揺れる金天秤:帝国領 その16
マスター:
やっと落ち着きました。 でも・・・新たな懸念が。
舞踏会って、どう思います?
---マニューエ
深夜の「薔薇の部屋」昼間の穏やかな雰囲気からは想像も出来ない程、寒々しかった。 灯火が必要最小限度しか灯されておらず、部屋に誰か居るとは思えなかった。給仕達もおらず、先触れの声も生徒たちの潮騒のような騒めきも無く、”シン”と静まり返っていた。
四人が「薔薇の部屋」に到着するとクラシエが先行しており、扉を密やかに開け中に入れ、周囲を確かめた後、扉を閉じた。部屋の奥の席に、二つの人影があった。 四人は連れだってそちらに向かう。
奥の影が二つ、アナトリー達を認め、立ち上がった。
豪奢な金髪と 美しい碧眼を持つ、アルフレッド殿下。
落着いた金髪と 漆黒の瞳を持つ、ハンネ殿下。
二人は神妙な顔をしていた。アナトリーは二人の殿下のへ、王侯への礼を尽くし、頭を垂れた。 彼女に続き、後ろに控えていた、ピンガノ、ルル、マニューエも同様に、礼を尽くし頭を垂れる。 頭を垂れたまま、アナトリーは彼らに口上を述べた。
「お願いを聞いていただき誠に有難うございました。また、お話する内容が、内容だけに、こんな深夜にお運び頂く事に相成り、誠に申し訳ございませんでした」
アルフレッドはその口上を受け取り、頷いた。
「アナトリー、昨日、君の知らせを受け、ハンネに問いただした。その時、僕はハンネのした事に、確かに問題を感じた。 急遽、ゴードイン卿にも事情を伺った。卿と話をして、判った事が有った。僕は、第一軍の本領守護騎士団に、近衛魔法騎士の女性騎士が居る事をおもいだした。女性の魔術師に関しての話はその者が一番よく知る。 その者に事情を伝えた処、すぐさまハンネに逢って話したいと云って来た。」
「アルフレッド様・・・」
「君が怒りを感じているのは判っている。事実確認と影響を鑑み、専門家に問うのが一番早い。 それに、彼女は帝国騎士だ。学院には関わらないし、此処で彼女の名前を明かすことも無い。後は、ハンネが伝えてくれると思う」
傍でアルフレッドの口上を聞いていたハンネは進み出て、未だ頭を垂れているマニューエの前に立った。沈痛な面持ちで、ハンネは言った。
「マニューエ。済まなかった。 僕の所属する騎士団は、男所帯で、女性騎士、それも女性近衛魔法騎士が在籍していなかった。男性の近衛魔法騎士では、女性の魔術師がどういった者であるか、理解していなかったのもある。これは僕の落ち度だ。 マニューエ顔をあげてくれ」
マニューエは、云われるがまま顔をあげた。
「魔術師、それも女性魔術師にとって、髪はマジカの源泉であると滾々(こんこん)と諭された。先程も言ったが、僕の周りに女性の近衛魔法騎士はいない。ゴードイン卿も同じく失念していた。 また、魔術師にとって、一筋の毛髪が敵対する者に渡れば、命を握られたも同義と、説明も受けた。僕のした事は、君の命おも脅かす蛮行であった事を理解した。 済まなかった。心から詫びたい」
マニューエは、ほっと、胸をなでおろした。 切られた髪は、「呪印」で分解していたし、彼女のマジカは毛髪に依存していない。 このまま、謝罪を受け入れれば、全て終わりそうな予感がした。
「安易にお相手を受けてしまった私に、不注意のそしりを受ける事はあると思いますが、ハンネ殿下は何も悪くは御座いませんわ。 ハンネ殿下はご存じなかったのだし・・・ハンネ殿下のお気持ち確かに受け取りました。・・・もう、謝らないでくださいね」
柔らかい視線で、ハンネを見るマニューエ。アナトリーは自分が言う前に、ハンネが自らの非を認めた事が嬉しかった。また同時に、それを促したアルフレッドに感謝した。
ルルがハンネに一言付け加えた。
「ハンネ殿下、マニューエの友人たる、ルル=トレオールがもう一つの懸念について、言上いたします」
「なんですか?」
「殿下はマニューエには十分に心のこもった謝罪をなさいましたが、まだ、学園に残る噂話に対処しておられません。 それと、感のいい者達が、この噂話に疑問を呈しております。自分たちで事実を組上げると、まったくもって不敬な事ですが、ハンネ殿下が武術練習場で、マニューエを強引に・・・、という事も考えられてしまいます」
ハンネはルルの言葉に心底驚いていた。事実の羅列が全く心外な結論を導き出し、自分とマニューエの名誉を傷つけていると理解した。 その顔を見て、ピンガノが続けた。
「練習場でお人払いをなされ、何かがあった。 出てきたマニューエ様の制服は破れほつれ、ボロボロ・・・髪が切られたうえ、顔を真っ赤にされて自室に戻られた。 それを多くはありませんが、学院の生徒が目撃している。 さらに、その後、ご不満が解消された様に見えるハンネ殿下が、にこやかに部屋からお出ましになったのを、同じ生徒が見ています・・・そう、見られても申し開きがたちませんわ。 殿下の名誉や、帝室の誉れが汚されるだけでなく、マニューエ様の名誉も地に落ちます・・・その点は如何お考えでしょうか」
