金の分銅 : お荷物、お運びいたします その10
第三章 終章です。
龍塞、龍の片王の居室。”お仕事”から戻って来たタケトは、旅装を下ろすと、その辺に転がった。実入りは多かったが、気疲れの多い”お仕事”だった。多分に精神的な疲れから、彼は「癒し」を求め、マニューエ達に言った。
「お茶にしようか」
「はい」
マニューエは、嬉々として”お茶”の準備を始めた。 ヴァイスも彼女に付き合い、部屋の外へと出て行った。龍の片王「フォシュニーオ翁」と、二人きりになったタケトは、”闇の精霊神”様が、彼に授けた”贈り物”について、尋ねた。それは、彼にとっても未知の代物だったからだ。
「ところで、お師匠さん、なんかまた、新しい呪印もらっちまったよ」
「ほう、誰に」
「闇の精霊神様。 なんか高位精霊魔道師になった祝いみたいな感じなんだけど、よくわかんない呪印でね」
「ちょっと、展開してみろ」
「ほい」
フォシュニーオ翁の前に、貰った「呪印」の一部を展開して見せた。青白く光る呪印に翁は、小首をかしげながら、じっと見た。 頭の奥底から引きずり出した”記憶”を、タケトに伝える。
「・・・これと似たものならあるぞ」
「えっ、どこに」
「瞑想の間」
「あそこって、立ち入り禁止なんじゃ」
「ちょっと、いろいろあってな」
「へぇ・・・で、『瞑想の部屋』って?」
「ついてまいれ」
翁は、タケトを引き連れ、居室から書院を抜け、更に奥に続く回廊を進んだ。タケトは、長く龍塞に居た事が有るが、その場所は厳しく立入りを禁じられており、入ったことは無かった。その部屋への入室権限は、長龍族 最長老しか持っていない為だった。
回廊の先にゴツゴツした岩で出来た扉が見えてきた。明らかに、龍塞の聖堂が出来る前から有ったと思われる。周囲には注連縄が張られ、許可なくは居る事は出来そうも無かった。扉には、刻み込まれた”呪印”あった。マジカを注ぎ込んでいないため、単に岩に刻み込まれた刻印のようだった。
「この部屋じゃ 開祖が作った部屋じゃ」
「開祖様かぁ・・・この呪印、よく似てますね」
「時騙しの呪印と」
「要は?」
「呪印を起動して、中に入ると、部屋の中の時間が二十倍で進む」
「・・・瞑想する時間が外の二十倍ってことですか?」
「中に入ると二十倍で時が進むといったじゃろ。 例えばじゃ、瞑想20年で会得する魔法があったとする。部屋の中で瞑想20年し大悟したとする。部屋の外へ出ると、一年しかたっておらん。ただ、自分は20年の時を刻んでおる。同年の友が、20歳下になるのじゃ」
「それじゃ、開祖様早死にしたってこと?」
「いいや、あのお方は長龍族の中でもとりわけ長い命を保っておられたと記録にある」
「なにか、ご自身に術でも?」
「わからん、その記述はあえて暈されておる。知りたくば、もう一人の片王に問えとある」
「・・・気持ち悪いし、聞いてみるか」
”遠話の呪印”を素早く組む。相手先はもう一人の龍の片王。北大陸の翼龍族 ”大賢者”にして至高の玉座に座る者。 龍の片王リリス=エタンダールだった。北大陸の北辺に龍背骨山脈に囲まれた高地にその御座所があった。龍塞からは果てしなく遠い。タケトの術を以てしても、そう長くは話す事は出来ない。
「あーもしもし、リリスさん、聞こえますか」
”・・・あぁ、あなた。今は、ポーターだっけ?”
「はい、ポーターです。ちょっとお聞きしたいことがありまして」
”いま、お風呂なの。それでもいいなら”
「あぁ・・・まぁ、そんなに手間取りませんから。ちょっと呪印の構造式送りますね」
素早く、先ほどフォシュニーオ翁に見せた”呪印”を送る。
”・・・なによ、これ! あんた、こんなもの何処で手に入れたの!?”
