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揺れる金天秤:帝国領 その10

マスターへ:


最近、周りが少し騒がしいです。 マスターが言っていた”人間関係”は、少し煩わしいです。

ダメですね、こんな事では・・・


                 ---マニューエ

 アナトリーは、「薔薇の部屋」でもようされている『御茶会の席』で、それとなくマニューエの事を尋ねてみた。"マニューエがハンネに、お茶会の最中に連れえて行かれてしまった事を心配している"ふうに装い、自然に話の流れを向けみた。穏やかな会話の流れが、激流に変わった。 次々に出て来るのは、アナトリーが意識して遮断していた、マニューエに関する噂話の数々。友人達の顔が輝き、得意げに語りだす友人も居た。


その数々の『噂話』にアナトリーは、絶句した。


 曰く、


 ”・・・よりにもよって、「アナトリーのお茶会」の席上、第二王太子ラマアーンが令息、ハンネ殿下に、増上したマニューエが、殿下の心の傷に触った。 ハンネ殿下の御心を思い、他の貴族達が注意深く、誰もラマアーン殿下の事を話題に持ち出さないというのに、彼女は初対面のくせに”その事”口に出した。


 同情を嫌うハンネ殿下は、彼女の言葉に不快感を示した。ハンネ殿下の御心を知ろうともしない、増上したマニューエは、言ってしまった言葉に、何の後悔を見せなかったので、彼女をお茶会から連れ出し、叱責した。


 不快感を御抱きになった殿下は、彼女が反省たのかを知ろうと、彼女と同じクラスに在籍する生徒達から彼女の様子をお聞きになった。翌週からも、彼女に何の反省も見られない為、いかなお心の広い殿下でも、勘如しきれず、改めてマニューエを叱責しようとされた。しかし、彼女を公衆の面前で面罵することは、紳士のやり方では無いと思われたのか、彼女を武術練習場に呼び出し、歩哨を立てて、中に誰も入らないようにされた。


 時ここに至っても、マニューエは反省もせず、自身の主張を繰り返した為、ついにあのお優しい殿下の堪忍が切れ、彼女を折檻した。 その時になって初めて、自分の愚かさに気が付いたマニューエは、殿下に泣いて許しを請うたらしいが、殿下の御怒りは収まらず、彼女の髪をお切りになった。その時、殿下が、”そのままでいろ、それが謝罪の代わりだ” と、おっしゃったらしく、顔の左側の浅銀色の髪だけ、ざっくりと切られた彼女は、それを隠す事も出来ず、授業を受けている。ーーー”


 最後にストナ=アーベンフェルト=ビージェル侯爵令嬢が、


「下賤な者が、高貴な者にいらぬ口出しをした為の結果です。これで、彼女の増上も収まるでしょうね。 嫌な話はこれくらいにして、皆様、これから到来する社交シーズンのお話でも如何かしら? さしあたって、最初に行われる、学園の舞踏会に何をお召しになるか、お話でもしましょうかしら?」


 と、噂話を締めくくった。 アナトリーは学園内に広がる、噂の出所を見たような気がした。 事実を織り交ぜ、願望をスパイスに組み立てられた”噂話”。 『そんな事は無い』と、明確に否定できる者がいるとすれば、当事者のみ。しかし、片方の当事者は今や学園の全学生から、腫物を触るように距離を置かれ、もう一方の当事者は、心安く気軽に話しかけられる相手でもない。真実の衣装を纏った、噂話は広く学園内に広がり、深く根を下ろそうとしていた。


 ”一度、キチンとマニューエ様とお話をしなければ”


 アナトリーはクラシエに、マニューエと顔を合わせて『お話』ができるように、準備をさせようと固く心に決めた。


 *******


 神聖アートランド帝国には、爵位や階位を敢えて除外し、能力でのみ帝国に使える集団がある。帝国は、その成り立ちから、行政職の人材には高い行政能力を要求する。厳しい審査試験があり、どんな大貴族でもその試験を潜らない限り、行政職には付けない。帝国を実際に動かす文官達だった。 その頂点におり、帝国内政の要と言われるのが、”鉄血”宰相 レヒト=エルフィン侯爵だった。


