揺れる金天秤:帝国領 その15
マスターへ:
何だか、見えない糸にの絡めとられた気分です。
マスターはいつもこんな気分なのですか?
---マニューエ
マニューエは困ってしまった。 嘘は言いたくない、でも、本当の事は、信じてもらえそうに無い。だから、事実の一部だけを伝えた方がいいと、判断した。どこまで、伝えるか・・・悩ましい処でもあった。
「あのね・・・皆様、ハンネ殿下が武術練習場に私を呼び出された時の事なんだけどね・・・」
そう口火を切った。 三人の目が一斉にマニューエに向かった。 練習場での事は、この場ではマニューエしか知らない。 周知の事実は、練習場に入っていたのはハンネ、ゴードイン卿、マニューエの三人だけ。出てきたの時は三人バラバラ。 マニューエは髪を切られ、制服はボロボロ、『上気』した顔で、出てきた。ハンネは満足そうに、ゴードインは思案深げにそれぞれが間をおいて廊下に出てきた。
中でなにが有ったのか。目撃した人がいないから、妄想が妄想を呼んでいる。アナトリー達は、冷静を装いつつ、マニューエの次の言葉を待った。
「ハンネ殿下が、私に関する噂を聞きつけて、どうも、ご興味を覚えられて・・・それで、手合わせをしたいっておっしゃたの。 ほら、殿下に望まれたら拒めないでしょ 仕方なくお相手したの。 アナトリー様は、兄弟子のヴァイス様の事はお話しましたよね」
「ええ、伺っているわ。 お茶道楽の貴女には優しい御兄様の様なお方だと」
「そうですね。 ヴァイス様は、私の体術の師でもあるの。 辺境での生活はでは、私みたいな者でもある程度の体術が必要なの。自分の身を守る為の必要不可欠な技術なの。帝都では考えられないわよね・・・それで、私はヴァイス様に指導を受けたの。それで、ある程度の事は出来る様になったわ。だから、お相手出来たんだけど、・・・相手は殿下でしょ、最初から結果は判っていた。 でも、ハンネ殿下が思っていたよりも抵抗したらしいわ、ゴードイン卿が止めに入ったのだけれど、間に合わなくて、髪が切れてしまったの・・・殿下は何も悪くないのよ。 避ける時に転んで制服もボロボロになっちゃうし・・・ほんとに私何をやってるんだか・・・はぁ」
マニューエの告白は、自業自得で髪が切られてしまった、ハンネは悪くない。すべて自分が悪いと云うことに終始していた。少なくとも嘘は言っていない。かなり内容を省いたが、中で起こった事の事実部分を伝えたつもりだった。 ルルは納得した。 話におかしな部分は無いように思った。 ピンガノはハンネの性格を知るだけに、彼がマニューエに興味を抱いた原因をより深く理解した。ハンネは自分と同じく、少しでも疑問が有ると、突き詰めて考える性格で有る事が、今回の”暴挙”と言っていい出来事の原因と思った。
アナトリーだけが、納得しなかった。
「たとえ、マニューエ様が思った以上に殿下のお相手が出来たとしても、何故ゴードイン卿が止めるまでお続けになったのかしら? おかしいと思いますわ。 いくら近衛魔法騎士が居て安全は保障されると云っても、まるで、マニューエ様が怪我を負うことを前提とされているようですわ。 殿下は私に”マニューエに、非礼を詫びたいが、彼女の事を知らないから教えてほしい”と、聞かれました。 謝罪したいと仰るお方が、その相手に怪我をさせる前提で、お相手に所望されるかしら」
マニューエは、その理由が判っていたが、敢えて答えなかった。 殿下の”あの太刀筋を生む腕を持つ者には、全力で当たらねば失礼に当たる”と、云われた言葉。 それがすべてだった。 ”おかげで凄く楽しい時間を過ごせたのだけれど”とも、思う。
「やはり、殿下にもお話を聞かなければ」
「えっ、それは・・・私が悪いんですのよ」
「それと、これは別の話ですわ。 帝国騎士であるハンネ殿下は何が有っても婦女子に手を上げるべきでは御座いません」
「・・・ピンガノ様ぁ、ルル様ぁ・・・」
何とかアナトリーを止めてもらいたくて、二人に助けを求めた。ルルはそっとピンガノの表情を読み取った。”うわぁ・・会いに行く気だ”と、感じた。自分一人では二人を止める事は出来ない。ピンガノもアナトリーと同じ考えをしている。そして、何よりハンネを想っていた。アナトリーが言った”謝罪したい相手に、傷つける可能性が有る手合わせを申し入れるのか”の、言葉に同意していた。
「私も、ハンネ殿下にも聞くべきだと思いますわ。 そして、殿下にお尋ねしたい事が有ります」
ピンガノの言葉にちょっとした絶望感を抱いたマニューエは、ルルを最後の望みを掛けた様な目で見た。
「マニューエ、私には止められない。 二人とも貴女を大事な友達と思っているようだからね」
ルルの言葉にマニューエは恥ずかしくなった。 自分としては”たかがチョット髪を切ったくらいで”と、思っていたが、彼女達にとっては、大事な友人を傷つけられた様に受け取っている。有難い事ではあった。 本来ならば接点など無いはずの自分の事を”友人”と呼んでくれる。 その気持ちはとても嬉しい。しかし、其れでは騒動が大きくなりすぎる。
「クラシエ、連絡は取れましたの?」
「はい、先程近習の方からお待ちしておりますとのご連絡が。 「薔薇の部屋」で御座います」
「こちらの人数の変更は?」
「四名様にて」
「ハンネ殿下だけ?」
「アーネスト殿下も同席されます」
「有難う。手間を掛けさせたわね。 さぁ、皆さんご一緒してもらいますね」
マニューエは、そうなる気がしていた。彼女は「帝国の牙剣」の愛娘。 苛烈な決断力と胆力を兼ね備えている。 ”最初からそのおつもりだったんですね”と、心の中でアナトリーに話しかけた。 アナトリーの視線は、何処までも優しく彼女を見ている。 ”私の友人は、私が護ります” そう言っているようだった。 ピンガノも覚悟を決めている様な顔つきになっている。 ルルは三人の顔つきを見て、決めたようだった。
四人は、席を立ち、連れだってクラシエの部屋を出た。 月が西に傾きつつあった。まだ、朝までは遠い。静まり返った学院の回廊を四人は足音を忍ばせ歩く。 月明かりが窓を通して、行く手を明るく照らしていた。
皆様、私はマニューエ様の”友人”です。 相手が『誰』であっても、友人に手をあげる者は、この私が許しません。皆様は如何? そう、良かった。貴方達にとってもマニューエ様は ”友人” なんですね。




