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揺れる金天秤:帝国領 その12

マスターへ:


ちょっと、頑張ってみます。 精霊神様のお願い果たさなくては!

   PS マスターの方は如何ですか? よろしくお願いします。


                 ---マニューエ

 ピンガノとルルは、誘われた通りに、部屋の中央に有るテーブルに着いた。 


 マニューエの部屋は、とても質素な部屋だった。 


 ピンガノもルルも貴族の娘としての体面がある。その為、支給されている学院の寮の部屋は大きい。使用人の部屋も付随している。爵位、階位によっては、更に豪華な部屋になる。それぞれの貴族の家が見栄と外聞から、学院が用意した部屋を自前で改装するからだった。


 マニューエの部屋は、貴族でない一般学生の住む部屋よりも、自分達の使用人がいる部屋よりも小さい。部屋の有る場所も学生寮の端の端。此処より下の部屋は無いと云うような処にあった。このため、有力な後ろ盾が居ないと云う噂の根拠にもなっている。


 彼女達にとって幸運なのは、そんな場所にある彼女の部屋に来るのに、そこまで人目を気にする必要がなかった事だった。夜半、寮の端の端に人影はない。”忍び”で訪れるには持って来いの場所にある。だからこそ、ピンガノは彼女の安全が脅かされるのではと危惧を抱いたのだった。


 マニューエには、この学院の生徒達の様に付き従う使用人はいない。 お茶を用意するという彼女の言葉は、文字通り、マニューエ自身がお茶を入れるという事だった。これは、学院内では大変珍しい事で、本当に親しい友人達の間でしか行われていない。湯が沸く音がして、コボコボと注ぐ音がする。 何より甘く刺激的な香りが、ピンガノとルルの鼻をくすぐる。


「お口に合えば宜しいのですが」


 そういって、マニューエは大きめのカップを二つテーブルに置いた。 中には黒々とした液体が入っている。ピンガノは見た事が無かったが、ルルは見覚えが有った。


「”ショコラテドンナ”・・・こんな高価なものをここで?」

「お茶を楽しんでもらおうかなと、それに、夜は甘いものが欲しくなりますよねぇ」


 マニューエが差し出したお茶は、遠くエルフ族が支配する領域にある、エルフの飲み物。 甘く、ほろ苦く、体内のマジカを活性化させると云われる、魔法のお茶。 ルルもかつて父親について回った南方諸王国で、一度だけ見た事がある。 王国の宮廷魔術師が大事そうに、それを飲んでいた。甘い香りからルルが欲しがると、父親が止めた。


「あれ一杯で、駅馬車が一台買えるぞ」


 余りの高額さにドン引きした覚えが有った。それが、目の前にあり、飲んでくれと言われている。


 ルルは、コップを取り上げ口に運んだ。 甘い香りだけでは無く、芳醇とも取れる豊かな香りがした。温かいそれは少し粘っこい感じがしたが、口に運んだ。 柔らかな苦みと甘み。口の中に広がる至福。 何より、体を巡るマジカの流れが自分にもはっきりと知覚できた事に驚きを感じた。


「お、美味しい」

「本当に美味しい」


 ルルの隣でピンガノも目を丸くしている。初体験だった二人は、お互いに顔を見合わせ、互いの驚きを確認してあっている。にこやかに微笑むと、マニューエも自分の分のコップを持ち上げ、口に運んだ。


 月の光が窓から差し込む。 テーブルの上に、灯火からでは無い光が落ちる。板を並べて出来た簡素なテーブルトップを眺めていたマニューエは、


「なんだか、寂しい感じですねぇ。 花でも出しましょうか?」


 と、口の中で魔法を唱えた。 月の光が差し込む場所に白く淡く輝く花が咲き乱れた。 月の光を固めたような花がテーブル一杯になると、マニューエは満足げに微笑んだ。花を見詰めるマニューエの視線はとても優しい。”私が、私になった時に咲いていた花。私が世界から忘れられていないと判った時の花。マスターが名前を付けてくれた時の花”


「アフェリアの花。 私の大好きな花なんですよ」


 咲き乱れる花を見詰めた、ピンガノの目がさらに丸くなる。驚愕していると云ってもいい。 手に持つカップを取り落としそうになった。


「つ、月の雫・・・なぜ、貴方が此れを生成できるの?」

「???」

「この花は、水の大精霊の守護花。 お許しが無ければ、生成する事はおろか、試すだけでマジカを抜かれてしまうはずなのに・・・」

「あぁ・・・そうだったんですか。 だから、何処にも売ってなかったのかぁ 探しても無いはずですねぇ」


 事も無げにそう言って、カップを口に運ぶ。目は花をめでている。そんな彼女をみて、ピンガノは何だか毒気を抜かれた気分になった。どんな人柄なのだろう、ハンネ殿下とどういった経緯があったのだろう、そんな事ばかり考えていた自分。しかし、目の前のマニューエは彼女たちの意図をするりとかわす。


 月の清々しい光が、若干の寒さを感じさせる。成程、甘く温かいものが欲しくなる。ピンガノは手に持つカップを口元に運ぶ。


 ”この方は、精一杯歓待してくれている”


