揺れる金天秤:帝国領 第二幕 その2
前文をチェック中、揺れる金天秤 帝国領 その12、および その13において、内容の重複がございました。 伏してお詫び申し上げます。 4/14 訂正いたしました。
マニューエが銀細工の髪留めを受け取っていたころ、「薔薇の部屋」では”アナトリーの御茶会”が始まっていた。
アナトリーは、ハンネから、”あの夜の誓いを、今日果たす”と、連絡を受けていた。そんな事になっているとは、全く気が付かない取り巻きの貴族たちは、アナトリーを中心に、今年の社交シーズンについて、色々な噂話に花を咲かせていた。昨年は、戦争中のこともあり、帝都の社交界も自粛気味で少々華やかさに欠けていた。
しかし、今年は出征していた貴族の子弟たちが戦場から戻っている。戦場での華々しい戦果や、誇りに満ちた彼らの話が、今から盛り上がっている。 アナトリーは不安だった。父親のエドアルド=エスパーダ=キノドンダスから、以前、語られた言葉を思い出していた。 曰く、
「負け戦の時ほど、戦果をことさらに大きくし、人の目を韜晦する」
夜の懇談会から、アナトリーはマニューエと同じく、ピンガノ、ルルとも連絡を取り合っていた。 特にピンガノには、”マニューエの友人”と云う立場だけではなく、同じ国を憂う”友人”として、連絡を取り合っている。 彼女の持つ帝国行政中枢の情報は、アナトリーの持つ父親からの軍事関連の情報とせると、驚くほどの価値が生まれる。今、帝国がどれほど危機的状況下にあるか思い知るった。
正に内憂外患と言わざるを得ない。 対外的には、対魔人族の戦いでは無く、共に戦っていた他民族からの猜疑的な目。 対内的には、お加減の優れない帝国皇帝陛下の跡継ぎ問題。 どちらも対応を一つ間違うと、帝国の瓦解に向かう、危険な時期でもあった。 とても。舞踏会等の夜会を楽しむ気持ちには成れそうに無かった。
「アナトリー様は、今年のドレスは如何なさいますの? 昨年も大変素敵なお召し物でしたものね、今年も、やはり、「エキドナ」の新作をお召ですの?」
そう、尋ねて来るストナに、曖昧に笑いながら、
「ええ、お母様がご用意してくださるそうなの。 私はよくわからないわ」
と、応える。 内心、”今年ドレスを買うくらいなら、帰還して来る兵達に少しでも分け与えるべき”と、思っている。 父親のエドアルドは、常々アナトリーに言っていた。
「貴族としての誇りを持つのは当前だ。しかし、貴族が貴族として立てるのは、平民、兵士達の働きが有ればこそだ。常はいい、しかし、非常時に配慮できない者は、絶対に人の上に立つべきではない。 それも含め、”貴族の誇り”と言うのだ」
母親には通じなかったが、父親の言葉はアナトリーの心の中にしっかりと根付いている。 ”武”をもって帝国の支柱となるキノドンダス上級侯爵家は、他家よりも強く、”その言葉”の意味を理解している。彼の言う”非常時”とは、まさに戦場での戦闘と云う事に他ならない。
命を懸けて戦う者達に「勇」と「武」と「誇り」を体現しなければ、誰もついてこない。 戦場では身分の上下など、敵の一撃の前には何の意味も無いと理解し、その上で戦場に居る者達を鼓舞し、戦う者にしなければならない。 つまり自分が一番先頭に立って「敵」と対峙しなければならない。
後方で戦闘後に”評論”する事は誰にでも、それこそ市井の物乞いでも出来る。 戦場で今まさに斬りかからんとする敵の前で、どれだけ冷静にそして果敢になれるか、過たず、最善の指揮をとれるか。 幼少の頃、エドアルドから教えられる言葉の重さに、アナトリーは恐怖し、否定し、母親の優しい胸の中に幾度逃げ込んだことか。
しかし、時を経て、今にして思うと、エドアルドの言葉はアナトリーの貴族としての覚悟を問うものだったと理解できる。彼女は父から胸に刻み込まれた「貴族の誇り」を強く意識していた。学園の舞踏会から始まる「社交シーズン」 この時期こそ、これから未来に向けての「帝国」の試金石となる事を。
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ピンガノは、「芙蓉の部屋」で、物憂げに窓から外を眺めていた。 夜の懇談会からずっと考えている事がある。 アナトリー達と話す内容は、自分たちのサロンの話題とは隔絶していた。 帝国の軍事、外交、経済、貿易・・・内政、外政に関する、普段では滅多に聞けない内容の物ばかりだった。 鉄血宰相の娘として、他家のお嬢様方とは違うと思っていた。
しかし、あのお嬢様のアナトリーが正確に帝国の危機を理解しているとは思わなかった。 ルルにしても、友人として度々話はしていたが、あそこまで帝国を取り巻く状況を理解しているとは思ってもいなかった。さらに、マニューエ。 彼女の保護者からの情報と云うことで、北の大陸の政情が伝えられた。
驚きの連続だった。
そして、思う。 自分は井の中の蛙だったと。 見ている物が全てだと。 事実は違った。 正直、プライドが叩き潰された気分がしている。更にルルだけではなく、マニューエまでも自分のハンネ殿下への気持ちを知られてしまっている。 完全に負けた気分だった。
「ねぇ、ピンガノ様? どうなされたの?」
「何でもないわ、ちょっと考え事していただけですわ」
「そう・・・なんですの。 ・・・ちょっと小耳に挟んだのだけど、ハンネ殿下のお怒りが解けたそうよ」
いつも使う「鈴蘭の部屋」は、今日先に押さえられていた。 あまり、サロンに使用する部屋にはこだわりはないので、格落ちではあるが、それでも相応の「格」を持つ「芙蓉の部屋」で、お茶の時間を開いていた。 仲間内の女生徒からそう耳打ちされた。ピンガノは、ルルが動いているのを知っている。多分、ハンネ殿下が約束を果たされたのだろうと思った。
「そう、それはよかった。 同じ学園で学ぶ私たちの中で、誰かが誰かを阻害しているのを見るのは、つらいですわ」
「ピンガノ様はお優しいですわね。一部では”増長”しているマニューエ様に相当お辛く当たっていると聞きます」
「増長?マニューエ様が? 誰がそんな事を?」
「噂話ですわ。 誰がと云う訳では・・・御座いませんが・・・」
女生徒は、ピンガノの冷たい視線に”ぎょっ”とした。 そんな目をしている彼女を見た事が無いからだった。あわてて、話題を変えようとする。 ピンガノは余り乗り気では無い様に視線を外す。
”噂話は・・・諸刃の剣。 ルル様お気を付けくださいね”
そう、心の中で、云い、ルルに学内の雰囲気は、まだ厳しいと伝えたかった。マニューエの嫌な噂話を耳にすると、自分まで嫌な気持ちになる。 彼女は自然体で物事を受け取り返す。 増長とは無縁な人柄な事は、自分が良く知っている。 これから始まる、社交シーズンで、彼女の立ち位置の難しさにピンガノは頭を抱えそうになった。
”マニューエ様。 貴女は貴女が思っている以上に、注目を浴びてましてよ。 お気を付けあそばせ。”
そう思いながらも、彼女の為に出来る事は何かあるだろうかと思案を巡らしていた。




