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揺れる金天秤:帝国領 その5

マスターへ:


一通、書状を送ります。マスターならできますよね


             ---マニューエ

 ハンネの暗く強い瞳が、マニューエを見据えた。アナトリーは、止めようが無かった。助けを求めるように、アルフレッドに視線を送るが、彼もまた、何も言えなかった。アルフレッドの父親、第一王太子 リュミエールがハンネの住む屋敷を訪れ、決意の言葉を伝えた後から、彼らの関係も微妙なものになっていたからだった。


「マニューエ・・・だったな。 少し、話さないか」


「はい。よろしいですが」


 マニューエはその強い視線に怯えもせず、しっかりと見返していた。


「此処では、なんだ。 中庭に出よう」


「お供します」


 連れ出されるマニューエを見ながら、ストナは”いい気味だわ、第二王太子 ラマアーン令息から、叱責を受けなさい。そして二度と現れないで頂戴”と言い出しそうな表情で、口元に意地の悪い笑みを浮かべていた。


 *************


 ”北の大陸オブリビオン”での激しい戦闘が続いていたある日、奇怪な噂が流れた。噂は帝国からの伝令が持ち込んできた。その噂は、たちまち”例の件”と言われ、合従連合しているあらゆる軍の広まっていった。


 ”第五王太子セルシオ=ヨータ=オブライエン、魔王を討つ”


 それが、”例の件”だった。広まった噂に、合従連合軍の各種族軍の連携が崩れ始めた。特に人族以外の種族の王族に混乱が顕著にみられた。今次大戦の意味を根底から覆すその報は、人族以外の種族に疑心暗鬼をもたらしたのだった。その混乱を魔人族軍は見逃さなかった。それまで押していた帝国軍が各所で撃破された。


 最大にして、最悪の撤退戦は、第一王太子 リュミエール率いる第一軍が保っていた中央平原にあった前線で起こった。合従軍の足並みの混乱に、リュミエールは一旦”策源地”へ後退しようとした時、突如、策源地の後背に魔人族軍の一隊が出現した。それは、彼の指揮する第一軍が、帝国の支配領域 ”南の大陸ミトロージア”への退路を断たれたのと、同義だった。


 本来、第一軍の撤退を援護すべき、獣人族王が率いる第三軍は半壊状態で本国へと撤退中。第一軍司令部は、隣接の前線を支えている第二軍に対し、救援を要請した。”鉄壁”と称せられるラマアーンは、全軍をもって、リュミエールの救援に向かった。そのとき、その行動を予期していたかの様に、前線各所から、魔人族軍が湧き出し、彼らを追撃した。 


 前後を挟まれた状況となったが、第二軍は善戦し第一軍と合流。撤退戦を完遂した。策源地後方の補給基地にたどり着いたリュミエールは、残余の兵達の中にラマアーンの姿が無いことに気がついた。


 最後の戦闘の時に、撤退時間を稼ぐため、ラマアーンは側近の近衛騎士達を集め、反撃戦に出た。残された伝令役のまだ若い貴族騎士に、もし、彼が生きてリュミエールに会えれば、伝えるように言った言葉があった。


 ”時間を稼ぎ出します。必ず戻りますので、帝国本領で酒肴の用意をしておいてください。それまで、閣下は、帝国本領を御護りください”


 若い貴族騎士は、第二王太子が”笑いながらそう言ったと”、泣きながら伝えた。リュミエールは呆然と宙を見詰めた。自分の救援要請が第二軍を磨り潰し、その司令官の命すら・・・。 だれも、第二王太子 ラマアーンの最後は見ていない。しかし、そう考えざるを得なかった。


 リュミエールは、彼の言葉を深く深く心に刻んだ。 必ず『帝国本領を護る』と。


 ”南の大陸ミトロージア”に帰り着いた彼は、帰還報告をしたその足で、第二王太子 ラマアーンの館に向かった。彼の息子のハンネに伝えねば成らない事があったからだ。 リュミエールは言った。”謝りはしない。あいつが生きて此処へ帰ると言ったのだ。やつは約束を破る男ではない”と。 中央平原撤退戦の情報は帝国本領では秘匿された。公式には第二軍は未だ”北の大陸オブリビオン”で戦っていることになっている。


 しかし、一般の帰還兵の口から出る”言葉しんじつ”を止める事は出来ない。彼らの噂は帝国領域中を走り、傑物で知られた第二王太子 ラマアーンを偲んだ。


 *************


 もう日が暮れそうになっている、薄暗い帝国学院の中庭。よく手入れのされた庭園が広がる。 まだ灯火に火は入っていない。日の光を闇の帳が覆い隠そうとする時間帯だった。風すら凪いでおり、虫の音すらなかった。


