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揺れる金天秤:帝国領  第二幕 その4

お師匠様、ヴァイス様


今更思います。 マスターが何気なくしている事は、実はとてつもなく高度な事なんだと。

私・・・出来るだけ、追い掛けていきたいと思います。


                            ---マニューエ

 マニューエは近衛騎士の正装に身を固めた。 戦闘ブーツ、ガントレット、軽鎧は全て近衛騎士の紋章が入る。羽織るサーコートの背にも同じ剣と盾の紋章が入る。彼女だけの装備として、面体を被る。 他人に顔を晒したくないという彼女の希望から、面体の着用を許可されている。


 マニューエは訓練場に向かった。 彼女が騎士卿に任官してから、幾度も訪れた場所だった。 訓練を通し、第一軍、第二軍の近衛騎士達とは面識ができ、さらに、彼らの良き教導騎士として目されていた。 彼らは皆マニューエの事を、”ルーチェ卿”と呼び、ゴードイン卿が彼女の素性に関する一切の情報を開示しない為、色々な噂が飛び交う。 曰く


 ”放浪の剣闘士”

 ”覆面の麗人”


 また、彼女と剣を、槍を交えた者からは、彼女独特の戦闘スタイルから、


 ”剛柔の剣闘士”

 ”至高に導きし者”


 とも呼ばれていた。


 訓練場に入る。 一人の男が、天窓から降り注ぐ光の中にたっていた。 入って来たマニューエの姿を見ると、吐き捨てる様に呟いた。


「ゴードインの野郎、子供をよこしやがった。 教会にも、医者にも見放された俺に。子供の相手をしろってか、見くびられたものだ」


 マニューエは、すでにランジャーの様子を観察している。 感情の動きをコントロールできずに、思った事がそのまま口に出ている。 額には怒りの為か青筋が立ち、始終イライラしている事が見受けられた。


「マニューエ=ドゥ=ルーチェ騎士爵です。 お初にお目に掛かります」


 騎士の挨拶である、右手を胸に、右立膝をつき頭を下げる。その様子にランジャーは少々たじろいた。しかし、まだ、彼の心は怒りが渦巻いている。正式な礼をささげているマニューエを見下し、尊大な口調で言った。


「顔を隠すものなど、信用しない。帰れ」

「失礼いたしました。 諸事情で面体の着用を許可されておりますが、高名なダコタ伯爵に対して誠に失礼でございました。外します」


 面体を取るマニューエ。  華麗な銀細工を施した髪留めに纏められた浅銀色の髪は、腰まで延び、薄緑の瞳は何処までも澄み渡り、天窓から差す陽光に照らし出された肌は陶磁器のように滑らかだった 彼女の姿を凝視してしまうランジャー。 その眼を真っ直ぐに見つめ返すマニューエ。


「・・・何用だ?」

「はい、ゴードイン卿より、ダコタ伯の変調についての御話がありました」

「教会の高位聖職者も、帝国の最高権威の医師も判らぬものを、お前の様な子供になにがわかる」

「御信用されないのは、重々承知しております。 しかし、貴族の誇りと責任をお果たしになられた伯爵様が苦しんでおられる姿、余りにも酷う御座います。非才ながら、まかり越しました」

「お前の、何を持って信用すればよいのだ。 馬鹿も休み休みいえ」

「・・・では、わずかながらに残る希望の話をお伝えいたします。 信用できぬとあれば、如何様にも」

「・・・もうせ」


 マニューエはタケトが、彼女に送って来た手紙の内容を思い出していた。 タケトは今、彼女の願いを聞き、北の大陸オブリビオンへ足を運んで、出来る限り詳細な第二王太子の情報を得ようとしている。彼女と直接連絡が取れない為、フォシュニーオ翁を通じ、手紙を送って来た。 つい先日、その第一報がもたらされていた。


「まず、今から話します事柄について、帝国の諜報機関はまだ手にしておりません。 何故なら、これは、私の保護者たる者からの直接情報だからです。事柄を証明すべき方法は御座いません、が、前提が御座います。お聞きいただけますか?」


 しっかりとした視線をランジャーに注ぐ。ランジャーもその確信に満ちた視線に興味が沸いた。


「戯言だったら、子供とて容赦はせぬ」

「もとより」

「うむ、もうせ」


 マニューエは、第二軍壊滅時の状況を周辺状況やその原因も含め、伝えた。 帝国議会でも報告されていない事柄まで含まれていた。 当事者だったランジャーも知らない情報も含まれている。 第二軍壊滅の話は、今現在をもってしても極秘扱いのはずだった。一介の騎士卿が知るべくもない。


「・・・以上が前提で、御座います」

「うむ」


 頷くしかなかった。彼女が諜報機関も知らぬ事柄と云ったのは、あながち間違いではなさそうだと、思い始めた。


「・・・お前の言う、希望とはなんだ」

「第二王太子、ラマアーン殿下の消息です」

「・・・」

「続けます。 あの場所での戦闘で、最終的に殿下は包囲殲滅されそうになった事は周知の事実です。 しかし、本当に殲滅されたかどうか判らない部分がございました。 此処からの事柄は、他言無用にお願いします。もし、漏れれば、私の保護者の命にかかわります。 そうなった場合、私は私を止める術を持ち合わせておりません」