ハンネが幼少の時から見知っているピンガノ。彼女の平坦な口調に怒りが見えた。予想もしていなかった事態にハンネは狼狽した。アルフレッドも目を白黒させている。アナトリーも眉を潜めている。
「・・・ど、どうすれば、そんな誤解が解けるのだろうか?」
そんな、ハンネ達の困惑に対し、ルルは言った。
「・・・噂を利用しましょう。 マニューエの態度に殿下が彼女の罪を許されたと」
ハンネ、アナトリー、アルフレッド、ピンガノの四人はルルの言葉に驚いた。今しがたハンネが謝罪したのに、それを反故にするのかと。
「この場の事は、私たちが知っていればよいのです。 あとはマニューエとハンネ殿下の名誉を護るだけの事。幸いこの見方はまだ少数です。噂話に疑問を持った者達だけがその可能性が有りますが、芽の内に摘めます。噂話の脚本を書いた人達には悪いですが、最後の部分を書き換えます」
「つまり、どうすればいい?」
「簡単な事です。殿下がマニューエに髪留めでも、バレッタでも良いので贈るのです。其れをマニューエがつける事によって、殿下の怒りが解けたと噂を流すのです。広がっている噂を利用するのです。 あの手の話は日々上書きされます。 後は・・・そうですね、今度の学園の舞踏会で殿下がマニューエと一曲踊れば、確定しますね」
思案気な瞳、細い顎をつまむ様な仕草。 そこには男爵令嬢と云うより、情報工作官の様な目をしたルルの姿があった。成程、と頷くハンネとアルフレッド、アナトリー。 ちょっと不快感を目に浮かべつつも同意したと頷くピンガノ。 事の成り行きに茫然とするマニューエ。
「皆様、御集り頂き有難う御座いました。 どうやら、事態の収拾は付きそうでございますね。ハンネ殿下も、これからは、良く周りの心の動きや、人の目をもっとお知りになる様になさいますでしょう?」
「う、うん。 皆、済まなかった。 僕のせいで・・・ルル、君に貰った助言は必ず実行する。 誓うよここで皆に」
晴れやかな笑顔を浮かべ、ハンネは皆の顔をみた。別れの挨拶をした後、アルフレッドと、ハンネは自室に戻った。
*************
ふうっと、大きな息を吐いた、ルルはが言った。
「ああぁ、緊張した! いきなり帝室の方々と会うのは・・・」
「でも、とても、いい考えでしたわ。あの”噂話”を作り出したのは多分、・・・私のサロンの人達のようですわ・・・」
あの状況で、あの対応策を考えるルルにアナトリーは素直に賞賛の声をあげ、この騒動の原因の噂話を作り出したであろう、自分のグループの貴人達の事は、恥ずかしく思った。 追撃を掛ける様にピンガノは言った。
「やはり、・・・その様ですわね。 あの噂話で一番益を得るのは自称 ”高貴な私達” ですしね。その方々は、かなりマニューエ様の事を、嫌っておられる様ですわね」
「・・・お恥ずかしい限りですわ」
恥じ入る様な口調でそう答えたアナトリーをじっと見ながら、ピンガノは言った。
「・・・私は、アナトリー様に対する認識を変えねばなりませんね」
「どうしたの、ピンガノ、急に」
「ルル様、だってそうじゃないですか。 マニューエさんの事を”友人”と明言して、帝室の方々を相手に回そうとされたんですもの・・・さすがは「帝国の牙剣」のお嬢様」
「いやですわ、そんなこと。 ピンガノ様だって、ハンネ様にあんなに毅然と云い辛い事をおっしゃるなんて。さすがわ「鉄血の乙女」と思いますわ」
アナトリーとピンガノは、お互いを見詰め合って・・・「ぷっ」っと噴き出した。
「学院の三大勢力のトップが、夜の「薔薇の部屋」で、マニューエを囲みながら、密やかに話している・・・一月前では、考えられない事ですね・・・マニューエ、あなた、何かの魔法でもつかった?」
ルルが、マニューエにそう言うと、
「皆様は、学園の、ひいては帝国の安定に無くてはならない方々。 私が居る居ないにかかわらず、いづれ仲良くなられたんじゃないでしょか?」
と、一歩引いた言葉を口に出した。
「考えてみたら、私達の共通の”友人”は、マニューエ様だけ・・・なんですよね。 これからも、ハンネ殿下の事も含めて、どうぞ宜しくお願いしますわ」
ピンガノが感慨深かげにそう言った。マニューエは言外の言葉に、”ハンネ殿下の事、よろしく”と、聞こえた。私の代わりに、殿下を癒してあげてくださいとも取れる。マニューエは、ピンガノの目を真正面から見つつ、云った。
「ピンガノ様は、ハンネ殿下の事、お慕いしておられるのですね」
ピンガノの顔がみるみる赤くなる。 狼狽で言葉が出ない。
「ピンガノ・・・図星刺されたね。 マニューエ、どうするの?」
「もちろん、応援いたしますわよ。 殿下の見逃される処を見つけられる方が側に居るべきですから」
当たり前の様にそう答えるマニューエに、ルルは破顔し、ピンガノは一層顔を赤くした。そんな様子を見て、アナトリーは、思った。此処に居る四人の間に何か起こらない限り、帝国の「武」、「官」、「経」は、帝室に安定をもたらすと。
”厳しい時代に入る前に、少なくとも帝室の後背は安定しそうね”
心配事も無くなった。 新たな、大事なお友達も出来ました。
とても、楽しみになりました、今度の学園の舞踏会
帝国領 : 一息つきます。




