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彼の地にて:その者、金天秤の均衡を計る金の分銅  作者: 龍槍 椀
金の分銅 : お荷物、お運びいたします
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金の分銅 : お荷物、お運びいたします その9

いつか来た道、これから行く道

 豪華な部屋だった。 先ほど、貴人が云った『謁見の間』なのであろう。 中央奥手が一段高くなっており、玉座が置かれていた。 玉座には、壮年の男が煌びやかで重厚な衣服に身を包んで座っていた。 先導していた貴人は、末席に下がる。 タケトは、階の下に進み、片膝を付き、手を胸に当てた。 階の上の玉座より直接声がかかった。


「おぬしか、リュート殿の消息を知るものとは」

「はぁ」

「なんだ、リュート殿の消息を知っているのではないのか」


 国王の直接的な問いに、タケトはちょっと面食らった。そして、”変わってないな”とも思った。タケトはかなり昔に使わなくなった”変幻モーフ”を思い出していた。”たしか、目の色は灰色、髪は薄灰色、表情は、今のままで、後は、そうそう『やさぐれ』感が少々だったなぁ” タケトは口の中で”呪印”を結ぶと、視線を上げて、エドアルド=エスパーダ=キノドンダス上級侯爵を見た。


「・・・エド見忘れたか」

「なん・・だ・・と」

「見忘れたのかと、聞いている。 探してたんだろ、俺を」

「リ、リュート殿!!」

「まぁ、いい。久方ぶりだし。 取り合えず、割符にサインを」


 有無を言わせない、強引な口ぶりで、手に持つ割符をエドアルドに渡した。気を押され、エドアルドは、その割符を手にした。途端に、割符は灰になって崩れ落ちた。契約成立の証だった。


「・・・なぜ、ここに? それに、全く変わっておられぬ」

「俺のことは、いいんだよ。 要件を」

「少し、お待ちを。 居室に行く。 ついてまいるな!」


 はっと我に返った、エドアルドは、周囲にそう言うと、タケトを自室に招きいれた。周囲の貴人、近衛騎士は事の成り行きに茫然としたが、国王の命に背くわけにもいかず、タケトの背中を見送っていた。


 エドアルドの居室。 豪華さは「謁見の間」以上だったが、人がいない分、ちょっと寂しい感じがする。天鵞絨張りの椅子をタケトに勧めながら、エドアルドは話を始めようとした。


「全くお久しぶりでございます」

「前置きは、要らない。俺も忙しい。 で、何の用だ」


 にべも無く、タケトはエドアルドの前口上を切り捨てた。


「・・・はい、昨今の帝国の事情はご存知でしょうか」

「阿呆共が、北の大陸オブリビオンで暴れた挙句、引き際を見損ねて敗退しているって話か?」


 意地悪気にタケトはそう答えると、エドアルトは大きくうなずきながら、瞳に不安と悲しみを浮かべながら、答えた。


「まさしく。・・・あれは、皇帝陛下のご意志ではございません。貴方もよく知るように、陛下は平和を願う人。決してあの地に領土を求めようとはしておりません。」

「なんで、こんな”こと”になってるんだ?」


 沈痛な面持ちで、エドアルドが続けた。


「皇帝陛下の御身体の具合が・・・」

「まぁ、そんな処だろうな」

「お願いでございます。あと、十年、いや五年、皇帝陛下の御命を繋いで頂きたい」


 一瞬の沈黙 タケトは”何を言い出すのやら”と、言いたげに頭を振りながら、答えた。


「はぁ?俺は医者じゃねぇよ」

「私は、知っています。リュート殿が死せるものも蘇らせる技の持ち主だということを。お願いでございます。」

「・・・まったく。昔のよしみで、来てみれば、厄介なことを。 はっきり言おう、無理だ。天命に逆らうと、ろくな事はない」

「そこを曲げて」

「くどい」


 タケトは、”プィ”と、横を向き、これ以上何も言うなと、態度に現した。


「・・・なんともなりませんか?」

「エドの頼みであっても、時間は巻き戻らない。その時に備えた方がいい」

「・・・残念です。無念です」

「俺もな。 高潔な人物の後継者が、高潔とは限らない。そのことはエドが一番知っているはず」

「・・・」


 もし、仮に、エドアルドの『頼み』が”光の精霊神”の御心に叶うならば、何らかのしるしが有るはずだった。エドアルドもまた、”光の精霊”の加護持ちなのだから。 天秤の均衡の為に必要な事ならば、必ず精霊達から、何らかの接触が有るはずだった。 


