金の分銅 : お荷物、お運びいたします その8
”お仕事”貰ったはいいけれどっ
テーブルの上に、大量の料理が並んだ。 ギルドマスターと同じものと言いつつ、タケトは遠慮なく注文した。美味い食事は活力の元とばかりに、勢いよく食べ始める。積みあがる皿、皿、皿。ギルトマスターは驚きつつも、苦笑いを浮かべながら、食事を始めた。
腹も膨れ、エールが運ばれてくると、手に取りやっと話し始めた。
「なんか、いい「お仕事」ない?」
「そうだなぁ・・・ちょっとまて、たしか星五個の塩漬けのが有ったような気がする」
「塩漬けかぁ・・・まぁ、そうなるよなぁ・・・」
『塩漬けの依頼』 それは誰も受ける事の無い依頼。理由は数々あれど、一番大きいのは、受けても達成が出来ない、又は、ものすごい時間が掛かる事だった。低難易度の依頼は、時間が経てばキャンセルされることもあるが、星五個という、難易度がとても高い物は、依頼人がそう落とすことも無い、切実なものが多い。
「おまえなら、いけるんじゃないか? また、人探しだけども」
「今度は、どんな厄介事だ?」
「名前は”リュート”職業は”荷運び人”だったような気がする」
タケトは口に持って行ったカップを止めた。目を細め、遠くを見つめた。その名前に遠い記憶が呼び覚まされたようだった。
「・・・へぇ・・・俺とおんなじかぁ・・・依頼人は誰だ?」
「聞いて驚け! 公国国王様だ!」
やはりな、と云うような眼をして、小さくうなずいた。
「・・・エドアルド=エスパーダ=キノドンダス上級侯爵かぁ・・・」
「なんだ、驚かんのか?」
「・・・うん、まぁな」
タケトは口籠る。遠い記憶の中に埋没していた名前が、再び呼び起こされた。『リュート』と云う名の荷運び人を探しているのが、公国の国主、『帝国の”牙剣”』の二つ名を持つ人物ならば、”何故”と云う疑問が浮かび上がる。彼が「七十三有る名前」の内、”リュート”を名乗っていた時はかなり『やさぐれて』いて、本来ならば、『リュート』を知る人物ならば、二度と会おうとは思わないだろうからだった。
詰まらなさそうに、カップを口に運ぶ。
「気乗りせんのなら、別のを探すが、後は星無しクラスしか手持ちないぞ」
「・・・しやぁないか。 明日、手続きに行く。 ちょっと此処で眠らしてくれないかぁ?」
「暖炉の傍の椅子、明けるから、あそこで寝ろよ」
「かたじけなく・・・」
「どういたしましてだ」
暖炉の前に有る椅子は、ギルドマスター専用とも言うべき、特別席だった。そこを譲ってくれたという事は、その依頼が、冒険者ギルドの頭痛の種だった事が伺い知れた。
”まぁ、なんだ、乗りかかった船ってのもあるかぁ”
椅子に座り、暖炉の炎を見ながらカップを傾ける。エールの酔いが心地よく、いつの間にか、タケトは眠りの世界に誘われた。
*************
翌朝、朝の喧騒に目が覚めた。これからクエストに出るパーティが何組も、入れ替わり立ち替わり、食堂に現れる。 公都のギルド本部だけの事はある。依頼は多いし、金払いの良い客もたくさんいる。近隣の町や村で手に負えない依頼も、此処に舞いこむ。腕に覚えのある冒険者ならば、仕事には困らないはずだった。
タケトは、若干酔いの残った頭を振り、呟いた。
「飯食って、飲んだら沈んだ。 暖炉の傍の席、あれは危険だ。 マジ、眠りこける」
ブツブツ言いながら、席を立ち、身繕いをしてから本部受付に立ち寄った。ギルドマスターはいつも通り其処に居て、業務が滞りなく進んでいることを確かめていた。
タケトが受付に近寄ると、ギルドマスターの方から声を掛けた。
「よう、来たな」
「昨日は、ゴチになりました!」
「いや、いいよいいよ、それでな、朝早く、伯爵様の使いが来て、依頼完了のサインをしていったぞ。それと、報酬だって、こんだけ置いてった」
