表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/96

揺れる金天秤:帝国領  第二幕 その5

お師匠様 ヴァイス様


近衛騎士の方に剣を捧げられてしまいました。 もう、驚きで一杯です。


                    ---マニューエ

 帝国軍、第二軍 近衛騎士 ランジャー=ダコタ伯爵。


 自分が、何者で、何を成すべきなのか、光の中で彼は深く理解した。 深く傷ついた彼の魂は、マニューエの ”特殊呪印” の『力』により浄化され、昇華していく。 北の大陸オブリビオンでの無意味な戦いの末、自分の望むものを掴んだ。それは、この上も無く思い焦がれる、帝国の日常。 かつて、最も敬愛する彼の上官 ラマアーン=トゥー=アートランド殿下が、彼に語った理想の国。


『誰もが笑って暮らせる、平和な国を目指す』


 その意味が初めて理解できた。 何を幼稚なと、反発していた頃の自分を殴り飛ばしたくなった。 光の輪が徐々に小さくなってきた。 体を苛む虚脱感も潮が引くように、徐々に軽くなる。 目の前の少女が口にした「汚染」と言う言葉。 何に汚染されていたのかが、判る気がした。 自分が人ならざる者への扉に、手を掛けて居た事も理解できた。


 感謝。圧倒的感謝しかなかった。


 収斂した光の輪が、自分の体に収まる。 足元から複数立ち上がっていた「呪印」の発光が薄らいでいき、やがて床と同じ色になった。 ランジャーの目の前の薄緑色の目をした少女が、ガクリと膝を付いた。


「お、おい。 どうした、何処か痛むのか?」

「はぁはぁはぁ・・・ お帰りなさいませ、ダコタ卿」


 消耗激しい彼女は、にっこりと微笑むと、そう彼に語り掛けてきた。


「済まなかった。しかし、お前の言う事を信じてよかった。 あとで、ゴードインにも礼を言おう」

「何よりです。 光の精霊神様の御心に叶いますように」

「ところで、・・・ルーチェ卿」

「はぃ?」


 急に呼び名を変え、改まった口調になるランジャー。 きょとんとしてそんな彼をみるマニューエ。ランジャー卿は、自ら、彼女に対し誓いの言葉を発した。


「私、ランジャー=ダコタ伯爵は、 貴女 マニューエ=ドゥ=ルーチェ騎士卿に対し、剣をささげる。貴女が必要な何時いかなる時も、貴方の剣となり盾となろう。 私を甦らせてくれた、貴女への僅かばかりの誓約だ。 受け取ってくれ」


「もったいのう御座います。 が、ここで拒否するのは、武人のダコタ卿に対する非礼。 その誓約確かにお受け取り致しました。 でも・・・一介の騎士爵にいいんですか?」


 ちょっと苦笑いを浮かべつつ、マニューエがそう問いかける。 大真面目に誓約を立てたランジャーは暫く考えた後に応えた。


「なに、お嬢さんが困っているなら、おじさんが手を貸してあげようって事だから、気にするな」


 此れが本来のランジャーだった。 周囲を圧倒する雰囲気はなりを潜め、気さくで磊落な彼の気性が良く表れている言葉だった。ウフフ と笑うマニューエ。 彼女は口には出していなかったが、内心ほっとしていた。 ランジャーの汚染はかなり進んでいて、彼女の手に余りそうになっていたからだった。 用意した”魂石”十二個は、ほぼ妖気で一杯になり、もう少しで溢れるところだった。 また、使用した「呪印」も、大半が過剰負荷オーバーロードで、修復に相当時間が掛かると思われる。 


 しかし、そんな事は、彼が本当の意味で生還した事と比べれば、些細な事だと感じていた。 あのゴードイン卿が、”緊急”と言って自分を呼び出すくらいに心配しているオトコである。 きっと帝国の安定のために必要な人材なのだろうと思っていた。 だからこそ、彼女は手を貸したのである。 そう金の分銅の役目を果たすために。 


 ”耳元で鈴の音が聞こえたから、間違いないわよね”


 マニューエは、ランジャーに聞こえない様な小声で、そう呟いた。


 *************


 夜半、学園寮の端の端の小部屋の扉に、”コンコン” と、密やかにノックの音がした。


「開いてますよぉ」


 軽やかなマニューエの声が扉に届く。 そっと開けられ、すぐに閉められる扉。 部屋の中に入って来たのは、ルルだった。


「こんばんは、マニューエ。 約束通り来たよ」


 黒髪の少女は、悪戯じみた声でそういった。 相変わらず、マニューエと二人きりでは軽い。 手には小さな箱を持っていた。 くるくると周りを見回しながら、中央のテーブルに着く。


