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彼の地にて:その者、金天秤の均衡を計る金の分銅  作者: 龍槍 椀
金天秤 闇の上皿: 魔王さん ちーっす
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金天秤 闇の上皿: 魔王さん ちーっす その3

精霊神様・・・クエスト難易度バカ高です

 魔王は、男に背を向けると、マジカソウルを等間隔に床に並べた。

 

 魔王のマジカは強大で底知れぬ容量を持つ。 後ろから見ている男にも、その強大さはわかる。魔王から恐ろしい量の魔力が奔流となって迸るのが感じられた。しかし、マジカソウルから肉体再生をなんの下準備もなしでいきなり始めるのは、いかな魔王でも、膨大な力を失う。 それも一人ではなく、四人も。

 

 マジカソウルを中心に扉や窓から、青黒い何かが糸のように伸び、やがてそれは骨を形成し、肉を、内臓を、脂肪を纏わせ、青白い表皮を纏わせるに至った。 体毛や、爪も生えそろい、人型の何かが其処に完成する。


「ふん!」


 魔王の渾身の力を込めたと思われる、拳の一撃が、四候の胸の中心を打ち抜いた。

 ビクリと震える肉体。そして始まる生命活動。 男は、唯々魔王の力の偉大さと、魔術の行使力に驚いた。


 ”ちょっと、早すぎません? さすがと言うか、桁外れというか・・・魔王さんとは言え、ちょっと、わけわかんない位なんですよねぇ”


 四候の口から空気を吸う音と、何か湿った物を吐き出す音が響いた。


「あぁ、もう、まったく、ばっちいな。 ほら、さっさとドレスルームにいけ、ついでにシャワーも浴びてこい!」


 魔王が、心底いやそうな声を上げた。蒼き血潮をゴホゴホ吐き出しながら、咳き込む四候は、その言葉に首肯し、全裸のまま部屋の奥の扉に消えた。


 男は魔王の外見の変化に気が付いた。なんだか、丸いのだ。壮年の重厚な佇まいを見せていた魔王は、着ている物はそのままに、なんだか丸いのだ。


「あー、魔王様は両性同体なんですか」

「そうだよ! 再生術をすると、体内マジカの偏りが起こって外見が反転するんだよっ」


 あの渋い声が、柔らかなものに変わっていた。


 ”両性同体者” 魔族の中に極めて稀に出現する特異状態保持者。 同一の肉体と云う器に両性を兼ね備え、そしてどちらの機能も有しない者。マジカ量は極めて多いが、精神も不安定でいつ暴走するか判らない。寿命も魔族の中では極めて短いと言われていた。


「長じれば、王族になるんですねぇ 知らなかった」

「知らんで当然だよっ。 極めて稀にしか生まれない上に、生まれた落ちたその時から魔力の流れを息をする様に制御できる能力が有る者など、そうそういるか!」


 肩で息をしながら、長く伸びた髪をかき上げ、キッと男をにらみつけた魔王。溜息が出る様な美貌と強烈に女性を意識させる体のラインが男の目に飛び込んできた。


「それになんだ、お前は!なんでお前は此処にいる!」


 そう凄んだ魔王に別の声が答えた。

 魔王の背後の扉から、着衣と身嗜みを整えた四候が、執務室に入ってきた。


「それは私が依頼したからです、陛下」


 四候がうち魔都ラルカーンの南方領域を支配する、レグナル=ブラド=ベルメディオ侯爵、通称『赤のレグナル』が荘厳さと冷徹さを併せ持つ声で言った。長身の青年で怜悧な表情をしていた。


荷運ポーターび人は、今回の襲撃以前から魔族の支配領域から、人族の支配領域を徘徊しておりましてな。何かと便利に使っておりました。今回の襲撃に際し、直前ではありますが、事前にそれを知らせてまいりました」


「ふん、二重もぐらスパイか」


「違いますのよ、陛下」


 幼さを残す柔らかな声が響いた。 四候がうち魔都ラルカーン東方領域を支配するマーグリフ=ラルディオ=ランセ侯爵、通称『青のマーグリフ』だった。あどけない少女のように振る舞う姿ではあるが、魔族特有の溢れんばかりの妖艶さも持ち合わせていた。


「この者は両精被守護者ですのよ。 意味は・・・お分かりですわね」


 彼女の言葉に魔王は言葉を見失った。代々魔王の書庫に保管されている、古代の書物に一度だけ登場するその名をここで聞くとは思ってもいなかった。光の精霊と闇の精霊のどちらからも守護を受ける代わりに、常に中立を求められる存在。現状で言うなら、魔族にも人族ににも付かない傍観者。敵対する両者にかかわりを持ちつつも、積極的にかかわろうとはしない者。矛盾の塊。


「・・・なんだ? いにしえの誓約の履行を求めに来たのか?」


 男は、ちょっと困った顔をして、魔王に語り掛けた。


「私は、荷運ポーターび人です。ご依頼を受ければ、世界中のどこにでも、適正価格でお届けします。ご伝言も承っておりますよ。ただ今回は、勇者さんが同行を含めた契約があったまでで、あくまでもお仕事なんですよ。お仕事。・・・別に彼の仲間になったわけではございません。 生きて行くのに”お足”が必要なわけでして、それに、私にも用事がございまして、・・・まぁそんなこんなで、色々な方々のご依頼を受けている次第でございまして・・・」


 歯切れの悪い、言い訳じみた事をごにょごにょと繰り返す男に、


「ええい、もういい!で、貴様ら、わしまで何故、謀ったのか!」

「それは、魔王様の性格から導き出した最善策だったからですよ」


 極めて冷めた声色だが、魔王に対し十分な礼節をもった声が響いた。 四候がうち魔都ラルカーン北方領域を支配する ゲーン=ランフルト=アスワイト侯爵、通称『黒のゲーン』だった。総髪の間から除く黒々とした二本の角が、厳めしい顔をさらに武骨に見せていた。


