばわかるが、自分が見放されるとは思ってもみなかった。
”・・・自分は王太子。 そう、王太子なのだ。 次代の皇帝なのだ。 他人は俺を敬うべきなのだ!!”
白濁した思考で、そう結論付けたセルシオは、後先の見境が無くなった。 発効しない光の剣を、目の前の騎士に叩きつける様に振るった。
キンッ!
鋭くとがった音が辺りに響いた。 振り下ろされる剣が、マニューエに当たるその瞬間、マニューエの両手が交差する。 左手が頭の上を横に移動し、右の拳が少し下がった処を反対側に殴りつけていた。 クルクルと回りながら放物線を描く刀身の一部。 マニューエが発動しなくなった光の剣を中央からへし折った。
崩れ落ちるセルシオ。 現実に思考と理解が追いつかない。 目の前に立つマニューエが言った。
「貴方ごときに、武器は要らない。 拳一つで十分だ」
彼の自尊心がへし折られた。まるで手の中に残る光の剣の残骸のように。
「勝負ありましたな、セルシオ第五王太子。 ルーチェ卿が武器を使用しなかったのは、貴方の命を落とさない為。 貴方が帝室の一員だからです。 しかしこの事が公になると、貴方はその身分すら剥奪されるでしょう。 ・・・ああ、そうだ貴方が蹴ろうとしたのは、第二王太子のご令嬢セシリア=レゾン=アートランド姫様です。・・・ルーチェ卿に感謝しなさい。命が有った事を」
ボンヤリと手に持つ光の剣の残骸を惚けたように見ながら、ダコタ伯爵の言葉を聞く。 立会人が勝負の判定をするのは、片側が戦意を喪失した場合だけ。 セルシオの心が折れ、これ以上の戦闘は不可能と、ダコタ伯爵がそう判断した。
諭されるように、事実を告げられたセルシオはボンヤリと周囲を見る。 声援や罵声を掛けて居た取り巻きの中堅貴族達が潮が引くように、その場を後にしようとしていた。 しかし、それも叶わない。 近衛魔法騎士団の強面の面々が彼らを拘束していた。もう、セルシオの周りには誰もいない。 一人として彼を助ける者はいない。
「さて、そろそろ衛兵がやってきます。 今夜の宿の心配はいりませんな。 酔いがさめる頃には、全ての裁定が下りておるでしょう。 セルシオ=ヨータ=オブライエン 帝国 第五王太子殿」
冷たくダコタ伯爵がセルシオにそう宣下した。
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ニコニコとセシリアは上機嫌だった。 大好きになってしまったマニューエが無事に戻って来たのだ。彼女にマニューエはそっと言った。
「姫様、よく我慢しておいででした。 それでこそ、ラマアーン殿下のご息女です。 ルーチェ感服いたしました」
「ルーチェが居てくれたから。 だから、頑張れたわ!」
ニコニコとした笑顔をマニューエに向かって惜しげもなく振りまく。 周囲の第二軍の魔法騎士達もホッと胸をなでおろす。 どんなに嫌な男でも、帝室の一員。更に勇者で魔王を討ったと公言していたのがセルシオだった。 いくら近衛騎士の立場だとは言っても、帝室関係者に手は出せない。
しかし、マニューエは違った。護衛対象者に危害を加えようとした者に相応の対応。さらに、向こうからの挑発。 受けて立ったという事実。 これらを積み重ねて、どんな角度から見ても、彼女に落ち度は無かった。 更に勇者の一撃を周辺に被害を出さず受け止め、彼の顔面にキツイ一発をお見舞いしたことで、もやもやしていた第二軍の彼らにとって胸のすく思いだった。
「ルーチェ卿・・・我らからも礼を」
「あら、私は職務を果たしただけですわ」
「あの一発で、・・・胸のつかえが下りました」
「・・・それは、良かった。 でも、二度とごめんですわよ」
「何故です?」
マニューエはそう伝えてきたゴードイン卿に左手を見せた。 掌が焼焦げていた。目を見開くゴードイン卿
「あの方、光の精霊の加護持ちですのよ。咄嗟に呪印を張らなければ、腕の一本は覚悟しないと。恰好つけて、武器無しで対応しましたが、ほんとに肝が冷えました」
若干震える手のひらを見せた後、その手を握りこんで、セシリアに見せない様にしていた。 ゴードインは、この場の誰もケガをせず、帝室関係者の誰の顔も潰さず、最大限穏便にそして決定的に事態を収拾してしまったこの女性に、深々と騎士の正礼を取った。
セシリアとその場を後にしたマニューエは、その後の舞踏会で、ずっと彼女の後ろに立ち護衛の任を全うしていた。エリザベート妃も侍女から ”その話”を聞き、マニューエに感謝の意を表した。 丁寧にそれに応えるマニューエ。 エリザベートの ”お詫びに私から一曲誘わせてくださいね”と、ワルツの輪の中にマニューエを誘った事は、周囲の驚きを持って迎えられた。 彼女が夫以外の人と踊るのを、見た事が無かったからだった。
”仮面の騎士 現る”
そんな囁き声が聞かれる。 マニューエに、別な意味で注目が集まっていた。 会場でその様子を見聞きしていた貴族の令嬢たちからの熱い視線だった。そんな事とは露知らず、一曲だけと断りを入れて、エリザベートの相手をした。完璧にエリザベートをリードしたダンスを披露した後、セシリアの護衛に戻る。周囲の好意的視線と柔らかな態度に戸惑いを覚えるマニューエだった。
第二幕 終幕
ちょっと断章が入ります。