 しかし、何も無い。 タケトには、どの精霊からも依頼おねがいは無かった。つまり、金天秤は、現皇帝の死を容認している。


 タケトは思い出していた。昔、パーティを組んでいた漢。一連の武勇伝で、後世に栄光を語られるような働きをした漢。名誉と栄誉を伴って、帝国至高の椅子に座った漢の事を。現神聖アートランド帝国皇帝ふるいともの姿を、そして、彼らの子供達の愚行の数々を。


 タケトは、ふと、脳裏に一人の死にかけた奴隷の姿が浮かんだ。一度、ハッキリとしておきたかった事だった。もし、エドアルドが、彼女の事を少しでも気に掛けて居るのならば、多少の事は言うべきだと思った。”面倒事”はお断りだが、彼女の父親として少しでも、”情”が有るのならば、消息位は知ってもいいだろうと考えていた。


「ところで、お前、娘がいたろ」

「・・・はい。 今、帝都の『帝国学院』におります」


 エドアルドは、アナトリー=アポストル=キノドンダスの事だけを口にした。


「・・・やっぱり、お前の娘は一人だけか」

「何か娘の事をお聞きになりましたか?」


 やはり、エドアルドは、”どの精霊からも加護を受けていない”と言われた自分の子供の事を切り捨てた。国王にして、この地の安寧を司る者としては当然の事なのだが、それでも少し残念だった。


「何でもない。・・・皇帝陛下の事は、残念だが、俺には何もできない。すまんが、これで失礼する」

「また、・・・また、お会いできますか?」

「精霊神様の思し召ししだいだ。まぁ、いずれ逢うかもしれない。それまで、元気でな」

「は、はい・・・」


 国王の居室を辞し、『謁見の間』の文官、武官の視線を掻い潜り、長い廊下を抜け、城を出た。もう、日が傾いていた。遠く西側に龍背骨ドラゴンバック山脈の白い頂が見えた。 目を細くして連なる山々を見ながら、タケトは呟いた。


「やれやれ。 あいつも”皇帝様”になってから、苦労の連続だなぁ でも、俺の役目はもう、終わったんだよ。だから、力は貸してやれない。”精霊神様”達の御意志に反するからな」


 城門を抜け、”変幻モーフ”を解き、いつものポーターの姿に成ると、城下町に戻る道を辿った。夕暮れ時の町の喧騒がさざ波の様に、タケトの耳に届いた。何だか、悲しくなった。


「帰るか、待ってるし」


そう呟くと、彼は何処にも寄らず、龍塞への道へ戻っていった。


*************


「マスター!! お帰りなさい!!」


 龍塞の”転移門ポータル”から出ると、マニューエが飛び込んできた。両手を大きく開けて、文字通り、飛び込んできた。目に大粒の涙を浮かべ、本当に嬉しそうに。


「兄者、毎日毎日、今日は帰るのか、明日は帰るのかと、ずっと問われましたぞ。今度、出て行かれる時は、帰られる日時をはっきりとお伝え下され」


 やや、呆れながらも、目を細めてマニューエを見るヴァイス。 彼もまた、彼女の成長を喜ぶ一人だった。ずっと、タケトに抱き着き離れようとしないマニューエの頭を撫でつつ、タケトは、ヴァイスに感謝の言葉を伝えた。


「白・・・悪い。 それで、マニューエはどうだった?」

「賢い御子です。もう、問題無いでしょう。 私、ヴァイスが保証します」

「やはり、お前に頼んでよかった」

「後は兄者が教えてください。 何を使っても構わないと、お師匠様からのご伝言です」


 ”うん”と、頷くタケト。 暫くは、マニューエと一緒に居る事にした。 幸い、「お仕事」も一段落したし、時間は取れる。マニューエの頭を撫でながら、彼は、教えなければならない事の順序を考えていた。


次回 金の分銅 : お荷物、お運びいたします 終章 ---時の”呪印”--- 乞うご期待

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