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揺れる金天秤:帝国領 その2

”マスターへ、学園生活は、つつがなく送れそうです。 ーーーマニューエ”

「マニューエ=ドゥ=ルーチェ! 何処に居る!」


 今日最後の授業である、魔法術の授業が終わり、教室から自室のある寮へ三々五々学生たちが移動し始めた時、教室の入り口から、そう声がした。その時、マニューエは、教室の一番奥の席で、自分の魔法具を収納鞄に入れていた。彼女の視線が、ゆっくりと声のした方へ向かう。


 輝くような金髪、人を魅了してやまない笑顔をし、庶民どころか、大半の貴族でも着用出来ないような、煌びやかな制服を着用した人物が、十数人の取り巻きを従え、教壇近くの入り口近くに居た。教室に残っていた生徒達は、”ついに来たか” と、云うような目つきで、関り合いになることを避け、彼女たちの居る入り口とは別の出入り口から、逃げる様に教室を出て行った。


 声の主は、取り巻きの一人で、きつそうな表情をしたこれまた高価そうな制服を着た女性だった。


「そんな、大きな声で、はしたない。ストナさん」


 手に持つ三分の二程開いた扇で、口元を隠した金髪の女性が、そういって窘めた。マニューエは中央の金髪の彼女が誰か、一目でわかった。


 アナトリー=アポストル=キノドンダス上級侯爵令嬢 


 同じ学年で、学園の一大勢力の首魁。ノルトガルズ公国 国主令嬢その人だった。 十四歳で社交界デビューをするや否や、帝都の貴族の間で大変評判のよい姫様だった。 学園内でも生徒の間のヒエラルキーの頂点に属する。 教授陣の評判もすこぶる良い。 下級生には愛情を、同級生には友愛を、上級生には敬愛を示し、よくグループ内の者達の面倒をみている。反面、彼女に対立する者には、容赦なく反撃ををし、追い詰め、殲滅する。


 ”さすがは、”帝国の牙剣”の娘御”


 彼女をして、周囲にそう言わしめていた。彼女に対する勢力としては、帝国の鉄血宰相の令嬢 ピンガノ=エルフィンのグループ、帝国最大の貿易商の娘ルル=トレオールの二つしかない。 学園の女生徒は関わり合いの深さは有るが、この三グループの何れかに属していた。 


 マニューエが特別だったのは、まず、彼女の情報の無さ。そして、どのグループにも属さず、淡々と知識の吸収をしている事だった。その彼女のに、初めてにして、最大の勢力のグループが接触してきたため、教室の面々はどうなる事かと、固唾をのんだ。


 マニューエは、周りの取り巻きをあっさりと無視し、アナトリーの前に立った。金髪のアナトリーと対照的な浅銀色のマニューエの髪が揺れる。


「ノルドガルズ公国 国王陛下、エドアルド=エスパーダ=キノドンダス上級侯爵ご息女、アナトリー=アポストル=キノドンダス様ですね。 ”光”のお嬢様の御噂は、かねてから、お聞きしております。マニューエ=ドゥ=ルーチェと申します、以後、お見知りおきを」


 スカートを両手で持ち上げ、左足を一歩引き、深々と頭を下げるマニューエ。取り巻きででは無く、直接アナトリーに声を掛けたる彼女に、清々としたイメージとは違い、直接本丸に乗り込む大胆さを見た、アナトリーはちょっと驚いた。また、彼女の完璧な挨拶は”貴族”に対するものでは無く、”王族”に対する物で、現状全く意見する事は無い。


 ”身形から、庶民かと思っていたけれど、なにか、違うようね”


 アナトリーは、内心の驚きを隠すように、扇を閉じ、若干膝を曲げマニューエに答礼する。彼女の答礼に、周囲の取り巻きがざわめく。自分たちのリーダーが、”取るに足りない庶民に答礼したこと”に驚きを覚えていた。


「ご丁寧なご挨拶、有難う。 今日、参りましたのは、今度の週末にサロンでお茶会をしますの。ご都合が宜しければ、いらっしゃらないかしらと思いまして、まいりましたのよ」


「・・・誠にありがとうございます。 時間を作りまして、お伺いいたします。 ご招待、頂き光栄に存じます」


「後で招待状を送るわ。お茶会、楽しみにしていてね」


 そう言うと、アナトリーは踵を返した。 あっけに取られる取り巻きは、”キッ!”とマニューエを睨んでから、アナトリーの後を追った。


 ”また、面倒な。 行くって言っちゃたしなぁ・・・週末、めんどうくさいなぁ 招待状かぁ やっぱり返事書かなくちゃねぇ・・・”などと、考えながらマニューエも教室を後にした。


 *************


 寮の部屋で今日受けた授業の内容を整理していた。 授業の後は必ず、授業の内容を精査して自分の知識との相違点を探す。お師匠様達の教えと、現在の帝国内で教えられている事の相違点が判れば、歪みが理解できる。フォシュニーオ翁とタケトから教え込まれた、マニューエの土台となる知識は、帝国学園の教育とは質が違っているので、それのすり合わせが必要だったからだ。


 ”コトリ” 


 部屋の手紙受けに何かが落ちた音がした。マニューエは整理が一段落すると、取りに行った。 華麗な文字で”招待状”と書かれていた。それを持って机に戻った。まず、机の上に置く。”探索の呪印”の魔方陣を展開して、確認してみる。 タケトが口を酸っぱくして、教え込んだ事だった。


 ”自分の持ち物以外は、たとえ手紙といえども、必ず確認する事。 君なら人族の世界が悪意に満ちている事は理解しているだろぅ。身を守る最優先事項だ”


 口元に笑みが浮かび、タケトの顔が浮かぶ。そう、彼女は身をもって”人族の悪意”を体験している。何事も用心が必要だと理解している。拍子抜けするくらい、あっさりとそれらは見つかった。


 剃刀の刃が一枚。

 遅効性の毒が、封印付近に一つ。

 ”隠匿のインク”で掛かれた”服従の印章”が、一つ

 封筒全体に、数々の病原体。


 どれも、些細なものでは有った。嫌がらせの範疇に入る。”火の精霊”に頼んで、封筒は焼き払ってもらう。中の招待状には、なんの問題も無かった。


 ”よくもまぁ、こんなに沢山、嫌がらせを一枚の封筒に・・・。でも、招待状を書いた人と、封筒を用意した人は別人ね。 招待状自体には、何もないもの・・・取り巻きに目をつけられたかなぁ”


 タケトがマニューエに覚えてほしかったのは、こういった人族の間にある、なんとも得体のしれない矮小な感覚だったのかもしれない。龍塞ではこういった事には無縁でいられたからだった。彼女はタケトの”課題”の意味が理解できた。


風変わりな”お茶会”へ いざ!

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