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揺れる金天秤:帝国領 その3

マスターへ、 

姉妹とお茶しました。 天真爛漫な女性でした。

               ーーーマニューエ


PS ヴァイス様にお礼を。 楽しいひと時でした。

『サロン』 帝国学院の中での社交場。 この制度が採択された当初は、生徒同士、学年を超えての交流の場所と云う事だった。今では、有力者の子弟に近づくための学内社交場としての役割が重要になっている。

『”誰”が開催した”御茶会”に誰によって”招待”されたか』


 その事が重要視され、出席者の身分の保証にもなっていた。つまり、”サロン”に招待されない者は、社会上辺に居る人々に無視された者と、烙印を押され、それ以降の帝国での社交は、困難な状況となる。 そこは、帝国の社交と同じような扱いとなっていた。


 また、当初教室の片隅で始められた”御茶会”は、年を経るごとに大規模化、細分化していき、現在の様な専用の豪華な部屋が使用されるに至った。また、一つだけしかなかったサロンも、有力貴族の数だけ増えていき、大小さまざまな部屋で”御茶会”はもようされる。使用に供せられる部屋は、全てに名称があり、たいてい花の名前が付けられている。


 サロンに供せられる部屋は、「広さ」、「調度類」等で、ランク付けされ、最高ランクの部屋の名前は「薔薇の部屋」と呼ばれていた。 その部屋を常設のサロンとして使用していたのが、アナトリー=アポストル=キノドンダス上級侯爵令嬢である。そこで開かれる御茶会に招待されることは、全学年男女問わず、憧れの的であった。


 ”アナトリーの御茶会”は、学園最上位のサロンであり、出席出来る条件はかなり厳しい。アナトリーがそうした訳ではなく、周囲の取り巻きが作り上げた「私的」なルールだった。出席できるのは、周辺国の公爵以上の家、帝国本領でも伯爵家以上の家格の令嬢達 かつ、魔術科に在籍する事か、近衛騎士の称号を持つ者に限ってもいた。


 つまり、帝国の支配領域の、支配者階級の者達のみに出席を許された、華麗な空間をだった。


 *************


 ”なんで、庶民が出席できるの!? 帝国本領のビージェル侯爵令嬢の私でさえ、中等部まで、待たなければならなかったのに”


 週末の午後、アナトリーの御茶会の会場である、薔薇の部屋の片隅で、ストナ=アーベンフェルト=ビージェル侯爵令嬢が、イライラしながら爪を噛んでいた。マニューエの教室で、彼女を呼び出した取り巻きの一人だった。 さらに言えば、現在の”アナトリーの御茶会”の出席条件を作り出した本人でもある。


「広く貴人と交流する」というアナトリー自身の希望とは裏腹に、帝国でも屈指の名家であるアナトリーに、下々の者達を近づけさせない為の自分達のルール。 上級貴族の子弟は”特別”なのだという意識が、彼女の行動に現れていた。 そんな、至高の空間に、素性の知れない”庶民”のマニューエが、主催者のアナトリー本人から、招待を受けたのだ。 イライラしないはずは無かった。


 ストナはアナトリーから招待状を預かると、封筒に仲間たちと嫌がらせを仕込んだ。 ケガやちょっとした疾病に掛かれば、それを理由に出席を断る事が出来る。よしんば、「嫌がらせ」を知られようとも、サロンから拒絶されていると判れば「よし」としていた。普通の貴族の娘ならば此れで、サロンには来ないはずだった。


 そのマニューエが「薔薇の部屋」の入り口に立っている。 彼女は、庶民が着る制服を着用し、堂々と目も伏せず部屋の中を見ていた。 給仕達は、招待状を持つ者は、誰何なしで招き入れる。 もちろん、高位の貴族は入室前に先触れが行われるが、マニューエの場合はそんなルールが有る事すら知らなかったからだ。


*************


 マニューエの姿を入り口に見つけた時、ストナは言葉を飲み込んだ。あの招待状を受け取って、それでも尚、サロンに来るという事が信じられなかった。当然、彼女の仲間内の者も同じような価値観を持っており、マニューエの姿に、一様に困惑していた。