 真剣な瞳のマニューエを、ランジャーは見詰めていた。 どこかで見た事のある視線だった。 そうか、と思い当たる。 彼の敬愛するラマアーンが、”帝国”を語る時の視線だった。真剣で、何処までも純粋な視線だった。


「魔人族副王、御名はエリダヌス=エイブルトン侯爵 彼の者の処に、捕虜が数名贈られたそうです。 人族の情報を得るために、中央平原を横断したと。 捕虜が捕らえられたのが、まさしく第二軍壊滅の場所」


「なぜ、その捕虜がラマアーン殿下だと推測するのだ?」

「伯爵が敵の高級司令官を捕虜にした場合、誰に報告なさいますか? その捕虜が敵の王族だった場合、独断で処置しますか?」

「・・・最低でも軍司令官に奏上する。 高位の存在ならば、軍令部に護送も考え得る」

「魔人族の軍政も人族と大きく変わりがないそうです。 中央平原の常識では、敵軍の司令官レベルの捕虜が何よりも必要と知っております」

「・・・希望か・・・」

「そうです。まだ、希望です。 しかし、全くない訳では御座いません。私の話が信用できぬと思し召しならば、これ以上は・・・」


 暫くの間、ランジャーは瞑目した。 瞼にに浮かぶのは、豪放磊落に笑う、ラマアーンの笑顔だった。信じたい、しかし、あの状況からはとても信じられない。しかし、マニューエの保護者は、危険極まりない北の大陸オブリビオンで、貴重な情報を入手している。 彼女の目に嘘は見られない。


「俺は、何をすればいいのだ」


 ランジャーは心を決めた。 一縷の希望でも、無いよりはマシだ。 それに、今の自分の状況は、自分でも不甲斐なく思う。現状を打破し、ラマアーンが帰還した暁には胸を張って出迎えたい。その思いからの言葉だった。


「・・・伯爵。 有難うございます。 では、此方にお立ち下さい」


 天窓から差し込む光の輪の中に、彼を招き入れるマニューエ。 彼女の言う通りに、注ぎ降る光の中に佇むランジャー。マニューエは両手を広げ、呪文を口にする。 両手の手のひらに、幾重にも「呪印」が浮かび上がる。「呪印」の一部が、ランジャーの足元に移り、光の中に浮かび上がる。


「マジカの汚染が酷いですね。 浄化します」

「マジカの汚染?」

「ええ、北の大陸オブリビオンでは、大地から妖気が立ち上っております。 負のマジカともいえます。人族の体の中に蓄積されているマジカとは真逆の性質を持ちます。 長く北の大陸オブリビオンに滞在し、あの土地に出来た作物を口にすると、体内に妖気が混じり始めます。 体内では同じマジカとはいえ、性質の全く異なるものが、同じ経絡を流れる事になり、体内の大事な場所を汚染していきます」

「つまり?」

「北の大陸オブリビオンは、人族の行く場所では無かったという事です。 このまま推移し、汚染が進みますと、人族は精神を汚染され狂うか、魔物化します」

「・・・魔物化か・・・」

「よって、早急な浄化を必要とします」

「教会の高位聖職者は知らなかったぞ」

「・・・妖気は、マジカと親和性が高く、容易に判別する事は出来ません。 特殊な「呪印」でのみ、選別が出来ます。 感覚で作用する「魔法」での判別は無理です」

「・・・」

「では、始めます。 お気を楽にしてください。 出来るだけ落着いて。 痛みは感じませんが、猛烈な怠さを覚えると思います」

「判った。 たのむ」

「はい」


 マニューエの両手の「呪印」が、次々とランジャーの足元に飛び、彼の体を包み込む光の繭に変化していった。ランジャーは、非常な虚脱感に襲われた。 立っているのもやっとだ。 かつて経験したことがあると思った。 訓練の一環に、魔法を極限まで使い、マジカを危険なまで減少させるというものだった。 その時と感覚が同じだった。 


 マニューエの「呪印」は、ランジャーのマジカを抜取ドレンし、特殊な「呪印」で、マジカを洗浄する。 澱の様に妖気が漉し取られるが、それは魂石こんせきと呼ばれるマジカの容器に貯められていく。マニューエが用意した魂石は大型の物で、その数二十浄化したマジカを体に戻し、体内あちこちの汚染を吸わせ、また抜取ドレンする。 マジカを循環させ、ランジャーの体から妖気を抜く作業だった。


 足りなくなるマジカは、マニューエから補填される。 この「呪印」は、マニューエにもかなりの負担を強いるものだった。








マニューエへ:


やつは、特別じゃよ。 真似をするな。 お前自身を大切にするのじゃ


                        --- 翁

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