揺れる金天秤:帝国領 その11
マスターへ:
新しいお友達が出来たようです。 でも、どうして皆、夜半にやってくるんでしょう?
---マニューエ
ピンガノの紡ぎ出す言葉は、どうしようも無く震えていた。
「そ、それは、彼が叱責した後のフォローの為では?」
「すると思うの? 本気で? 貴女の方が、ハンネ殿下の人となりについては、詳しいわよね」
帝国を担うハンネの役割は常に苛烈な判断を要求される。”敵”と判断するまでは慎重に情報の収集をするが、一旦”敵”と認識すれば、相手を殲滅するまで手を止めない。そういう風に教育される。特に第二王太子の役割として、幼少の頃から叩き込まれる。だから、一旦マニューエを”敵”と認識すれば、当然、学園から排除するまで手を止めない。 噂話は、彼の人となりを知っていれば、頷けるものでは無かった。
「・・・あ、貴女の見方は?」
ピンガノは狼狽しつつも、ルルの考えを聞きたかった。
「現れている事象は明確になっている。 あのお茶会でマニューエ嬢はハンネ殿下の御怒りを買った。 ハンネ殿下は彼女をお茶会から連れ出した。 次の日から殿下は彼女について、周囲の者達に聞いて回った。 聞く相手は騎士志望の男子学生ばかり。 その時あたりから、ハンネ殿下に笑顔が戻られた。以前の快活で剛毅な殿下にね」
最後の言葉にピンガノは反応した。それは、彼女の知らない情報だった。先程ルルの言った”事実と虚実を綯交ぜに”しているような気がした。
「それは貴女の主観なのでは?」
「残念、アルフレッド殿下の ”殿下付き”の見習い学生騎士が、殿下から直接聞いたそうよ。 ”以前のハンネ殿下が戻ってきてくれた”と、嬉しそうに話していたって」
ルルは、あくまでも実際に起こった事しか語っていなかった。アルフレッド殿下の話も、友人の男子生徒から聞き出したものだった。不穏な空気を察知し、ピンガノは先を促した。
「・・・それで?」
「彼女を呼び出した時、殿下は御怒りになっていなかった。直前まで第二軍団の騎士達とにこやかに談笑されていた。 武術練習場の中の事は省くわ。 だって、当事者と”あの”ゴードイン卿しか中にいなかったもの。」
帝国を担う為の苛烈な判断を下す教育は大変に重要視されている。ノドバン=ゴードイン卿は、ラアマーン殿下がハンネに付けた教育係だった。容姿は大変恐ろし気に見えるゴードイン卿は、”北の大陸”での実戦経験者でもあり、帝国騎士爵の爵位、および、帝国近衛魔法騎士の性格上、彼のハンネへの”教育”は徹底している。
彼が同席するという事は、ハンネに何かしらの”判断”が有っと考えられる。それが”敵”としての認識か、そうでないかは分からないが。
「ええ、そうね」
「彼女が武術練習場から出てきたとき、髪は切られていた。顔は真っ赤で・・・見た人によると泣いていたのではなく、『上気』していたそうよ。 制服は何か所も破れて、『ボロボロ』になっていたそうね」
ただ『泣いて居た』のと、ボロボロの制服で『上気』していたのでは、中で起こった事は正反対になる。そして、『上気』した原因は何だろうと考えると、ピンガノの狼狽は更に大きくなった。
「う、・・うそっ」
「続けるね。 ハンネ殿下は彼女が出た後に、練習場からお出ましになり、騎士達をねぎらった後、妙に上機嫌で、お部屋に戻られたそうよ」
「・・・ゴ、ゴードイン卿の様子は?」
「微妙でね、腕組みをしながら、なにか、深く考えていらっしゃるようね様子だったって」
「・・・」
事実の並びに何ら変わりは無いが、ルルが持って来た「現実に起こった事象」を加えると、結論が大きく、そして、ピンガノには容認できない内容に変化する。
「結論は、急がないでね。 なんだか胸騒ぎがするのよ。 事実だけを並べてみたら・・・殿下も男性でしょ」