 その帝国の鉄血宰相の令嬢もまた、帝国学院に在学していた。 ピンガノ=エルフィンが、「鈴蘭の部屋」で自身のお茶会を終え、一人最後に残りくつろいでいた。特徴的な蜂蜜色の長い髪が、灯火の光を受けて緩やかにうねっている。勝気そうな顔立ちと振舞から、学院内の女生徒たちから「鉄血の乙女」と呼ばれていた。帝国学院で二番目の勢力でもある、ピンガノの友人たちの多くは、帝国の行政に関わる要職に就く貴人達の子弟であった。


 寛ぐピンガノの下に、ルル=トレオールが忍ぶようやってきた。帝国本領では珍しい黒髪で、外見はまだ幼く見える彼女で有ったが、凛とした立ち居振る舞いで一目を置かれている。彼女はピンガノの友人では有ったが、彼女のグループでは無い。帝国全土の経済を握るという商会『エキドナ』の会頭 コンカーラ=トレオール男爵の令嬢だった。彼女の帝国学園内の友人達は、主に帝国全土に広がる商会『エキドナ』の関係者の子息、令嬢たちだった。人数はそう多くは無いが、学院内三番目の影響力を持っている。


 ルルがピンガノの座るソファーに腰を下ろしながら、話しかけた。


「鉄血の乙女が物憂げにされていると、心が”ぞわざわ”しますね」

「これは、ルル様。このような時間に如何なさいました? お茶会は、終わってよ」

「いやいや、ピンガノ様、私がお話ししたいのは、貴方だけですよ」


 彼女達の友人達は、何かとお互いに張り合っている。行政担当者と商会実務担当者の間の色々が、その子弟にも影響を与えているのかもしれない。そんな中で、ピンガノとルルはお互いの利益代表者という側面を持ちつつも良好な関係を維持している。ピンガノはルルの人物鑑識眼を尊敬していたし、ルルはピンガノの公正さを愛していた。


「・・・なにか、苦情でも?」

「苦情? 勘違いされては、困りますね。 最近話題の噂話について、鉄血の乙女に意見が聞きたくて」


 突然の訪問と、突然の質問にピンガノは戸惑った。敢えて他人の居ない”今”を狙ったように、遣って来たルル。質問の後ろにある”意図”が判らなかった。


「・・・噂通りなのでは?」

「本当に、そうお思いですか?ピンガノ」

「ええ、辻褄は会っておりますし、事実、問題の彼女の様子は噂通りですわね」

「う~ん。 やはり、ピンガノにも、そう見えますか」


 眉をよせ、腕を組みながら、首を傾けるルル。 男性の様な仕草に、苦笑を交えながらピンガノは聞いた。


「何か、ご不審な点でも?」

「噂話の特徴はね、ピンガノ、事実と虚実を綯交ぜにすることなの。この話、脚本家がいるわ」

「・・・なぜ、そうお思いですの?」

「事実が、噂話にとって都合のいい部分だけなのよ。 ・・・最近、ハンネ殿下が彼女を見る姿をよく拝見するわ」


 ビクッ 


 ピンガノに衝撃が走った。

 

 ハンネ=ディア=アートランド殿下の名前が出たからだった。 ルルの言うことは、ピンガノ自身も気が付いている。ピンガノが一人佇むハンネに声を掛けようとした時、彼の視線がマニューエの姿を捉えている事に気が付いていた。それは、一度ならず、度々あった。彼女は、それを敢えて見ない様にしていた。


 彼女とハンネは幼い時から、良く見知った相手であった。 第二王太子 ラマアーン=トゥー=アートランド殿下は、帝国行政に深い理解があり、エルフィン侯爵家とは交流があった。ハンネもラアマーンについて、度々エルフィン家について来ている。ハンネもまた、帝国内政を支える”エルフィン家の重要さ”を知る帝室関係者の一人だった。ピンガノは、そんなハンネに淡い想いを抱いていた。


「噂話が無ければ、かなり興味深いわね。ピンガノ」


ルルは、その事に気が付いた時、一番初めに思い浮かんだのが ピンガノの笑顔だった。彼女も、ピンガノの想いに気が付いている。だからこその訪問だった。


揺れる金天秤:帝国領編、もうちょっと、続きます。

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