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揺れる金天秤:帝国領 その1

マニューエがタケトと行動を共にする前のお話。

 帝国学院と簡素に呼ばれるその学舎まなびやは、その実、巨大な施設だった。神聖アートランド帝国において、この学院の卒業者は国家の手厚い保護のもと、帝国の宮廷魔術師、国家精霊魔術師、帝国近衛騎士となる事が約束される。また、そのどれにも属さない者は、帝国及び周辺国の官吏としての登用もある。


 大半の学生は、主に貴族の子弟ではあるが、極稀に一般人の生徒もいる。


 一般の学生が入学する時、その保証人に、有力貴族、宮廷魔術師、国家精霊魔術師などの、有力者がつく。大商人の子弟はたいてい、有力貴族の後ろ盾がある。また、マジカを多く持っている者は、周辺国の宮廷魔術師などが保障に立ち、学園に入学できる制度があった。


 マニューエは、一般人の学生として、学院の教室にいた。


 高等部から入学するものも居るが、階級社会の中の学院では、外の情報が思いのほか早くに伝播する。新参の者の情報は、それこそ一気に回り、誰がどの社会に属し、どのような後ろ盾が居るかで、学院内の立ち位置が決められる。 後ろ盾が影響力の弱い者ならば、それこそ、大貴族の子弟の小間使いのように遇せられた。


 マニューエは、特別だった。


 気品溢れる顔立ちに、薄く長い浅銀色の髪は、腰まで延び、薄緑の瞳は何処までも澄み渡り、日の光に照らし出された肌は陶磁器のように滑らかだった。講義の間は、凛とした表情で、教師の授業を真剣に受け止めている。高等部の授業が始まってまだ一週間しかたっていないが、彼女の話題は同学年のクラスどころか、全校に囁かれていた。在校生の間に、後ろ盾の情報が全く入ってこない。同じクラスの者達は、困惑した。


 マニューエの服装からしてそうだった。学院の制服をまとっている。確かに学生であるならば、普通だったが、この学園では、出身の階層に応じ身に着ける制服が異なる。当然、上位の者の方が豪華になる。彼女が身に着けていたのは、一般的な制服。つまりは、ほぼ底辺の階層の者だと言っているようなものだったが、持ち物がそれに異を唱えている。筆記用具、魔術用具、錬金用具、武具など、勉学に必要とされる道具類が超一流の物で揃えられていた。また、それを物怖じもせず使う姿は、長年愛用した来た者のそれであった。


 どのコースに進もうとも、必須である護身術の授業の時だった。裕福な貴族の子弟は、実家から武具を持ち込み、自らの家名の権勢を示そうとする。 教師は彼女の服装から、学園で常備している武具を貸し出そうとすると、彼女は微笑みながら言った。


「師匠のコレクションから、譲り受けた物が有りますので、結構でございます」


 そういって持ち出したのが、一振りの”槍の穂先、および、ピック付き戦斧ハルバード”だった。重量感のあるそれを華奢なマニューエが持つ。ちぐはぐな感じは何故かせず、しっくり来ている。教官は、彼女が本当に”それ”を本当に使えるのかどうかを、試してみたくなった。


「であるならば、あの標的に向かって攻撃してみよ」


「はい・・・あの、壊してもいいんですか?」


 丸太を仕込んだ標的は、近衛騎士の練習にも使用する頑丈なものだった。教官はマニューエの言葉が理解できなかった。


「存分にやれ」


 マニューエは、軽く息を吸うと、軸を軽く扱く。そして、大きく振り目標を捉えた。 


 一閃。


 標的は仲程からスッパリと断ち割られ、崩れ落ちた。教官の口は、驚愕に開いたままだった。同じクラスに居た、騎士志望の男子生徒が後になって、仲間内にその話をした時、彼は嘘つき呼ばわりされたほどだった。


 奇異と好奇心の絡んだ目が、最初の一週間でマニューエに集中していた。


 *************


 事の起こりは、二か月前。 マニューエがタケトと同じ道を歩むと決め、タケトがマニューエに同じ時間を歩めるように「時の呪印」を施してから、四年目の春の事だった。龍塞のフォシュニーオ翁の居室、春まだ浅い寒い日。 午後の鍛錬を終えたマニューエとヴァイスが部屋に戻ってお茶の準備をしていた。


「マニューエは、お前と旅をする準備ができたようじゃの」


 彼女の後姿を、優しい目をしたフォシュニーオ翁が目で追いながらそう言った。実際、翁が現状彼女に ”教える”事が出来る『魔術』は、ほぼ全て伝えた。後はマニューエ自身がそれを体感するだけだった。

 タケトもまた、彼女が現状、理解出来、解呪できる「呪印」は全て伝えた。ヴァイスは自身が持てる”体術”を出来る限り彼女に伝えた。 それもこれも全ては、「瞑想の間」のお陰だった。 彼女の見た目は「時の呪印」のお陰で、十六歳前後の姿をしているが、「瞑想の間」の加速された空間の中で八十年以上経過していたからだった。


 その結果、彼女は”特A級”冒険者と比べても何の遜色も無い程の力を手に入れる事が出来た。たとえ、タケトと一緒に荒野を彷徨おうとも、決して彼の足手まといにならず、立派にパートナーを務められると、フォシュニーオ翁は考えていた。


「・・・そうですねぇ。 ・・・でも、その前にもう一つやらねばならない課題が有りますねぇ」


「なんじゃ?」


「私の”仕事”は、荷運び人ですよぉ。 人付き合いが必須なんですぅ お師匠さん、お忘れですかぁ?」


「で、何か考えでもあるのか」


「ええ、ずっと考えていたんですけど、彼女には一度、帝都の帝国学院へ入学してもらおうかと・・・」


「”人付き合い”ねぇ。必要か?」


「ええ。まぁ。 市井の人々との付き合いなんかは、なぁなぁでいいんですが・・・貴族共の相手となると・・・やっぱり、要りますよ」


「そうかのうぅ・・・マニューエならば、問題無いとおもうがのぅ」


「いろいろ、あるんですよ、人族の間には・・・お師匠さん」


 二人の間で、そんな会話が成されていようとは、露とも思わず、マニューエはヴァイスと共に”お茶”の準備に余念がなかった。彼女にそれが伝えられたのは、”お茶”の時間だった。驚きに目を見開いては居たが、タケトが必要だというなら、必要なのだろうと、彼女は了承した。


 そして、タケトは色々な伝手を使い、彼女を学院に送り込むことが出来た。

学園物に、なるのかっ! それとも、ならないのかっ!

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