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揺れる金天秤:帝国領 その4

マスターへ:

なんだか雲行きが怪しいです。 

また、ご相談させてください。

            ----マニューエ

 アナトリーとマニューエは連れだって、中央のテーブルに置かれた茶器の前に来た。アナトリーが目でマニューエに”使いますね”と伝え、銀箱に入った茶葉を銀のスプーンですくい出した。あらかじめ用意してあるポットに入れる。隣に置かれた水差しには、お湯が入っている。魔術で水差しを温め、適温になる様に調整してから、ポットに二人分のお湯をそぎいれた。


 アナトリーが自らお茶を入れるのは、かなり珍しい。 特に珍しい茶葉が手に入った時くらいしか、彼女はポットを取らない。辺りに漂うかぐわしい香り。


「本当にありがとう、マニューエさん。本当に久しぶりよ、このお茶」


「喜んでいただけて、よかった」


「貴方のお兄様が、これを?」


「まぁ・・・”兄様”ともいえますね」


 マニューエは、彼女を見て「にっこり」と微笑むヴァイスの顔を思い出してしまった。冬の日の木漏れ日の様な厳しい雰囲気の中に一杯の優しさが詰まった、ヴァイスの微笑み。 見る者に安らぎを与える笑顔。 マニューエはそんな彼の微笑みが大好きだった。


「と、いいますと?」


「ヴァイス様は兄弟子なんですの。とても雄々しい方で、でも、私にはお優しい方です」


「ヴァイス様というの・・・ 兄弟子様と言うことは?」


「ええ、魔術師の師に教えを受けております。」


「どこかの国の宮廷魔術師のかたかしら」


「皆様のお言葉では、”在野の魔術師”でしょうか、どの国にも、属してはおられませんわ」


「そう・・・なんですの」


 アナトリーは、この際マニューエの素性を知ろうと、彼女の事を茶葉を話題に引き出そうとしていたが、彼女は、にこやかに笑いながら、”するり”とかわしていた。 周囲にアナトリーの取り巻きたちが近寄ってくる。意地の悪そうな笑みを浮かべつつ、会話に入ってくる。


「・・・あら、どちらかの宮廷魔術師の方のお弟子さんだとばかり・・・」

「・・・辺境の地の魔術師様に師事されていたのですか・・・」

「・・・お得意な魔法はどの分野の魔法かしらね・・・」


 アナトリーは取り巻きたちの悪意を感じながらも、マニューエの出方を伺った。別に気にする様子も無く、アナトリーが入れたお茶をいとうしげに口に運んでいる。

 ストナが余計な一言を言った。


「庶民が持ってきた茶葉をアナトリー様が気を使って入れて差し上げたのよ、感謝して頂きなさい」


 眉をひそめるアナトリー。 声のしたほうにゆっくりと目を向けるマニューエ。


「この茶葉は、”私の為に”兄弟子ヴァイス様が持たせてくれたものです。嫌なら飲まなくて結構ですわ。無理強いはいたしません」


 ゆっくりと、そして、はっきりと言い切るマニューエ。 自分の事はなんと言われようと、気にはしないが、自分の尊敬する者に対する無礼を無視することは無い。


「えっ・・・」


 はっきりとした言葉に、二の句が継げなくなったストナ。 目に憎悪の炎が灯った。公爵家の娘の自分に対し、余りにも無礼な物言い。これを許しては貴族の沽券にかかわる。何とかしなければ。そうストナが決意し、マニューエに罵倒の言葉を吐き出そうとしたとき、入り口から力強い男性の声がした。


「珍しい。この香りがするとは・・・俺も仲間に入れてもらおうか」


 帝国近衛騎士団 第一軍団所属 アルフレッド=ヴォア=アートランド第一王太子令息が、同じく第二軍団所属 ハンネ=ディア=アートランド第二王太子令息を伴い、「バラの部屋」に入ってきた。彼らは次期皇帝の座を競う、第一王太子と、第二王太子の令息であった。