カウンターの上に、革袋が重い音を立てて置かれた。タケトは受け取ると、中を確認する。金貨が何枚も入っていた。破格の報酬だった。革袋の口を縛り、有難く懐にしまう。
「うはぁ、ありがたいなぁ。しばらく食いつなげる」
「それで、「仕事」だが」
少し、声をひそめる様に、ギルドマスターはタケトに聞いた。
「やるよ、約束したもんな、マスターと」
「おう!そんじゃ、詳細と、割符」
ギルドマスターは、ホッとした表情で、羊皮紙と木簡で出来た契約の割符を差し出した。羊皮紙には達成条件と報酬額がが書かれており、タケトは、さっと目を通した。木簡と一緒にこれまた懐にしまう。元気よくギルドマスターに挨拶をして、外へ出た。
「ありがとぅ!」
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「しかし、国王様のご依頼で、無期限だとっ!。 まぁ、あの名前の”荷運び人”は、みつからんよなぁ」
タケトは、羊皮紙に書かれた内容を思い出していた。
”リュートを名乗る荷運び人の消息を知る者 又は、現在リュートの滞在場所を知っており、連絡を付けられる者 ノルズガルド公国 公国首都『クレーメンス』 王城にて、国主 エドアルド=エスパーダ=キノドンダス上級侯爵に直接報告せよ。 虚偽の報告に対しては死を。 正当な報告には金貨十枚を支払う”
まだ、朝早い城下。酔っ払いも、喧嘩も、娼婦も、朝日の下は出てこない。まっとうな店屋が、開店の準備に追われている。子供等もウロチョロしていない。いたって平穏な朝だった。 石畳が夜露に濡れ、朝日にキラキラと輝いている。登城する兵士や、貴族の馬車が大通りをゆっくりと走っていく。一日の始まりが感じられた。
「んじゃ、お城へいくか・・・」
タケトは、登城する貴族達に隠れる様に、二重の城壁を抜け、王城の城門前に立った。見上げるような壮大で堅固な城壁。此処が「対魔人族戦」の最前線になることを前提に、築城されていることが判る。歴代の国主が長い年月をかけ、幾重にも張り巡らした城壁。難攻不落を文字道理に表した城だった。
城門で歩哨に立つ衛兵に誰何された。
「誰か! 何用か!」
「荷運び人、ポーターと申します。 国王陛下のご依頼の件で、お知らせがあります」
「よし、ここで待て、照会する」
「はぁ・・・了解しました」
衛兵は、彼の仕事を忠実に実行した。見慣れない者がいた場合、誰何し、来訪の内容を聞く。そして、その内容を上にあげる。事務的で、時間のかかる方法だが、安全を保障する為には必要な手順だった。
数刻の時間を待つ。日が頭の上にやってくる頃、一人の貴人がゆっくりと歩いて来た。城門脇で待つタケトを見つけると近寄って、問いかけた。
「お前か?ポーターとやらは。陛下のお探しの方の情報を持っているとか」
「はい、その通りでございます。陛下にはお目通りできますでしょうか?」
「お耳に入れたところ、すぐに会いたいとの事。ついてまいれ」
タケトは、やっと、日陰に入れ、ホッとした。城門から、真っ直ぐな道を入り、城本体に入る。外の眩しさが嘘のような薄暗い廊下を、二人して歩く。 絨毯も、調度も一流の物だったが、何かしら影のような物を感じてしまう。人の気配が希薄な為か、それとも、曰く因縁のついた調度類の発する不気味な威圧感か。
貴人が、タケトの方を見ずに云った。
「謁見の間で、もし邪な事を考えても、近衛騎士団がおる、陛下の質問に素直にお答えした方が身のためだぞ」
「はぁ、もちろんでございます。」
廊下を進み、奥まった部屋に通される。 控えの間は天井も高く、廊下とは打って変わって明るい。床も赤い絨毯が一面に敷かれ、幾つもの椅子が置かれていた。”此処で待てと云う事かなぁ”と、タケトが思っていると、貴人は何も言わず、先導して隣室へと続く、高い扉を抜けた。




