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揺れる金天秤:帝国領  第二幕 その1

お師匠様、ヴァイス様


ご心配おかけしております。 マニューエは大丈夫です。 

そうそう、髪を少し切りました。 髪留め貰いました。

友人は良く似合うと言ってくれました。 嬉しいです。

御二方にも、見てほしいです。


                    ---マニューエ

「マニューエ=ドゥ=ルーチェ様は、いらっしゃいますか?」


 ルル=トレオールの高く澄んだ声が、教室に響いた。


 *************


 あの夜の懇談会から二日。 表面だっては、何も変わりはしなかった。 裏ではルル達のグループが、噂の結末部分に色々と変更を加え初めて居る様だった。 時折、マニューエの耳にも入る声


 ”彼女、殊勝にもハンネ殿下の言いつけを守ってるそうね”

 ”私だったら、あんなに、無残に切られた髪を晒すなんて、耐えられないわ”

 ”頑張って、授業に出ているらしいし・・・先生方にも勉強面では高評価らしいわ”


 風に乗る噂話は、誰かが書いた脚本シナリオをうまく利用したものだった。 噂を否定せず、マニューエに対する風当たりを少々弱める、そんな感じがしている。


 ”ルル様・・・先ずはお礼を言わせてくださいね。 でも、そんなに気にする必要もないのなぁ”


 授業の道具を片付けながら、ぼんやりとそんな事を考えていたマニューエを呼ぶ声がした。教壇に程近い出入り口にルルが立ち、こちらを伺っていた。 教室に残っていた面々は、”うわっ”と、云うような顔つきになった。 先日「アナトリー御茶会」のサロンに呼び出され、其処でやらかしたマニューエに、今度は第三勢力のリーダーと目される、ルル=トレオール男爵令嬢が呼び出しに来たのだ。


 ”また、ひと悶着あるのか?”


 平穏を望む一般生徒から、何とも言えない視線を浴びつつ、マニューエはルルの処へ行った。


「ルル=トレオール男爵令嬢様。 マニューエ=ドゥ=ルーチェです。 お見知りおきを」


 先日の夜の懇談会は、一応、秘匿事項なので、さも今日”初めて”会った様な顔をするマニューエ。 それを受けルルも、同じように挨拶を交わす。 


「本日は、ハンネ殿下の名代にて参りました。 「鈴蘭の部屋」にてお待ちです。 同行するようにと、仰せつかりました」

「はい、承りました。 初めてお伺いする部屋ですので、何卒、よろしくお願いいたします」

「わかりました。 では、行きましょうか」


 二人は、連れだって、教室を出て行った。 残された生徒達は、マニューエの後姿に同情を禁じえなかった。彼女自体はクラスで何か問題行動を起こしているわけでもない。ただ、一生懸命に勉強しているだけだった。遠巻きに警戒されていても、”状況は皆さん御存じなのだから、無理も無いわね” 位で済ましてしまっている。 自分達よりも遥かに”大人”で、芯が強いマニューエ。何も出来ない自分達を忸怩たる思いで顧みつつ、彼女には同情してしまうのだった。


 ”あぁぁ・・自分が、あの立場に立たされた・・・きっと学園を退校してしまう”


 彼等、彼女等の偽らざる心境であった。


 *************


 ルルと並んで歩くマニューエ。他人から聴かれない位の声でルルが話し始めた。


「噂話・・・かなりねじ曲がったわ。 きっと”あの方達”は歯軋りしているでしょうね」

「ご厚意、有難うございます。でも、私、そんな”噂話”別段気にしてませんよ?」

「マニューエならそう言うと思っておりましたわ。でも、そうでない方々がいらっしゃるのよ」

「アナトリー様筆頭に、色々と?」

「そっ 色々ね。 ・・・ちなみに私もその一人」

「えぇぇっと。 有難う。 嬉しいわ」

「どういたしまして。 だって、友達でしょ?」

「友達・・・うん。そうね」


 マニューエの頬に笑みが零れる。 七歳の頃から、マスターに出会うまで、他人が自分に向ける目は、無関心か、敵意か、ゴミ。 だれも、友達とは言ってくれたことは無い。 封印した過去とはいえ、彼女の心に冷たい塊となって今も存在する負の感情。 そんな私を友達と呼んでくれる人が隣を歩いている。 何となく心が温かくなった。


「ハンネ様、今日はどんな御用事かしら」

「懇談会の約束を果たしてくれる筈ですわ」

「はて? なんでしたっけ?」

「まぁ、行ってみればわかるわよ」


 密やかにウインクをするルル。 そうこうする内に、「鈴蘭の部屋」に到着した。 「薔薇の部屋」とは違い、すっきりとした印象のある部屋だった。 高価な調度品は有るのだが、シックで清潔感が溢れる部屋だった。 部屋をよく利用するピンガノ=エルフィン侯爵令嬢の性格を表しているようだった。隙が無く、高潔にして、静謐。 「鉄血の乙女」の別称は伊達ではないと、主張するかの様な部屋の佇まいだった。


 光が零れ落ちる、奥まった席にハンネが座っていた。 彼女達を見ると、直ぐに立ち上がる。 マニューエ達は近くまで歩いて行き、カーテシー(貴人に対する礼)を捧げる。 ハンネの片頬が心持赤い。 彼はルルに、


「マニューエを連れて来て呉れて、有難う。 俺が行けば、また、問題になりそうだしな」


 と、頷く。 ルルは、黙礼を深くした。


「マニューエ、誓いを守りに来た。 これを受け取ってくれ」


 ハンネはそう言うと、天鵞絨で誂えたケースを差し出した。 戸惑い気味にそれを受け取るマニューエ。 ルルが開けろと、目で訴えていた。落とさない様にゆっくりと開ける。 中には銀の細工で装飾された髪留めが一つ入っていた。 細かい細工で、一目で名工の物だたと判る逸品だった。


「母上に、ご相談した。 経緯をお話してお詫びの品は何がいいだろうかと尋ねた。 僕としては、”短い髪のマニューエも良いな”と、意見を言ったら、母上に殴られた。ああ見えて、母上は結構手が早い」


 笑いながら、ハンネはそう云った。目を丸くしながら、ルルとマニューエはハンネの言葉を聞いていた。


「ハンネ様、その話、絶対にピンガノ言っちゃダメ。 本当にダメ。」


 ルルが、本気でハンネに伝えていた。 もし、ピンガノが聞いたら、間違いなく、もう一方の頬が赤く腫れあがる。鉄血の乙女の正義感は、帝室関係者でも容赦がない。 さらに、彼女はハンネの幼馴染だ。 ルルの本気を視線に感じ、ハンネは少したじろぎ乍ら、頷いた。


 気分を変えようと、ルルはマニューエにそっと言った。


「マニューエ、つけてみて。 というより、つけて差し上げますわ」


 音も無く彼女の手から、天鵞絨のケースを取り上げると、後ろに回り、手早く髪を纏め髪留めを付ける。薄銀色の髪に、銀の細工が溶け込むように乗った。


「よくお似合いです事。 ・・・ピンガノの嫉妬が加速するわね」

「怖い事、おっしゃらないでください、ルル様」

「ある程度、本気よ。 ハンネ様、ピンガノにも何かお渡しくださいね」

「なんでだ?」

「お渡しください」

「・・・うん。そうする」


 ルルの迫力にまた負けてしまう、ハンネだった。



ピンガノ、絶対に嫉妬するわね。 見事だもの。 エレノア工房で作られた様ね・・・うん、一級品。

ハンネ様、奥様、有難う御座います。 奥様のパンチ、見たかったなぁ

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