「陛下のお人柄は、勇猛果敢と小心が同居されてる。勇者が向かっているとわかると、わざとラルカーンの王城からこの館へ玉座を御移しになった。ラルカーンの民草を護るために。此処ならば、陛下の御側衆だけの被害で済むとお考えだったのでしょう。また、万が一に備え、副王閣下が即座に王城に入城されるよう使者をお立てになり、王座の継承の下準備まで・・・認めませんぞ、そんなことは」



「使者は止めさせて頂きました。わが名をもって」


 今度は別の声が男の耳朶を打った。甘く切なそうな、それでも鋭利な刃物のような声だった。

 四候がうち魔都ラルカーン西方領域を支配する ポリエフ=ノクターナル=バァイフ侯爵、通称『白のポリエフ』だった。長身で豊満な肢体を純白のドレスに包み込み、溢れかえる淫靡な香りを隠そうともしない存在感たっぷりの女性の魔族が腕を組み、魔王の後姿を睨みつけるように見ながら言った


「我ら四候が、そろって討たれた場合、陛下も無茶をなされまいと愚考いたしました。「遠見の鏡」をもってしても、私達が討たれる詳細な情報はわかりません。あの便利な鏡はちょっとした欠陥がありますので、それを利用させていただきました。当初の計画通り、陛下は傀儡くぐつを御使用してくださいました。 要は勇者が陛下を討ったと思い込めばよろしいのです。あちらは最初から一枚岩ではございません。もちろんこちらもそうですが、こちらより状況は悪い。時間稼ぎと、奪われていた此方の支配領域の奪還を最優先にさせて頂きました。今頃、東方辺境域の人族は”魔王討たれる”の報を聞き、慌てていることでしょう、”手柄が掠めた取られる”と。こちらは、東方軍総司令官に陛下の無事を伝えております。彼の地の人族は駆逐されていくでしょう」


 魔王は何も言えなかった。四候は自分の肉体を盾として、魔王の力の暴発を止めたとわかったからだった。日頃から、白のポリエフに、”調子に乗らないでください” と、諫められていたし、彼らが善戦して、勇者の足止めをしていたなら、自ら出向き、暴れようと準備もしていた。そうなれば、相手の土俵で戦うことになり、徒にリスクが跳ね上がる。ローリスクで目一杯のリターンを求めるには、事前の計画通り行動するのが一番だからしかたなかった。


「し、しかしな、なにもあそこまでせんでも・・・」


「そうしなければ、勇者が調子に乗りません。後ろから押して、前から引いて、早く早くと急き立てたのです」


 いくさには勝機がある。ここ一番これを抜ければ絶対に勝てる刻がある。 しかし、その刻が作られたものならば? 立ち止まって考える時間があれば、罠に気が付く可能性があった。急き立てて思考する時間を与えず、全力を出し切らせる。状況が錯覚を作りだし、確信を持たせるために。


しかしそれでも、勇者ならば、気が付くはずだ。


”それ位の人物なんですよ。悲しいことに。”


ふと、男の言葉を思い出した。


「ずいぶんと、その男を信用したもんだな。四候よ」


「両精被守護者ですのよ、陛下」


 クスリと笑いながら、青のマーグリフが答えた


「・・・お前たちが依頼した仕事の対価はなんだ? その荷運ポーターび人は、どんな対価を要求した?」


 その問いに答えたのは、当の本人だった。


「魔王様、四侯様からの対価は、たった今お支払い頂きました。あぁ、ちょっと違うかな?半分か。 後の半分は魔王様から頂きたいと思います。ハイ」


「なに?」


「魔王様とお話する”時間”が対価です。もちろん私の都合でお話がしたい時ですが」


「どこかに、呼びつけようとするのか?このわしを」


「いいえ、お伺いします。もちろんご都合は聞きますが、火急の場合はどこにいらっしゃっても」


 うなる魔王。やはり茫洋とした表情で佇む男。魔王の双眸に青白く燃え上がるような魔力が宿る。見る者の魂を吸い取るような凶暴な眼光だった。男はその視線をしっかりと受け止めた。緊張の糸が二人の間に張られ、硬質な音が聞こえそうなくらい高まった。


「わかった。許そう」


 視線を外さず魔王はそう言った。


「ありがたき幸せ」


 男もまた視線を受け止めながら、そう答えた。

 緊張の糸がプツリと切れた。


「おまえ、名はなんというだ? 荷運ポーターび人」


「七十と二 ある内の一つですか?」


 魔王はその美しい顔にニヤリと笑いを浮かべた。


真名マナだ」


 男は詰まらなさそうに、魔王にだけ聞こえるように


「『タケト』と申します」


「ご苦労だった」


「また、何かお仕事ございましたら、何なりと」


 タケトは別れの挨拶を交わし、踵を返すと、魔王の執務室を出て行った。


 *************


 ”おお、怖い怖い。でも、まぁこれで、天秤の片方の大皿に乗ることはできたわけだ。代償は大きかったけど、なんとか、ようやく、最初のお願いが果たせましたよ、精霊神様・・・クエスト難易度バカ高ですよ・・・”


 震える膝を励ましつつ、元来た道を男は辿っていた。魔力回復回路は全力で回っている、オーバーレブ状態だ。しかし、体内マジカはほぼスッカラカン。 立っているのもやっとだが、それでも前に進まないと、何時までもここにいるわけには、いかないと、重い体を引きずるように前に前にと進んでいった。


 *************


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