 気品と風格をまとい、輝くような容姿の彼らは、その地位と名誉も含め、帝国学院の全女生徒の憧れの的だった。彼らのうちどちらかと結ばれれば、いずれ帝国の王妃としての立場が得られる。そうでなくても、帝国の中枢に確固たる立場を築ける。彼女たちだけでなく、その親である諸侯も目の色を変えるわけだ。


「アナトリー、いいか?」

「どうぞ」


 アルフレッドの最有力パートナーと目されているアナトリーが上席を空け、アルフレッドとハンネを招きいれた。彼女はストナの顔色の変化をみて、”まずい”と思っていたので、渡りに船だった。 彼らが来てくれたおかげで、彼女の取り巻き達と、マニューエの間に起こりそうな、”決定的な衝突”を避けられた。


「さすがは、キノドンダス上級公爵だね」


 アナトリーが、更に二人分のお茶をポットにいれ、湯を注ぐ。 ゴールデンドロップまでしっかりとカップに注ぎいれる一連の動きを華麗に淀みなく行う。二人の前に差し出す時に言った。


「マニューエ様の兄弟子ヴァイス様からですわ」

「マニューエ? あぁ君か」


 アルフレッドは、アナトリーの傍らに居る、庶民らしい女性とを見た。アナトリーの侍女と思っていたが、堂々と座る彼女に興味を覚えた。マニューエは声を掛けられるまでは、自分のカップのお茶を心行くまで楽しんでいた。 突然の声掛けに、きょとんとしてしまっている。


「アナトリー様、申し訳ございませんが、私はこちらの方々に面識がございません。ご紹介いただけますか?」


 アナトリーは、”はっ”と驚きの表情を出した。帝国学園に在籍する者、特に女性ならば知らないわけは無いと思い込んでいた。もう一つ、彼女が紹介しない限り、マニューエからは彼らに言葉を掛ける事も出来ない。 油断をしていた自分に恥じ入りながら、マニューエに「二人」を紹介した。


「ごめんなさい、貴方は学院に入学して時間がたっていませんでしたわね。ご紹介しますわ。 帝国近衛騎士団 第一軍団所属 第一王太子令息アルフレッド=ヴォア=アートランド様と、第二軍団所属 第二王太子令息 ハンネ=ディア=アートランド様ですわ」


「うん、アルフレッドだ」


 金髪、碧眼の美しい男がそう言う


「ハンネと申します」


 同じく金髪で、漆黒の瞳を持つ男がそう挨拶をした。


 王族、それも帝国のトップに君臨する帝室の人間を間近に見ることは、貴族の間でもそうあることではない。帝国の議会でしか顔を見たことがない貴族はゴロゴロいる。また、彼らが出席する夜会なども、出席者には相応の者しか選ばれない。庶民が垣間見ることの無い世界だった。 


 マニューエは、驚くことも無く立ち上がると、スカートを両手で持ち、左足を一歩後ろに下げ、深々と頭を下げた。


「アルフレッド=ヴォア=アートランド殿下、 ハンネ=ディア=アートランド殿下、お初にお目にかかります。 マニューエ=ドゥ=ルーチェと申します。 帝国の栄光を担う方々にお目にかかれました事、自身の栄誉といたします。 ・・・お噂耳にしておりますが、ハンネ様、希望は”まだ”ございますよ」


 王侯に対する完璧な礼を尽くした。マナーも口上も全て範囲内であったが、学園、および帝国内では公然の秘密とされる事柄に触れてしまった。アナトリーは呆然とマニューエを見てしまった。ハンネの漆黒の瞳がほの暗く光り、マニューエを見つめた。


『公然の秘密』 それは”北の大陸オブリビオン”から、第二王太子がいまだ帰還できていない事だった。



王室関係者に物怖じしない・・・本当に何者かしら?

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