 ピンガノと、ルルの共通した認識になった。温かい飲み物は心を満たし、アフェリアの花の香りがこの上も無く上品に薫る。自分たちが主催する”御茶会”が、些細なママゴトの様に感じた。参加している者を豊かな気分にさせているこの”空間”が、本来の御茶会なんだろうなと、二人は思った。


「それで、どういったご用件で?」


 花と飲み物の歓待を受けていた二人に、柔らかな口調でマニューエは尋ねた。棒を飲み込んだ様に、二人は緊張した。こんな歓待を受けているのに、自分たちの来た訳を話していいものか?そんな風に顔を見合わせる二人。その様子に、フフッと笑みを浮かべマニューエは続けた。


「今、学園で噂話に成っている事ですかぁ? ハンネ殿下に叱責されているって云う」


 何と言っていいか、二人には言葉が出てこなかった。アレだけ疑心暗鬼に囚われていたピンガノですら、何も言えない。二人の視線が、マニューエの笑顔と互いの顔の間を行き来する。丁度その時、密やかなノックがまた、マニューエの扉から聞こえた。はっとするピンガノとルル。マニューエはすでに探索の印呪から、外にいる人物の詳細を受け取っている。


「あの・・・住みません。 お客様がもう一方いらっしゃいました。アナトリー様の侍女頭のクラシエ様です。 どうします? お会いに成りたくなければ、居留守使いますけど?」


 話の切り出し方に苦慮していた彼女たちは、これ以上マニューエの迷惑になりたくなかった。貴族の侍女ならば、それも侍女頭ならば、目にしたことも、聞いたことも主人以外に絶対に口外しない。まして相手は上級侯爵家の侍女だ。ならば、問題は無い。二人は揃ってマニューエに問題は無いと伝えた。


「有難う。 あの方から連絡は、いつも急なんですよ」


 そう言いながら、扉を開けた。 クラシエが部屋に入る。アフェリアの上質な香りが鼻孔をくすぐる。そして、先客が居た事をしった。


「あっ、ごめんなさい。 マニューエさん。お客様でしたのね。 主人にはそう伝えましょうか?」

「いいえ、大丈夫よ。お許し下さったわ。・・・???」


ふと、振り返るマニューエの視線の先に固まっている”先客”の姿があった。マニューエとクラシエのやり取りに、ピンガノとルルは、またしても驚きを感じていた。  ”あまりに気安い”  主人と同格の貴人に、いくらマニューエが一般生徒とはいっても、互いを”さん”付けとは、儀礼的にもおかしい。目を丸くする二人に、マニューエは優しく微笑むと云った。


「クラシエさんは、とても素敵な”お友達”なんですよ。 アナトリー様の最良の付人です。わたしからお願いして互いを呼ぶときは、”さん”って呼ぼうおって約束したんですよ。ちゃんと、目を見て話したですからぁ」


 ピンガノ達、二人の反応は典型的な貴族の反応だった。 ここではマニューエの方が異質。その事はマニューエ自身が一番よくわかっている。しかし、自分を偽ることは、自分を自分と定義する”モノ”に反する。しかし、周囲には異質に見えるはず。だから説明もする。それで理解してくれない様な人ならば、交わりを絶つつもりでもいる。


 確固たる信念を元に話すマニューエに、ピンガノとルルは、納得せざるを得なかった。そう、マニューエはそういう『人』なのだと。位や身分などは、相手を計る物差しでは無いと言っている。ピンガノ自身、そういった尺度で人を判断する事を是としない。が、その対象が使用人にまで及んでいるとは、ある意味、目から鱗が落ちた気分だった。


 何も言わない彼女達の姿に、”理解してもらった”と、受け取ったマニューエはクラシエのほうに向き直り、要件を聞いた。


「ご用件は、何でしょうか? クラシエさん」

「はい、とても重要な話がしたいので、私の部屋までお運び頂けないかと、主人が申しております」

「こんな夜分にクラシエさんのお部屋にですか?」

「ええ、早急に確かめたい事があり、話の内容の性格上、御顔を見て話さなければならないと、おっしゃっておいでです」

「・・・話の内容は、お聞きでしょうか?」

「マニューエさんが内容をお聞きになった場合、『ハンネ殿下の件』と、お伝えするようにと」


 マニューエは、”こちらもか”と言うように困った顔をした。”良い事を思いついた!”と、ばかりに、クラシエに答え始めた。


「ええっと。 クラシエさん、私とても面倒くさがり屋なの。同じ話を何度もするのは、時間の無駄だと思うの」

「はい・・・」

「申し訳ないんですが、先触れの真似事してもらえるかしら?」

「えっ?」

「クラシエさんのお部屋に参りますが、私もお二人の友人をお連れします。ピンガノ=エルフィン様と、ルル=トレオール様です。 驚きはされますが、アナトリー様ならばお分かり頂けると思います。もし、ダメらならば、入室を拒否してください」

「・・・わかりました。早速伝えます。 先触れの時間を戴ければありがたいです」

「もちろんですよ。 月が中天に上がる頃お伺いいたします」

「承りました。 では後ほど」

「では」


 マニューエがクラシエと話す内容をテーブルで聞いていたピンガノとルル。彼女達が耳にした内容に焦り始めた。



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