断章 龍塞
マニューエ:
いつも連絡有難う。 手紙やっと受け取れました。 すまぬ。
--- ポーター
高く澄み渡った青空が、山々の頂の上に広がっている。巨大な扉の前に立つタケト。 久しぶりに、「呪印」無しで登ってみた。思ったより早かった。暫く龍塞に籠っていたので、体力が落ちたかと思っていたが、十分な休養と、澄んだ空気のお陰で、以前より充実していたようだ。
タケトは、帝国とは龍背骨山脈を挟み反対側に行っていた。 サバンナ高原地帯が広がる獣人族の国がある。今次大戦で、最大の戦死者を出した国々があった。 もともと人口が多くない地域だったのだが、帝国人族の呼びかけに応じ、魔人族の脅威から身を守る為に、魔王討伐合従軍に参戦していた。
結果、出征した戦士の三分の一が北の大陸の土になった。残りの半分も、重篤な怪我を追ってしまった。 獣王ですら、片腕を失う程の激戦を潜り抜けていた。しかし、攻略は遅々として進まず、さらに、人族の皇帝の息子が、主戦場から遥か離れた地点より、魔人族領に侵攻し魔王を討ったと、報告が上がった時、獣王は”人族にしてやられた”と、感じた。
彼らの膨大な犠牲の上に、”人族”のみで魔王を討つ。 確かに魔人族の脅威からは、逃れられたが、自分達がその者達の捨て石にされた事だけは、間違いなかった。誇り高い彼らには受け入れる事の出来る話では無かった。獣王が、”これ以上、人族の茶番に付き合えるか”と、捨て台詞を残し、第三軍全軍で撤退させ現在、本国に帰還している最中だった。
耕作人口が激減したため、放棄された村が目立った。 特にひどかったのが、サバンナ高地中央部。 物資の補給もままならず、魔物達の跳梁も激しかった。暗黒高地と呼ばれていた時代に逆戻りしたかのようだった。歩き回るほどに、疲弊した獣人国を感じられ、金天秤の均衡をも疑った位だった。
こっちが此れだけ疲弊しているのに、金天秤が均衡しているという事は、魔人族側の同じだけ疲弊していると云うことに他ならない。 ”カッ”と焼けつくような陽の光が降り注ぐ荒野を歩きながら、タケトは寒気を覚えていた。
そんな旅路を終え、龍塞に帰って来た。城門の大扉を押す。 眩い光の洪水。 いつも通りの神々しい龍塞の前庭だった。 タケトが足を踏み出すと、早々に回廊の陰から、ローブを被った六人の人影が歩み寄って来た。
「『赤様』・・・皆さん、お揃いで。 如何致しましたか?」
各大精霊を守護に持つ長龍族の長老たちだった。口を開いたのは赤龍ローレンッオ。少し焦っている。重大な異変が有ったらしい。
「小僧。 長老様を何とかしてくれ」
”小僧”とは、彼らがタケトを呼ぶ時に使う。そして、その言い方をするのは、彼を認めているからだった。タケトは赤龍ローレンッオが思わずその名を口にした事に驚きつつ、問いただした。
「”何とか”とは? 皆さんにしては、珍しく曖昧な言い方ですねぇ」
緊迫した状況を想像し、少しでも平常心をもたらそうと、意識して普通の言い方で言った。応えたのは、青竜マナフリ。水の大精霊の守護持ちの彼は、努めて冷静に答えた。
「一端には、儂らの言動もある。 例の御子絡みだ」
「マニューエに何かありましたか?」
「人族の間で、研鑽しておるが・・・今年の監視役の黒龍がな”見た”」
「何をご覧になったのですか?」
黒龍バーノンが、極めて遺憾ながらと云った風に答えた。
「御子の長く美しい髪が切られておった」
「はぁ、人族は時々髪型を変えますが?」
「人に切飛ばされた無残な髪型に成っておったのだ」
「誰が、何で切りましたか?」
「・・・話によると、皇帝の孫に当たる者が、剣で切ったと言って居った」
”ちっ”っと舌打ちをしたタケト。 状況は大体理解できた。 しかし、彼女からの定時連絡ではそのような事は言ってきていない。 ”光の精霊神”様がマニューエに直接お願いをされた事もマニューエから連絡されていた。 しかし、彼女自身は普通に人族の間のあれこれを経験しているはずだった。 確かに、髪を切ったともあったが、そんな事に成っているとは、知らなかった。
「・・・また、厄介な。 まさか、それを御師匠さんに?」
緑龍グエンバン が申し訳なさそうに、いった。
「我らが話して居るところに来られての。・・・今、ヴァイスが抑えておる。 下の大門を開けて、飛竜達を準備させておる」
「もっと厄介な・・・行きましょう。 止めねば!」
タケトは、本気で慌てた。 愛弟子が傷つけられて、かなり頭に来ている。 何とか止めなければ、帝都が灰燼帰す。 彼は走って大聖堂まで突っ切った。 確かにヴァイスが止めていた。 ヴァイスは、フォシュニーオ翁の前で土下座して彼の寛恕 を乞うていた。
「何卒、何卒、・・・お怒りはごもっともでございます。 されど、大長老様直卒で飛竜を使いますと、後戻りは出来ますまい。 全てが灰に成ってしまいまする。 せ、せめて、兄者が帰るまで・・・」
「大事の時におらぬ者など、知らぬ! マニューエが、儂の弟子が傷つけられたのじゃ! それも只人に! 許せるものか!!」
やはり、思った通りだった。 フォシュニーオ翁は、完全に頭に血が昇っている。一歩間違えば、直ちに出陣だ。そうなれば、もう誰にも止めようが無い。怒れる金龍を止める事は、たとえ勇者でも無理だ。
”何か・・・、何か・・・ないか、フォシュニーオ翁の気を逸らす事が出来るモノは・・・”
緊迫した空気の中、周囲を見回すタケト。
ポッポー
タケトが龍塞聖堂でいつも寝ている寝台に、一羽の”白いハト”が止まっていた。此方に気が付くと、羽根を広げ、「呪印」を解いた。 網籠が一つ現れた。定時連絡以外の急用が有る時にと、マニューエに教えた手紙の遣り取り方法だった。慌てて、それを引っ掴み、フォシュニーオ翁の前に飛び出した。
「お師匠さん! マニューエからの手紙です!!」
フォシュニーオ翁の顔から怒気が霧散した。怒りの感情からやっと自分を取り戻せたようだった。”危機一髪だったな” タケトは胸をなでおろした。
帝国 危機一髪!




