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揺れる金天秤:帝国領  第二幕 その3

お師匠様、ヴァイス様へ


先日はありがとうございました。 マスターの手紙確かに受け取りました。

私の方は、まずまず順調です。

                           ---マニューエ    

 髪留めをハンネから下賜され、ルルに着けてもらうマニューエ。 彼女の浅銀色の髪に実によく似合っていた。彼女は改めて心を込めた礼を言う。


「ハンネ殿下、お心づかい誠にありがとうございます。 大切にいたします」


 深く頭を下げるマニューエ。 周囲の様子も、そこはかとなく和んでいる。ハンネは軽く頷き部屋を退出した。ルルもその後ろ姿に頭を垂れた。


「マニューエ様、これからお茶会でも如何?」


 ルルが柔らかくマニューエを見る。本当に済まなさそうに、マニューエは断りをいれた。


「本当にありがたいお誘いなのですが、”上”の方から呼ばれておりまして・・・また、お誘いしていただけましたら、宜しいのですが・・・本当にごめんなさい。 どうしても、すっぽかせる用事じゃないもので・・・」


 ルルはそんな彼女を真顔で見る。 改変した噂話の追撃に、ここで一緒にいれば、大変都合がいい。が、先約があるのならば、仕方がない。 気を取り直し、小声でマニューエに言った。


「貸、一つね。 今晩にでも、お邪魔するわ。 また「ショコラテドンナ」頂きたいな」

「もちろん、喜んで。 ご用意しておきますね」

「それでは、ごきげんよう」

「ありがとうございました、ごきげんよう」


 マニューエは踵を返し、「鈴蘭の部屋」を出て行った。揺れる浅銀色の髪に、銀細工の髪留めが本当に似合うと、ルルは彼女の後姿を見ながらそう思っていた。噂話を改変するのは「諸刃の剣」な事はルルもよく知っている。 どこまで踏み込むか、何処で抑えるか。 周囲の状況を見ながら、彼女はこれからの事を色々と考えていた。


 マニューエは自室に戻り、急ぎ身なりを整え、近衛騎士団の詰所へ急いだ。 ゴードイン卿から、「火急の要件あり」と、連絡を受けていたからだった。まさか、今日ハンネが約束を守ると言い出すとは思っていなかったので、かなり遅れながらも、慌てて近衛騎士団詰め所を訪れた。


 詰所で待っていたゴードイン卿は、マニューエの顔を見てほっとした表情だった。


「ルーチェ卿、ご足労かける。 例の症状の出ている者がいる。助けてやってもらえないだろうか?」


 深刻な表情で、マニューエにそういうゴードイン卿。 彼の言う「例の症状」とは、現在帝国の騎士団の中における重大な関心事であった。感情の高ぶりを抑えられないのだ。平常時は皆、普通なのだが、一旦感情に起伏が起こると、何倍も激しく暴走してしまうのだ。 北の大陸オブリビオンからの帰還兵、騎士、司令官たちが、一様に度合いの違いはあるが、その症状を発症する。 


「俺が心配しているのは、その漢が”傷ついた獅子”だからだ」


 腕を組み、瞑目するゴードイン卿。 彼の言った名前は第二軍にだけ通用する尊称のようなものだった。”傷ついた獅子”こと、ランジャー=ダコタ伯爵は、第二軍の中でもとりわけ武勇の誉高い男だった。第二王太子ラマアーンが最も信頼を置く側近だった。


 *******


 第二軍崩壊時、ランジャーはラマアーンの傍にいなかった。 それ以前の攻防で、右目に傷を受け、ラマアーンの命により、一時戦線から離脱していた。後方の補給基地で治療を受けるためだった。激しく抗議するランジャーにラマアーンは諭すように言った。


「お前が居なくては、この先進めない。 帰ってくるまで待つ。だから、その傷を癒して来てほしい。お前を、こんな所で失うわけにはいかないんだ」


 ランジャーはラマアーンの言葉に頷くしかなかった。「必ず戻ります」と、言いつつ、後ろ髪を引かれる思いで、前線の天幕を出て後方に下がった。彼が補給基地の医務官達のいる天幕で治療を受けていた時に異変は起こった。第一軍よりの救援要請により、第二軍は壊滅状態に陥ったのだった。 一報を受けた時、即座に大剣を手に取り、装備を付ける時間さえ惜しむようにして、戦場に駆け付けた。


 延々と続く撤退中の第一軍、損耗の激しい第二軍の残存兵。 彼はその中を駆けまわり、敬愛するラマアーンを探した。探しに探した。 ついに最後尾しんがりにまで突き進むも、そこにラマアーンの姿は無かった。代わりにその場所で、激戦が繰り広げられた平原を望む男に出会った。


 第一軍司令官のリュミエール第一王太子だった。


 荒野を呆然と見つめ、引き結んだ口は何も語らない。 

 ランジャーは、リュミエールにラマアーンを探しに行くと毅然とした態度で言った。


「ランジャー。 あいつは、俺に帝都に帰って、帝都を護れと伝えてきた。 この意味が分かるか?」

「殿下・・・私は・・・私は・・・」

「ここに居て、あいつを待とうとするお前の心情は痛いぐらいに理解できる。俺も同じだからな。しかしな、ランジャーよ、お前は帝都に帰るのだ。 あいつも絶対に帰ってくる。 口に出した言葉は違えぬ男だ。お前も俺も”ここ”で果てるわけにはいかない。託された者の使命だ。わかるな」

「・・・」


 一切ランジャーを見ようともせず、リュミエールは言葉を彼に叩きつけた。


 ”・・・ 悔しいのは、お前だけではない。悲しいのもお前だけではない。 一縷の望みは有ると信じる。 それに賭けるしかない。 託された者は、託した者の大きさを知っている。ゆえに全力で応えなばならない” 


 言外の意味を間違えずに受け取ったランジャーは、首を大きく折り、戦場にもかかわらず大声で泣いた。 子供のように、幼子のように、慟哭は周囲にいる者たちの心に響いた。 彼の心は深く深く傷つけられた。


 帝都に戻ったランジャーは以前の闊達さが影を潜め、代わりにむっつりとした表情で、他人が近寄るのを拒むような雰囲気を、周囲にまき散らしていた。 彼自身、感情のコントロールができないでいる。怒りと悲しみが心を埋め尽くし、周囲に対しての破壊衝動に苛まれている。事実、彼の粗暴な言動は、近衛騎士団の中でも問題視され始めていた。 聖堂教会にも行った、医務官にも相談した。しかし、その原因が分からない。深く傷ついた彼の心をどうやって癒せばいいのか、対応した者すべてが困惑していた。


 *************


「傷ついた獅子は訓練場に居る。 人払いはしてある。中には奴一人きりだ。 すまぬ、このぐらいしか出来ぬ」


 そういうゴードイン卿の顔は苦渋に歪んでいた。マニューエは彼の痛々しい様子に、心を決め応えた。


「ゴードイン卿、若輩者では御座いますが、精一杯やってみます。 着替えたいので、更衣所使わせてもらいます」


 そういって、マニューエは、詰所を後にし近衛騎士の正装を纏う為、更衣所に向かった。



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