「うちの仲間内のパテシエがやってる店から、貰って来た。 一緒に食べようと思って」

「まぁ、有難う。 いま、ご希望の”ショコラテドンナ”入れますね」

「うん、楽しみにしてた」


 コポコポと湯の沸く音がする。 マニューエ自らポットを手に飲み物の準備をしている。そんな後姿を見つつ、ルルは彼女が「鈴蘭の部屋」を退出した後の事を話し始めた。


「貴女が出た後にね、ハンネ殿下がもう一度、部屋に来たの。それでね、ピンガノに渡す”物”の相談に見えられたの。 それで、私は、”私に、ご相談に成らずに、ピンガノが喜ぶ”もの”を自分でお探しください”ってお伝えしたの」


 飲み物の準備をしながら、マニューエが応える。


「そうですね、ハンネ殿下も何故気が付かないのでしょうか? あんなに判りやすいのに」

「あまりに近しいからかな・・・ ほんとに、お小さいころからの知り合いだから」

「互いによく知りすぎている・・・そういう事ですね」

「まさに! 自分の気持ちを出すことが下手なピンガノと、そういった感情に疎い殿下・・・前途多難だわ」

「はははは、絆も深くて常に御側に居られるから、ずっと存在するものだと思ってらっしゃるのね」

「そうね、まったく、手の焼ける」

「”居なく無くなってから気が付く”って成る前に、お気づきに成ってほしいわ」

「えっ・・・マニューエ」


 何気ない一言に、ルルは驚いた。 彼女が常々ピンガノとハンネに感じていた事だった。


「”有る物はいずれ無くなる。時間は止まれない。大事な”もの”は両の目と両の手でしっかとり捕まえないと、視界から消え、指の間から零れ落ちる。” ・・・受け売りですけど、いつも心の中に有る言葉ですわ」


 マニューエは二つのカップを持って、ルルの居るテーブルに来た。 カップを一つテーブルの上に置く。


「さぁどうぞ。 お熱いうちに」

「あ、有難う。 ・・・マニューエのお師匠様の御言葉?」

「えっ、あぁ・・・師匠でもあり、保護者マスターでもある人の言葉。 私の想いは、届かないかも知れないけれど、この想いは私の物。誰にも取り上げる事の出来ない、私だけの物」

「ちょ、ちょっと、大胆な愛の告白ね」

「そうかしら? でも、その方、ハンネ様以上に鈍感ですのよ」

「それは・・・ざ、残念ですわね」

「ははは、でしょ。 でも、そんな方だから、ずっと一緒に居たいと想うの。 だから、その方の力に成りたくて、学院で学んでいるの」


 マニューエが学院への入学を承諾したのは、この想いからだった。 人との付き合い方を勉強するため。そして、タケトの力に成れる者に成る為、自身に課した使命だった。タケトが自分をパートナーとして本当に頼りにしてくれるようになるまで、まだ相当な時間が掛かると思っている。金の分銅の役目の事もある。いくら”時の精霊”がタケトの命により、力を貸してくれると言っても、自分の時間はいつか途切れる。 


 暗い気持ちになってしまう、そんな考えが思い浮かんだら、いつも、タケトから聴いたその言葉を思い出すようにしている。だから、マニューエの目は常にタケトを捉えて離さない。


「・・・私はね、いくら男爵家令嬢と周囲が言ってくれても、あまりピンとこないのよ」


 カップを口に運び、持ってきた小箱を開けながらそう話始めるルル。


「小さい頃は、父様と彼方此方旅をしていたのよ。 南方諸王国で色々な国にも行った、龍背骨ドラゴンバック山脈を超えてエルフの国にも。獣人族達の国にも足を延ばしたこともあるわ。人が、人とつながり、其処に価値が生まれる。 そんな商売の現場にずっといたの。 父様が持っている男爵の爵位だって、落ちぶれた男爵家の家督を父様が買ったから。 私は、元の平民の暮らしの方が好きだった。 いずれ劣らぬ狐とタヌキたちの間を泳ぎ回り、価値ある情報や、人や物の真贋を見極めるのが楽しかった」


「御父様の事を尊敬されているのですね」


「・・・すごいタヌキだよ、父様は。高値で売れるなら、私の事も売り出すくらい」


「まぁ・・・でも商会「エキドナ」の会頭 コンカーラ=トレオール男爵の唯一の弱点がルル様だと、聞いて事がありますよぉ?」


「あははは! ないない。 父様はお金を増やすことに情熱を掛けておられるわ。必要とあれば、一家丸ごと買えるし・・・だから、私は、父の力になれる事を目標にしたわ それが”魔技術の習得”なの」


 マニューエは、頷きながら、自身のカップを口に運んでいた。彼女の口振りが、楽しそうに聞えた。”秘密を共有しているしているんだよ”と、そんな口ぶりで話すルルに、マニューエの口元に笑みが浮かぶ。 深夜の二人だけの御茶会だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