「いや、ご褒美にもらったんですが、いまいち理解できなくて・・・「時騙しの呪印」に似てるなぁくらいしか」
”あなたねぇ、これはそんなちゃちい代物じゃぁないわよ。この呪印の正式な名前は「時の呪印」 知っているのは、大賢者の私くらい。それも、厳重制限付き。 これは、時を操る呪印なのよ。闇の精霊神様の最終奥義よ。外の世界に知られることすら稀よ”
驚きの声が、リリスから漏れた。タケトは至って冷静に続ける。
「何か、これについて、判るようなものありますか?」
”いいわ、駆動式一覧を送ってあげる。膨大な量だから、覚悟してね”
「はぃ~~」
頭の中に膨大な量の術式、駆動式、魔方陣が流れ込んできた。
「うはぁ・・・なんだ、この量は・・・」
含み笑いとも取れる声が響く。
”駆動魔法陣一式。構造式も入ってるわよ。私にも解呪できない呪式が”三分の二”くらい入っているけどね”
「・・・あ、ありがとうございます」
”いいのよ~~、また、こっちにいらっしゃいな、歓迎するわよ”
「お風呂の途中、すみませんでした」
”いいのよ~~、なんなら、一緒に入る?”
「滅相も無い。・・・また今度お邪魔しますね。それでは、また・・・」
”待ってるわ・・・”
”遠話の呪印”が切れた。疲れがタケトを襲う。超長距離の通話は、マジカを大量に消費する。ましてや、相手からの大量の情報。疲れない方がおかしい。 タケトは、”呪印帳”を開いた。彼の目前に、それまで持っていた”呪印”の倍近くの呪印が展開される。フォシュニーオ翁がそれをみて、呆れたように言った。
「なんじゃ、それは」
「魔道の体系 丸ごと一つ・・・どうすんでしょうこれ」
「理解しなければ、使えん。使いどころの難しい呪印と言われたんじゃろ。別な言い方をすると、考えて、使えちゅうことじゃな」
「・・・「瞑想の間」、お借りします。これは、解呪に膨大な時間が必要です」
「うむ、いいぞ。開けてやる」
フォシュニーオ翁は、それが必要だと感じた。こんなモノを解析するには、膨大な時間が必要な事は一目瞭然だった。「瞑想の間」であれば、タケトの時間は圧縮される。もちろん、彼の此方での時間は失われるが・・・
”あやつ、入るときに、最大加速に変更していきおった”
居室に向かうと、なんとマニューエ達に伝えようかと、フォシュニーオ翁は眉を寄せた。タケトがどの位で出て来るか、判らなかったからだ。
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タケトが、「瞑想の間」に入ってから、一月が経った。 マニューエは幾度となく、其処へ行こうとしたが、フォシュニーオ翁が優しく止めた。
”中へ入ったら、タケトに怒られる、この儂がじゃ。頼む、堪えてくれ”
せっかく、戻って来たと思ったのに、顔も見る事が出来ない。 マニューエの憔悴感が限度に達したころ、ふらりとタケトが、フォシュニーオ翁の居室に戻って来た。
「マスター!!」
「お待たせ・・・どの位、時間がたった?」
「ひ、一月です。大丈夫ですか? 具合悪くありませんか?」
「うん、平気だよ。 ”贈り物”の意味が分かったような気がするよ」
目の下にクマを作ったタケト。 真剣な瞳で、マニューエを見詰めて言った。
「マニューエ。一つ質問がある。よく考えてから答えてほしい」
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居室の片隅で、マニューエとタケトは向かい合って座った。フォシュニーオ翁とヴァイスはその様子をみて、何かしら思う処が有ったのか、そっと部屋を出た。
マニューエが”お茶”の準備をし、二人の間に置く。 カップを手に取り、ゆっくりとタケトは話始めた。
「この先、君はどうしたいか。龍塞にとどまり、お師匠さんに導いてもらって、生きて行くか。私と一緒に世界中を放浪して、精霊神様二柱の御声を聴きつつ、役割を務めるか。それとも、君の君だけの道を行くか。今後の事を聞かせてほしい」
マニューエは、突然の質問に”ある意味”当然と言わんばかりに答えた。
「私は、マスターと共にある事を願います」
タケトは、手に持つカップを見ながら、話を続けた。
「気付いていると思うが、私は只人ではないんだ。 この世界の理の外側にいる。この世界の人族と同じ時間を歩めない」
タケトが”お仕事”に出て行った後、ヴァイスから、色々な話を聞いた。彼らが出会った頃の事。その時はすでに、タケトはフォシュニーオ翁に師事していた事。また、タケトが「瞑想の間」に籠ってからは、フォシュニーオ翁が、少しでもマニューエの気が晴れるならと、タケトが此処へ来た頃の失敗談や、やらかした事を面白おかしく話してくれた。しかし、その話のどれもが、普通の時間感覚から大きく外れた事だった。
