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揺れる金天秤:帝国領 その13

マスターへ:


真夜中の懇談会に参加しました。 楽しかったですよ、本当に!


                    ---マニューエ


 いくらお忍びとは言え、相手はアナトリー、学園最大のグループのトップ。仲間内の者達も彼女の”お友達”等に色々と意地悪をされている。アナトリーのグループと云えば、純然たる高級貴族のグループで排他性は非常に強いことも知られている。そんなグループのトップの部屋に行くとなると身構えもする。


 そして、何より不思議なのは、マニューエがそんな彼女と繋がりが有るという事。さらにその繋がりは、彼女が求めたモノでは無いらしい事が、マニューエとクラシエの間の会話から読み取れた。


「大丈夫ですよ。アナトリー様は至って普通の感覚の持ち主です。 ちゃんと先触れさえしていれば、受け入れてくれますよ。嫌なら入れないだけですし」


 事も無げにそういうマニューエ。何処までもこの娘は自然体だ。 ルルが最後の懸念を口にした。


「行くって云っても、あそこは学園の中心にある部屋だよ。目立つよ。」


少し考えて、マニューエは二人に言った。


「お二人は、魔法か精霊魔法で”隠者の歩み”をつかえますか?」


「いや、出来ない」と、ルル。


「私も無理ですわ。多少は出来ますけど、そちらの方面の魔法は専攻してないし、それに、何よりあそこは多重結界が張られておりますわ。隠れて近寄る事は、難しいと思いますの」


 ピンガノは、アナトリーの部屋の周辺状況を言った。 学園の上級貴族たちの住まう部屋の周囲には、彼女達の安全を守るため、王宮クラスの結界が、何重にも張られている。 重量感知、熱源感知、振動感知、数え上げればきりがない。その警戒網に引っかかれば、たちどころに衛兵がやってくる。 怪しい動きをすれば、たとえ貴族の自分達でもただでは済まない。


 ピンガノと、ルルの言葉に、たちどころに反応するマニューエ。


「そうですか・・・じゃぁ、ちょっと待ってください」


 彼女は、ベッド脇の棚から大きなシーツを二枚だした。二つ折にして広げ、ベッドに置く。 口の中で呪文を唱えると、彼女の右人差し指の先が薄緑色に発光し始めた。空間に何種類もの「印」が浮かぶ。「印」の間に指先が滑り、滑る度に「印」の間に呪が書き込まれる。 瞬刻の出来事だった。 両手を大きく上げ振り下ろす。 すると、空間に浮かんでいた印が一つに集約され、シーツに落ちた。


「・・・『呪印』作成、魔技術製品マギクラフトを作ってる。こんな人、初めて見た」


 ルルが感嘆の声を抑えてそう言った。 魔技術製品マギクラフトの作り方は、魔技術技師マギクラフターで、それぞれが違う方法を持っている。しかし、こうも簡単に作る人をルルは知らない。彼女が知っている魔技術技師マギクラフター達は、一つの製品を作り出すのに大きな装置を使い、色々な薬品や魔技術道具を駆使して、短い物でも1日、複雑で高度なものに至っては一年以上もの時間を要する。彼女の様に何もない処から、ありあわせの材料で作る事は不可能だと思っていた。


「これでいいわ。 一日しか持たないけど、魔技術製品マギクラフト「隠者の歩み」学園調整版 完成! 御二方、これを使ってね。 起動魔方陣は、普通の魔方陣で使えるわ。 注意点は二つ。被ってから起動する事。 起動してから、魔方陣にマジカを注ぐことをやめても、一日で分解するから、明日には普通のシーツに戻ってしまうので、使用は本日限り。 あとは、これが勝手にやってくれるからね」


 二人に其々同じものを渡すマニューエ。 ピンガノは戸惑い気味に、ルルは描かれている「呪印」を凝視しながら、それぞれが受け取った。


「マニューエ! これ、ほんとに今作ったのよね」

「そうですわよ。ルル様、見てましたわよね」

「貴女のマジカで書き込んでいたのが、結合術式なの?」

「ええ、そうですわよ」

「駆動式は・・・そうか、基本式に内臓されているわけか」

「駆動式の調整はしましたけど・・・基本は内臓式ですね。だって、起動魔方陣一つで全部動かすんですもの、それぞれ独立した駆動式が無いと発動しないから」

「・・・幾つ組み込んだの?」

「学園寮に施されているの結界分、重複してる結界もあるから、全部で二十一個かな」

「に、二十一・・・ マニューエ! 友達になろう!」

「えっ?えっ?ええええ?  ・・・私は、もう、友達のつもりだっただけどなぁ」


 ルルの言葉にマニューエは驚いた。 ピンガノはルルが、これ程までに感情を大きく表しているを久しぶりに見た気がする。魔法が専門のピンガノにとって、魔技術は難解でよくわからない。でも、ルルは入学当初の目的が魔技術の習得に有った事もあって、彼女の魔技術への理解は深い。教師たちもルルの魔技術に関する知識には太鼓判を押している。その彼女が目の前に刻印された「呪印」に我を忘れていた。


 二人はマニューエに促され、シーツをかぶる。マニューエは、窓の外の月を見た。 テーブルに咲き乱れるアフェリアの花が光の粒になって、蒸発する様に消える。


「もうすぐ、月が中天に掛かるますわ。行きましょうか。 そうだ、「隠者の歩み」使うと、見えなくなるから、手を繋がないと、お互いが何処に居るか分から。 はい!」


 そういって、嬉しそうに、手を差し出すマニューエ。 シーツをかぶった二人は、その手を見た。細い柔らかそうな手。繊細そうで美しい指先。 ピンガノとルルは、互いに顔を見合わせ、そして頷く。 二人は、彼女の手を取り、マニューエの部屋を出る。 彼女たちは、マニューエが言った通り、起動魔方陣で「隠者の歩み」の術式起動をした。 マニューエは口の中で呪文を唱える。 三人の姿が掻き消える様に見えなくなった。


************* 


 クラシエが宛がわれている部屋の廊下に続く扉が、密やかにノックされた。 扉が開き、そして閉じられた。部屋の中は灯火で昼の様に明るい、暗い廊下とは別世界のようだった。 クラシエの部屋は使用人が使用する部屋にしては、大変豪華な部屋だった。 伯爵令嬢の部屋かと見間違えるほど。


「起動魔方陣へのマジカの流れを止めてください」


 虚空から、マニューエの声が聞こえる。 途端に、何もない処から、マニューエ、ピンガノ、ルルの三人がゆらりと現れた。ピンガノとルルに声は無い。 ピンガノは今起こった事に理解が追いつかず、ルルは「隠者の歩み」の「呪印」の効果に絶句していた。 三人の目の前に、笑顔で佇むアナトリーが、大きく手を広げ言った。


「ようこそ、真夜中の懇談会へ」





やっと、やっと会えましたわ。 ほんとに心配しましたのよ。

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