 普通の神経ならば・・・

 常識の通用しない相手・・・

 何しに来たのかしら・・・ 


 声にならない視線を一身に浴びたマニューエであったが、彼女は全く意に介さず、”御茶会”の主を探した。彼女が見つけたアナトリーは、奥まったボックス席に一人でいた。燦々と降り注ぐ太陽の光を受けた彼女は、まさに、”光の精霊神”が具現したかの様だった。まだ、正式には”お茶会”の始まる時間ではない。 これから、緩やかにアナトリーの周囲に集まり始める、そんな段階だった。


 カツカツカツ


 踵を鳴らしながら、マニューエはアナトリーの下へ向かった。 彼女が近寄って来るのを面白そうにアナトリーは優し気に見ていた。 心の中でも、満面の笑みがこぼれている。 アナトリーがマニューエに答礼したのは、彼女が王侯への挨拶をしたから。 答礼を返さなければ、アナトリーが非常識となってしまう。もし、彼女が答礼をしなかった場合、外の世界ならば、宣戦布告と取られてしまう。


 ”王侯に対する礼節で、初対面。 今日はどんな挨拶をしてくれるのかしら”


 アナトリーの前にマニューエが立った。茶封筒を手に、深く一礼をしてから、マニューエは言葉を紡いだ。


「本日は”御茶会”のお招き、有難うございました。 これは、我が兄弟子の秘蔵の茶葉で御座います。 この巡り合いに感謝してお贈りして構いませんか?」


 御茶会で使用する茶葉は、サロンの主催者が指定する。 その彼女に贈り物として茶葉を差し出す。 彼女はちょっと面食らった。 つまりは、”対等のお付き合いですよ”の意思表示と受け取れるからだ。 こんな娘は今まで、周囲に居なかった。 何だか嬉しくなり、思わず手をだしてしまった。 茶封筒の中に銀缶があった。ラベルもついていない。


「招待受けてくれて嬉しいわ。 茶葉を改めさせてもらってもいいかしら?」


「どうぞ」


 茶封筒から銀缶を出して、蓋を開ける。 ふわっと立ち上る”高貴”な香り。 一度嗅いだら忘れようもない芳香が鼻をくすぐる。


「アラルフォード産、特級ファインティッピーゴールデンフラワリーオレンジペコ・・・ あなた、これをわたしに?」


「さすがは、アナトリー様、御明察です。 我が兄弟子は茶道楽なんです。 私が学園に入学する事が決まった後、この茶を私にくれました。 ”良き夢が見られるように”との言葉と共に で、有るならば、アナトリー様にも良き夢が訪れると良いなと思いまして、持参いたしました」


「・・・嬉しいわ。本当に。 今日はこのお茶を頂いても?」


「どうぞ。 そうなれば良いなと思って、お持ちしました。 御一緒しても宜しいかしら?」


 アナトリーはこの素性の知れない娘が、只者ではないと認識した。 持ってきた茶葉はそう簡単に入手できるような代物では無い。 公国で、本当に大切な日に喫したことがあるが、帝都に来てからは一度も見た事が無かった。 アナトリーの歓心を買おうとする者でも、これ程の物は用意できない。また、たとえ用意できたとしても仰々しく献上し周囲にアピールする。しかし、この娘は”一緒に飲みませんか?”と、贈り物の体裁は取ってはいるが、歓心をかおうとする素振りがなかった。


 帝都に来て以来、心許せる同年代の人物がいなかったアナトリーは、内心本当に有難かった。 父国王より、”帝都の生活は蛇のたむろする穴の中で暮らすのも同じ、常に用心しろ”と、公国を立つ前に伝えられた通り、貴族間の社交はとても気を遣う。”ひと時も休まる気がしない”と云う実感があった。”公国で生活していた時の様に、天真爛漫に笑うことがもう出来なくなるかもしれない”と、思い悩むほどであった。



「茶器を」


 アナトリーの言葉に給仕達が反応した。 御菓子と茶器が銀盆にのせられ、中央のテーブルに運ばれた。その様子を見て、二人の間に”笑み”が零れた。


 反対に周囲の空気はストナを中心に、氷点下に滑り落ちた。

風変わりな ”御茶会”ですね。 悪くありません。

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