「何を聞いたか知れないが、気休めはいい」


 そう冷たく言い放つハンネ。第一王太子 リュミエールが帰還してから、周囲の目が憐れみを含んで居るのを、肌感覚で理解していた。”親父は生きて帰ってくる、だから、家督の相続は出来ない”と、云う自身の言葉さえ、帝国の社交界では涙を誘う美談として語られている。彼の本心など、探測する者など周囲にはいなかった。


 薄暗くなった周囲に身を沈める二人。 マニューエはしっかりした声で、ハンネに”知っている現状と、自分の気持ち”を告げた。


「はい、本当に、御帰還できる可能性が無い場合、言いません。第二王太子 ラマアーン閣下は、未だ消息不明です。戦場は魔人族副王の支配領域でしたね。 ・・・東方戦域と比べ中央平原線域の魔人族軍は統率が良く取れていると聞き及びます。実際に捕虜交換がされた記録もございますね。また、中央平原での戦闘では両軍とも軍司令官レベルの捕虜は ”喉から手が出るほど”望んでいるとも。膠着した現状では憶測でしか在りませんが、十分に御帰還の可能性はございます」


「それは・・・帝国軍、最高機密事項だぞ」


「その”最高機密事項”を、”知る事が出来る者”が私の保護者です」


「・・・わかった。根拠の無い事は言わぬ・・・そう言うことか」


「ハンネ様は帝国近衛騎士。 同情や哀れみはお嫌いでしょうし、私も嫌いです。ただ、絶望を抱き自棄になられ、第二王太子 ラマアーン閣下の御名前に、恥じる様な”行い”の無い事を願い、お伝えしました」


 マニューエの瞳に強く優しい光を見つけたハンネは、頷いた。 マニューエは、事実を積み上げた予測、もしくは結果しか見ない。 阿諛追従おためごかしからは、最も遠い言葉が其処にあった。 ハンネは久しぶりに心が弾んだ。


「・・・理解した。 自棄にはならない。そう、まだ希望はあるんだ」


「お分かり頂けて幸いです。 ・・・では、ごきげんよう」


「ああ、悪かった。ごきげんよう」


 踵を返し、寮へと向かうマニューエの後姿に、ハンネは精霊の加護を感じた。 

 ”今晩にも、詫び状を出して置こう。 僕とした事が、令嬢に非礼を働いてしまった”と、思いながら、彼もまた、自室のある寮への道を歩き出した。 灯火が付き、中庭が”ボウッ”と光に包まれた。 夜風が心地よかった。


 *************


 ”予定していた時間よりも、かなり早く部屋に戻れた”


 ホッと息をつき、机に向かったマニューエ。 ”御茶会”は、何とかこなしたつもりだった。 取り巻きの方々には、徹底的に嫌われてしまった事も理解している。 それは、想定内だった。 しかし、アルフレッドと、ハンネに逢うことは想定していなかった。


 ”まさか、あの二人に逢うなんてね。 でも、”使命”の音が初めて聞けたのは、良かったと思う”


 アナトリーが彼らを紹介したその時、頭の中で透き通った鈴の音が鳴るのを聞いた。 タケトから聞いていた、”光の精霊神”様からの使命だった。 彼から「聞けばわかるよ」と曖昧な説明しかされていなかったが、彼の言うとり、その音を聞いた途端に使命が心に刻み込まれた。


 ”このまま事態が推移すると、金の上皿が不安定になってしまい、金天秤の均衡が崩れます。金の上皿の安定を望みます”


 ”光の精霊神”の言葉が目の前の二人の事を言っているのは確かだった。帝都に入ってからよく聞いた”第二王太子 ラマアーンが側近ともども戦死し、それは、第一王太子 リュミエールが望んだことだ”、という噂話が不安定化の原因であろう事は推測できた。だから、敢えて噂話の事をハンネに伝えてみた。ハンネは案の定喰いついて来た。現状で帝国学院の中で出来る事はこの位。 だから、別のアプローチを試みる。


 急いで、一通の手紙を書き上げると、筒状の網籠の中に入れた。 窓際に行き、大きく窓を開ける。 伝令の呪印と簡易転移呪印を組上げ、網籠に駆動式展開、固定。 発動魔方陣を描き出して、その上に乗せる。 軽く、マジカを魔方陣に流す。 駆動式が発動し、網籠が白いハトになった。 手の中で羽根を休めているハトに、


 ”マスターに出来るだけ早く届けてね” 


 と、声を掛け窓から放った。 パッと羽根を広げ、夜空に飛んでいく白いハト。 かなり高く上った処で、上空に簡易転移呪印の丸い魔方陣が出現し、そして消えた。


 ”夜空に白いハトって、御師匠様たちに怒られちゃうかなぁ”


 ニコニコとしながら、白いハトを見送っていた。

どうなったんでしょうか、あの二人。心配、とても、心配だわ・・・

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