「なんとなく、わかっておりました。ヴァイス様のお話しや、御師匠様のお話に出てくるマスターは、優に数百年の時を刻んでおられます。でも、たとえ、マスターにとって、ほんの少しの間でも私は、マスターと
一緒に生きていたいと、心の底から思っております」
マニューエの真摯な言葉に、タケトはポツポツと自分の事を話し始めた。
「・・・私は、この世界に”召喚”された者だ。普通の”召喚されし者”とは違い、私の場合は、もう、元の世界に戻れないんだ。時間の流れが元の世界と、この世界では違いすぎるらしい。・・・転移した時、元の世界の神様に一つ願ったんだ。・・・元の世界に残してきた、私の大切な・・・本当に大切な人達に幸福な人生を歩ませてほしいと、願ったんだ。 願いを聞いてもらう代わりに、この世界の役目を”いつまでも”実行する事を誓ったんだ。 この世界へ来た時の”原初のお願い”さえ、守れば、元の世界の大切な、大切な人達の幸せは保証される。”この世界とのつながり”は、たった”それ”だけ。これを聞いても、まだ、共に歩みたいと思うのかい?」
マニューエの頬に微笑みが浮かんだ。
「・・・ちょっと、マスターが居た世界の大切な人達に嫉妬を覚えます」
「えっ?」
「もし、自分がマスターの大切な人達の一人だったら、どんなに嬉しいか、どんなに誇らしいか。 でも、マスターのお話から、私がマスターと共にする時間は、マスターからすると、ほんの一瞬の出来事になるんですよね」
マニューエもまた、自分のカップを見詰めながらそう答えた。
「マスターにとっては刹那の時かもしれませんが、私は、貴方と共に歩みます。 誰に強制された訳でもありません。自分で考え、自分で決めました」
「そうか・・・ 私・・いや、僕の”真名”はタケトと云う。 僕の”真名”を知る者はこれで五人目だ。 精霊神様二柱、お師匠さん、魔人族の王『エクラ=ベルトール』 そして、マニューエ、君だ」
「・・・」
タケトは、カップから目を上げ、マニューエを見た。マニューエもまた、その瞳を見返した。二人の視線は絡んだ。タケトの目は、”この世界に大切な者が出来た”と語っている。
「決めた。・・・僕は君のもう一人の師匠だ。君に”真名”を贈ろう。僕の大切な人の名前だ。 『ユラ』だ。 そして、君に「時の呪印」を使う。 マニューエ、共に歩むならば、君の時間を貰う」
タケトの真剣で真摯な言葉にマニューエの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「私の”真名”は 『ユラ』 ・・・心地いい響きです。」
タケトの目の前に、小さな妖精が現れた。漆黒の装いに、白い肌。緑色の髪に、黒曜石の瞳。今まで出会った妖精とは一線を画す容姿だった。
”決めたんだね。 これで、闇の精霊神様も、光の精霊神様もお喜びになる!”
”君は?”
”僕かい? 僕は、”時の精霊”。 君が”呪印”として受け取ったモノに宿る精霊さ。 君がこの決断をしてくれて、僕は嬉しいよ。 なにせ、君が天秤の均衡を司る者なのに、君自身の均衡が、この世界との関りが希薄でね。精霊神様達も心配されていたんだよ。僕が来たのはある意味”賭け”みたいなものさ”
”賭け?”
”そう、僕を手に入れて、”呪印”が解析できた時、何に使うのかが問題だった。君がこの世界との関りを持ってくれて、本当に良かった。 で、その女の子かい? 「時の呪印」で女の子の時間をゆっくりにすればいいんだね。 君が用意している駆動式と魔方陣はそう言っている。いいよ、力を貸そう!”
そう言って、”時の妖精”は、大きく両手を振り上げた。タケトの手にマジカが集まり、「時の呪印」を描き出す。呪印は正面に居たマニューエを包み込むように広がり、彼女の中に消えて行った。
”駆動式定着。魔方陣解凍。術式発動完了!”
歌うような妖精の声。タケトはマニューエの瞳をしっかりと見ながら言った。
「これで、君は、僕と共に歩んでいける。 そう、僕の時間で」
マニューエはしっかりと頷いた。
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神聖アートランド帝国内に、不思議な二人組があちらこちらに出没するという、”噂”があった。
どんな目的が有るのかもわからない。何処へ行くのかわからない。
そして、何より不思議なのは、宿屋のやんちゃ坊主が、一人前の主人として切り盛りするまでの時間の中で、いつも、同じ年恰好の彼らを、その瞳に映していたからだった。
男の名前は”ポーター”
女の名前は”マニューエ”
彼らは今日も、依頼を受け預かった荷物を運ぶ。
『荷運び人』だった。
長い旅の始まりです。彼らは、何処へ行き、何を成すのか。
投稿 一段落です。 次回より、章が変わります。




