金天秤 闇の上皿: 魔王さん ちーっす その5
何卒、よしなに マジで!
四候の間に謎が落ちた。回廊の一角に一人と四魔人。薄暗い空間に妖気がひしめき始めた。
「それは、”両精被守護者”と言う存在に関係するのか?」
ゲーンの深い厚みのある声がタケトに降ってきた。
「”光の精霊と闇の精霊のどちらからも守護を受ける代わりに、常に中立を求められる存在”と、古の記録にあるが、実際この目で見ても、何が特別なのかさっぱり判らん。人族のくせに、魔人族に情報を売る。しかし。そんな奴等は今までも大勢いた。だが。対価が”魔王様に会わせてください”など、言う者はいなかった。魔王様に取り入る為の口添えでも、必要なのかと思ったら、”いえ、単に会ってお話がしたいだけです。出来るだけ平和的に”だ。」
それに、と、レグナルが問いかけを引き継いだ。
「会って、話をして、これからも来ると言う。陛下も許しを与えた。どういう事だ?」
二人の方を見ながら、タケトは、茫洋とした顔にうっすらと笑みを浮かべて答えた。
「魔王様は吸魔の王です。 ご存知と思いますが、魔王様に今後とも”お話”をさせて頂けるお願いしました。 言い換えるなら、魔人族の、それも王族の方と、ホットラインを結びたいとお願いさせて頂きました。 当然魔王様は不審に思われます。だから、”吸魔の力”を全開にして、私を見つめられました。 ・・・四候様の中で、あの強い視線を直接耐えられる方、いらっしゃいますか?」
”っつ!”
四候達は、先程、魔王から、”顔を上げてほしい”と言われても、上げられなかった最大の原因に行き当たった。
そう、魔王は”吸魔の王” 常に周囲の妖気を吸収する。
その吸収力は莫大で、いかな四候であろうと、まともに目を合わせては、その存在が消滅する。しかし、その力こそ、魔人族が、絶対に必要としている力でもあった。
北の大陸は、南の大陸と違い、常に大地から陰性のマジカと言う妖気が立ち昇っている。 妖気を受け続けると、精神、肉体が変貌し、凶悪化、凶暴化する。 魔王の役割の第一に掲げられているのは、魔人族が生活出来る程に大地から立ち上る妖気を吸収し続ける事だった。広大な北の大陸全土を網羅し、魔人族が生ける支配地域の妖気を吸収し留め置く事が出来なければ、魔王として即位できない。
彼らが魔王は、その力を有するが故、膨大な魔力を有する。反対に言えば、余りに膨大にすぎる妖気が、突然暴発しないとも限らない。そして、膨大すぎるが故、その妖気で魔王自身が暴走する可能性すらある。そうなれば、北の大陸に魔人族が魔人族として生きていける場所はない。
それゆえ、歴代の魔王は、留め置いた妖気を放出するため、人族の領土、つまり南の大陸に侵攻していた。 そして、自らの妖気残量を下げ、妖気容量を確保し、全支配領域から立ち昇る妖気を吸うのだ。
しかし、彼らの魔王は違った。
「現魔王様は平和を好みます。 即位からこの方、魔人族側からの侵攻はありません。これは事実です。人族、魔人族が手を取り合うなどと言う幻想は、誰も持ち合わせてはいません。それに、魔王様の妖気は常に溜まり続けています。いずれ限界を迎え、あふれだす。 そんな未来があっては困るのですよ。」
タケトの言葉に、世界の意思を感じたポリエフは、ある疑問に行き着いた。
「・・・では、荷運び人、なぜ、お前は魔王様の視線を真面に受け得たのですか」
タケトは、目を伏せた。
「魔王様の不審を取り除く為でしたが、誤解を与えてしまいました。 本当に申し訳ありません。 私の内なるマジカは陽性です。 陰性のマジカの中に入ると、相対消滅します。魔王様が吸えば吸うほど、魔王様の妖気も失せていきます。 あとは容量の問題です。魔王様の残余の妖気が多いか、私の内なるマジカが多いか・・・ 四候様達を再生されておられましたので、かなり減少していたと思いますが、あれは、きついっす。二度とごめんですね。それに気が付いた魔王様は、妖気吸収をおやめになり、代わりの保証を出せと言われました。」
ポリエフは、タケトが部屋を出る前の事を思い出した。
「それは・・・なんですの?」
タケトはちょっと言い澱んだ。しかし、ポリエフの真剣な視線にやがて溜息と共に答えた。
「・・・私の真名ですよ。今まで、誰にも教えたこと、なかったのに・・・おかげで、私の生殺与奪権は、魔王様に奪われてしまいました。しかし、魔王様、人族一人、干殺しできないって、思ってしまわれたわけですよ。 私の内なるマジカは光の精霊神様に一部繋がっているのにねぇ」
ゲーンが驚きのあまり、問うた。
「それは・・・誠か?」
ゲーンの大きな声に、ちょっとびっくりしながら、
「ええ、本当ですよ。 この世界に招かれた時に、頂いた力の一つです。使っていい時は、自然と解放されます、判断基準は、彼方が持たれておりますが、何はともあれ、まずは、その条件にたどり着かないと・・・」
と答えると。
「本当に、両精被守護者だったんだ。お前ら、私、言ったでしょ。この人族に嘘はないって」
マーグリフが何故か誇らしげに胸を張っていた。
「なぁ、人族! もう一回 陛下に会ってきてくれないか? 私たちじゃ、陛下のお力に成れそうもない。陛下は、陛下になってから、誰とも目を見て喋ったことが無い。友達もいない。軽口をたたく相手も居ない。だから、だから、おまえ、陛下ともう一回、話してみてくれ」
マーグリフは目をキラキラさせながら、そう言った。
「ご依頼・・・って訳じゃありませんねぇ・・・」
また、溜息がタケトの口から漏れだした。
「これは、原初のお約束としましょうか。 もし、正解ではなかった場合、私は塵になっちゃんうんですよねぇ・・・」
タケトは、ゆるゆる立ち上がると、心の片隅で、光の精霊神と、闇の精霊神にお伺いをたてた。
”誓約の儀、果たすには、お力添えが必要です。何卒よしなに”