「やめて!」
ピンガノは両の手で耳を抑えた。 震える彼女を見て、ルルは後悔した。此処まで彼女が動揺するとは思っていなかった。
「ごめん。言い過ぎた。 ・・・で、鉄血の乙女はどうするの?」
「・・・お父様はいつもおっしゃるの。 ・・当事者に逢えって。 ・・自分の目で確かめ、確信が持てるまで調べ尽くせって。 それで、貴方は彼女の事をどう見ているの」
震える声で、それでもルルに聞きたかった。ピンガノはルルの人物鑑識眼を尊敬していた。彼女の人を見る目は確かだった。今はそれを聞きたかった。
「マニューエ嬢は・・・嫌な感じがしない。何というか・・・そう、とても上手く行った商売の相手みたいな感じがする。 頭も、度胸も、いい。 御貴族様相手に、自分の主張をだせる。 信用に値する人物かな」
「・・・貴女が、そんな事を言うなんてね。 で、その根拠は?」
ピンガノは驚いた。何が起きているのかはさておき、ルルのマニューエに対する評価が思いのほか高い。動揺はしていたが、ピンガノはマニューエ自身にに興味を覚えた。
「商会「エキドナ」の会頭の娘たる自分の『勘』」
「そう、『勘』なのね」
「案外、確かだよ。私の『勘』は」
”知っているわ”と、言いたげな目をしながら、ピンガノは応えた。
「会って話をしてみたいわ」
「今から行く?」
「今から? もう遅いし・・・先触れだって」
フフッと笑いを口元に浮かべ、ルルは”判っているわ”と、言いたげに言葉を紡いだ。
「お忍びには、いい時間だよ。 それに、私だって貴女の仲間達に、貴女と連れ立って歩いているところを、見られたくないよ。 商人の娘と宰相の娘が結託してとか、うるさいでしょ?」
「ええ、まぁ・・・たしかに、そうね。 行きましょう。確かめねば」
「流石は鉄血の乙女。 その決断の速さは称賛に価する。 じゃぁ、行こうか」
二人は連れ立って、立ち上がった。 「鈴蘭の部屋」を出て向かう先は、マニューエの部屋だった。
*************
密やかなノックの音がマニューエの部屋の扉に響いた。 クラシエが来てから、扉周辺に彼女が組んだ特別製の「探索の呪印」と常時展開している。 マニューエの「探索の呪印」は、そのノックの主がピンガノ=エルフィンと、ルル=トレオールだと云うこと、彼女たちが明確な害意を持っていない事を、知らせてくれていた。
「はぁい、開いてますよ」
彼女の言葉に扉の鍵が音もなく外れた。二人が中に入ると、扉が自動的に閉まり、鍵が掛かった。 ピンガノは夜分の訪問にいとも簡単に部屋の中に通したマニューエに驚いた。挨拶もそこそこに、”注意しなくては”との思いから、口にだした。
「今晩は、夜分にごめんさいね、至急お話したい事が有りましたの、マニューエ=ドゥ=ルーチェ様・・・、でも、これは、ちょっと不用心に過ぎません?」
「・・・」
ルルは、挨拶も忘れ、閉じられた扉に施されている「呪印」を見詰めていた。そんな二人を見て、口元に苦笑を浮かべつつ、挨拶をするマニューエ。 短く切られた左側の浅銀髪が揺れる。
「今晩は、ピンガノ=エルフィン様、ルル=トレオール様、ようこそおいで下さいました。まぁ、一応用心は、していますけれど、此れで危険な事は無いですよ。帝国学園の中では滅多な事はおこらないでしょうし」
短く切られた左側の髪を痛々しく見ながら、ピンガノは、マニューエの挨拶に彼女の危機感の無さを指摘したくなった。 学園で遠巻きにされているが、孤立している事を良い事に、不埒な考えを持つ邪な輩がでないとも限らない。
「こんな夜分にお邪魔している私たちが言うのは何ですが、その認識は危ないですよ、マニューエ様」
「???」
ピンガノの言葉を不思議に思ってしまったマニューエだった。
