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揺れる金天秤:帝国領  第二幕 その7

お師匠様、ヴァイス様へ


夏休み、龍塞に戻ってもいいでしょうか? マスターが居られないのは残念ですが。

また、ご相談申し上げます。


                            ---マニューエ

 ハンネが屋敷に公式にピンガノ一家を招待した。鉄血宰相レヒト=エルフィン侯爵一家が第二王太子家に招聘されることは珍しくは無いが、今回は彼の令夫人、愛娘を伴っての招待だった。 ラマアーン第二王太子が行方不明である現在、ハンネが仮の当主となる。 彼の母親でもあり、ラマアーンの妻でもあるエリザベート=ラーブ=アートランド妃殿下もその招待を歓迎している。


 招待に先立ち、エリザベートは王城に向かった。 先触れは彼女が病床に臥せっている神聖アートランド帝国皇帝への謁見を求めた。 願いは認められ、彼女は皇帝の居室に従者無しで入室。 その日の夕暮れまで、皇帝の居室の扉が開くことは無かった。 途中、第一王太子リュミエールと、その令息アルフレッドも呼び出され、扉の向こう側に消えた。


 夕餉の時刻になり、リュミエール、アルフレッド、エリザベートが揃って皇帝居室を退出した。皆、満足そうな表情をしていたと、衛兵が後に語った。 エリザベートの訪問の理由はただ一つ。 ハンネの婚約についてだった。 公式には第二王太子が未帰還の現在、帝室の一員である当主が知らない婚約を成約するには、”皇帝”の承認が必要であった。 そして、エリザベートは其れを手にいれた。


 *************


「兄さま、ピンガノ様がおうちに来られるの? 私も同席してもよろしいですか?」


 ハンネがガチガチに緊張して準備をしている「控えの間」に、そう言いながら入って来た。 セシリア=レゾン=アートランド 今年十一歳になる彼の妹だった。屈託なく笑いながら、ハンネの緊張を面白そうに伺うセシリア。 


「ああ、セシリアか。 ・・・母上にご相談してほしいな。 俺は問題ないと思うし、むしろ、同席するのが当然だと思うのだが・・・」

「兄さま、ならば問題ございませんわ。 お母様から”ハンネ兄さまのお許しが有れば、一緒に居なさい”と、御言葉貰ってますから」

「・・・そうか。 では、一緒に行こうか」

「今日の兄さま、とっても素敵ですね。 軍礼装で凛々しいですわ」

「うん、そうだな。 なるだけそう見える様に努力した」


 うふふと笑いながら、彼女はハンネを見ていた。 丁度その時、レヒト=エルフィン侯爵一家が到着したと、先触れがあった。 ハンネは口元を引き結び、覚悟を決めた。


 *************


 マニューエが自室でお茶を飲んでいた。 窓からは月の光が差し込んでいる。 今日習った事の復習と比較研究は終わっている。 目の前には彼女の”呪印帳”が展開されている。 薄緑色に発光した各種「呪印」 学院の教師を含めても、それだけの呪印を保持している者は、この帝都には存在しない。高名な精霊魔術師も、特定の”分野”に偏る。 彼女の保持する「呪印」は、偏りも無く広範囲に習得されている。


「マスター、此処まで来ました。 人族が認識している「呪印」との比較をしたら、結構違いがあって、すり合わせが難しそうですね」


 展開されている「呪印」の数々と目で追いながら、口元にカップを運ぶ。その力は何に使うべきなのか、その事に疑問の余地は無い。 タケトと一緒に金天秤の均衡を護る為に使うのだ。 龍塞での濃密な教授べんきょうを思い出しながら、頬に笑みが浮かんだ。学院舞踏会を皮切りに社交シーズンが始まる。その間は、授業も無い夏休み期間とされている。 つまり、自分が帝都に居る理由が無い。 


「龍塞に帰ろうかな・・・」


 ボンヤリと相関がていた時に、ノックの音がした。 ルルが来た。 ここのところ、毎晩のように訪れていた。 見計らったの様に、彼女が一息ついて居る時に限って、ノックの音がする。「呪印帳」を格納してから、返事をした。


「はぁい、開いてますよ」


 いつも通り、彼女を招き入れる。ルルも勝手知ったる他人の部屋とばかりに扉を開け、中央のテーブルに着く。 手にはこれも何時ものごとく、お土産の箱があった。


「今日はね、マカロン。 並んでも買えない人気店の。 どうお、凄いでしょ」

「すごいですね。 ルル様が並んだのですか?」

「裏から手を回したよ、当然。 特別なレシピを売っているのは、「うちの商会」だからね」

「まぁ・・・そうですの。 何だか気が引けますね」

「表立って脅すより、いいかなって。 ははは」


 屈託なく、悪い顔で笑うルル。 困った顔で笑うマニューエ。 二人の前に、ティーセットが置かれる。


「さて、今宵のお茶は何かなぁ」

「普段使いの物ですよ。 もう、珍しい物は品切れです」

「う~ん、残念。 でも、マニューエの入れて呉れる「お茶」美味しいから、銘柄なんか気にしてないんだけどね」

「お褒めになっても、茶葉はかわりませんよ?」

「わかってるって。 そうそう、マニューエの所にも、舞踏会の招待状来たよね、ドレスお揃いにしようか?」

「???」

「どうしたの」

「招待状?」

「えっ?」

「何でしょう?」


 真顔で答えるマニューエに、ルルは驚きに目を見開いている。帝国学院舞踏会は、帝国の社交シーズンの幕開けを意味する。 貴族の令嬢に、子息にはすべて招待状が贈られる。 貴族社会の通過儀礼の様なものだった。 学院の生徒の親、後見人はみな爵位を持つ貴族である。たとえ、一般生徒であってもそれは変わらない。 


 しかし


 マニューエは、そうでなかったという事だ。 彼女の保護者と云う者には”爵位”は与えてられておらず、マニューエ自身も一般生徒だった。 つまり、彼女に学院舞踏会の参加資格は無いという事だった。


 ルルは、手を額に当て、当惑した表情でマニューエを見た。どうしようか、瞬時に思考を巡らす。


”ピンガノや、アナトリーに頼み込み、規則を捻じ曲げるか? 無理だ、貴族社会の中枢にいる彼女達に頼む方がどうかしている。 まして、ピンガノは、ハンネ殿下との婚約で浮かれきっている。彼女に協力を依頼するのは、現状では無理だ。 では、アルフレッド殿下か・・・帝室の方が動けるわけが無い。 そんな事をしようものなら、せっかく収まりつつあるマニューエへの風当たりがまた強くなってしまう・・・自分の従者として・・・マニューエに失礼すぎる。 せっかく”友達”になれたのに、それでは自分の下僕と周囲が見てしまう”


 ざっと、考えただけでも、この時点で手詰まりだった。 それに、もう時間が無い。 学園舞踏会まで、あと、二週間。 策を弄するには、時間があまりにも無かった。



マニューエへ


帰ってきたいと云うのは大変ありがたい。 お師匠様もお喜びになるだろう。

しかし、兄者はマニューエに留まる様に言うだろう。人族の間にその身を置き、見分を広める事が、兄者が望んでいる事だた思う。 よく考える様に


                         ---ヴァイス

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