部屋の出入口と窓は彼女が組上げた「呪印」で固めている。部屋自体は敷物に隠れて見えてはいないが、床に最大強度を叩き出す「聖壁の呪印」が此れも常時展開されている。 別な言い方だと、近衛魔法騎士達の一斉攻撃魔法にも耐えられ、返してしまう程の強度で組上げてある。 この部屋と同じ位安全な場所は帝室の私室位なもののはずだった。
それがピンガノの目と感覚に触れないのは、全ての「呪印」に「隠遁」の術式が組み込まれている為か。訪問する人に警戒されない様にとの配慮が、反対に彼女が安全に対して無頓着だという判断をされている。苦笑が更にマニューエの口元に広がる。
その時ルルが、部屋に入って初めて口を開いた。
「『探索の印呪』・・これ、常時展開しているの?」
「ええ、そうですよ、ルル様。いくら貴人の人達ばかり入っている寮でも、男女兼用ですもの。一応はねぇ」
「いや、そういう話では無く、常時展開しているのかな、って話」
「・・・何か?」
挨拶も無しに扉の「呪印」を見詰めていたルルの言葉に、なぜか親しみを感じてしまったマニューエ。そういえば、マスターも要らない挨拶や、前置きをしないで、彼女に語り掛けて来たものだった。
ルルは扉に「呪印」されている術式魔方陣に圧倒されていた。実家の商会「エキドナ」でも”魔技術製品”は大変重要な高額商品だった。彼女が帝国学園に入学したのは、この魔技術の習得の為でもあった。学年でもトップクラスのルルをして初めて見る”魔技術製品”。
「いや・・・自分で組んだのこれ」
「そうですよ。基本式と別に常時展開術式と意識判別、それに、簡易転送の術式組み込んだだけですよぉ」
「・・・それの構造式、どこかで売ってるの?」
ルルは、このクラスの物を組上げるマニューエの呪印に関する知識に驚愕を覚えた。自分の知らない製品が、実家の商会以外で売られている事を危惧した。これ程の物を一般に売られているとすれば、脅威にすらなる。
「市販の”魔技術製品”の中には結合術式は無いですから、自分で組上げてますよぉ。結合術式は授業でもありましたでしょ」
いとも簡単に否定し、ルルも受けたであろう授業から、自分で基本構造を変更し術式を確定させているマニューエに驚きを隠せなかった。 帝国領域内でも、そんな事が出来る高位の”魔技術技師”は、そう多くはいなかった。
「き・起動・・起動魔方陣は」
「連結式で、同時起動です。これも授業で習いましたねぇ」
”完璧だ” ルルはその魔方陣に高価値を見出した。是非とも手に入れなければならない。使命感とも物欲とも判らない感情がルルの心の中に湧き上がった。
「・・・売ってくれる?」
「ルル様に?」
「商会に」
飄々と事も無げに頷きつつ、了承するマニューエ。 ”ちょっとした仕掛けの事も話さなきゃ、いけないわよね”と、笑いながらルルに答えた。
「・・・構いませんけど、起動魔方陣に使用者限定要素組み込んでますから、”調整”が必要ですよ?」
「・・・む、無理か・・・売りだせたら、ものすごい反響が有るんだけどなぁ」
個人単位での”調整”が必要だと、一般には売りだせない。”魔技術製品”に高位の”魔技術技師”を付属させるなんていう事は出来ない。それにしても、彼女の魔技術の腕は一流だと、ルルは思った。 ぜひ、自分の仲間にしたい。腕組みをしつつ、まじまじとマニューエを見詰めるルルに、ピンガノが声を掛けた。
「なんの話をしているの?」
「ごめん、この扉に仕掛けてある「呪印」が、ものすごい”魔技術製品”だったからつい・・」
自分がこの部屋に来た目的を忘れそうになった、ルル。慌てて、ピンガノに謝った。 そんな様子に我慢しきれなくなった様に、大笑いしながら、中央のテーブルに二人を誘うマニューエだった。
「あははは。 皆様、此方へ。狭い部屋ですが、お寛ぎください。お茶用意しますね」




