金の分銅 : お荷物、お運びいたします その7
と、突然なんですか? 精霊神様
”ちょと、意外だったなぁ。 あの貴族、加護持ちだったなんてなぁ”
クランクハイト=フォン=ベルクライス伯爵の屋敷を辞し、外へ出た。タケトは、公都「クレーメンス」のナビール地区の良く整備された石畳を歩く。其処は、ナビール地区の表通り、貴族に邸宅が建ち並ぶ地区から、警備門を抜け、市街地に降りる。夜風が辺りを冷やし始めた、時間もいい時間になっているし、タケトは今夜の宿も、まだ取っていない。
”宿か・・・懐具具合も寂しいから、ギルドにいこうかなぁ・・・あそこ、飯はうまいし、椅子にさえ座っていれば、寝てたって、文句言われないしなぁ・・・いい加減、お仕事探さなきゃ・・・”
市街地は、貴族達の”ナビール地区”と違い、喧騒に包まれている。下町の食堂では”おばちゃん”が客の横面を張り倒していたし、酒場の前では、何か良い事が有ったのか、赤ら顔の男がデカい声で歌っている。娼館の女たちの客引きに、鼻の下を伸ばし切った冒険者達が引きずり込まていた。
”あ~~あ、根こそぎ分捕られるのにねぇ”
そんな喧騒に、タケトの頬は自然と緩む。彼は、昔、一緒にパーティを組んでいた男が云った”守りたいのは、人が、人として、精一杯生きれる場所だ”の言葉を思い出していた。 一般市街地と、王城のある地区を結ぶ、一番の大通りのバブソット通り。 王城のある地区への警備門近くに、タケトの目的の場所があった。
冒険者ギルト本部 二か月程前に、タケトは”お仕事”を探そうと此処へやって来て、「伯爵の姪」事件に巻き込まれた。伯爵の”依頼”が終わらないと、次の”お仕事”は、このギルド本部では受けられない。この国では、そういう『ルール』になっていた。『受けた仕事は必ずこなす』ギルドの掟では、有るが、この国のギルドは、他国のギルドよりもう少し、厳密にそのルールを適用しているようだった。
ギルド本部の大きな木の扉が見えてきた。 篝火の光が扉に反射して艶々と輝いていた。ゴミ一つ落ちていないし、よく手入れされている。良く統制された冒険者ギルドだなと、タケトは感心していた。躊躇いなく、扉を押して、中に一歩入った。
”グワァァァァァン”
タケトの頭の中で、銅鑼を全力で叩いた様な音が響いた。グルンと感覚が舞わり、全く別の世界に召喚された事を、理解した。体の力、特にマジカが漏れ出すように減少を始める。”精霊界”に召喚された事を物語っている。
世界中の魔法使い、精霊魔法使い、聖女達、そして、勇者達が望み、来れない場所。『精霊界』住人は精霊神二柱のみ。”精霊界に到達しないと、その御声は聞けず”と、古の魔導書等に記載されている。タケトの場合、自ら行くのでは無く、連れて行かれるのだが。
「”こういった方法での、ご招待、ご遠慮申し上げます”と、何度も言上いたしましたよねぇ・・・」
”タケト、なかなか召喚くれないもの・・・。 来てくれて嬉しいわ。それに、あの者に『伝言』有難う。・・・助かりました”
”闇の精霊神”の言葉に、心の中で突っ込んだ。
( ”闇の精霊神” 召喚すっか? そりゃ、無理っすよ。世界がひっくり返っちまいますよ)
「・・・いえいえ、お役に立てて光栄です」
”あの者達一族、我の加護を受け、金天秤のバランスを取っては居たのですが、それも、昔語りになりました。加護の力も薄らぎ、バランスをとる術も・・・とにかく、解放してほしいとの願い、確かに受け取りました。”
「クランクハイト=フォン=ベルクライス伯爵の一族が何を成し、何をして来たのかは、別段に興味は御座いましせんし、その行いが、精霊神様の御心に叶っていたのなら、問題を感じませんよ」
”貴方は、いつも、そう。 でも、そういう貴方でないと、ダメですしね”
「・・・ああぁ、原初のお願いの事ですよね」
”ええ、そうよ。それと、貴方、”光”から”精霊魔法導師”の称号をうけたそうね”
「あぁ、あれは、成り行き上・・・お心に叶わない事なれば、彼方とご相談頂き、いかようにも・・・」
”逆よ、我は前から、”光”に早く称号を与えなさいと、云っていたのよ。 だって、貴方の”お仕事”に必要な力よ”
「もったいなく・・・」
”それでね、貴方が”精霊魔法導師”になったのなら、我からも『贈り物』が有ります。受け取ってね”
「何でしょう?」
”使い処の難しい「呪印」一式 貴方なら使い処を間違えないと思うわ”
「買いかぶりですよ。使いきれない力は、なんにも良い事ありませんから」
”それを知っている貴方に「無制限使用権限」付で渡すわ”
「”原初のお願い”関連ですかねぇ ・・・努力します」
”理解の早くて助かるわ。 でも、それ、貴方の為の「呪印」でもあるの。 魔術師と賢者に相談しなさい”
「・・・御心のままに・・・」
”では、また、・・そのうち・・ゆっくりと・・・お話しま・・・・しょう・・・」
「では、・・・また・・・・・」
”グワァァァァァン”
タケトの頭の中で、銅鑼を全力で叩いた様な音が再度、響いた。グルンと感覚が舞わり、飛び、召喚が終了した。キィーと云う耳鳴りの音が収まり、周囲の音が感じられると同時に、タケトは膝から崩れ落ちた。そう長い間では無かったが、精霊界、それも”闇の精霊神”様の領域に居たため、彼の体内の陽性マジカが、領域の陰性のマジカと相対消滅し、大部分を失ってしまったからだ。
肩で息を着き、周囲の状況を確認する。 何人かの冒険者がこちらを見ていたが、酔っ払いかなんかだと思ってくれたらしく、興味なさげだった。だれも、今しがたまで、精霊界に呼び場されていたとは、思っていない。
”よしよし、大分うまく戻れるようになってきたな。 でも、本当にやめて欲しいなぁ、準備無しであそこへ行くの、ほんとにキツイんだから・・・御二方には、このお願い、聞いて欲しいなぁ”
何とか態勢を立て直し、目の端で確認していた、食堂の入り口に向かう。 まだ、早いのか、中には二、三組の冒険者パーティが食事を取っていた。冒険者相手の食堂だからか、味もいいし、量も多い。酒も飲めるがそれは、夜半からの提供だった。タケトは壁際の席に座り、テーブルに突っ伏した。 体の中でマジカ回復回路が全力で廻っている。タケトの頭の上からギルドマスターの声が、掛かった。
「戻って来たな、依頼は終わったか?」
遅い夕飯を喰おうと、食堂にきたギルドマスターは、タケトがテーブルに突っ伏しているのを見て、声を掛けた。彼は、ちょっと気になっていた。無理やり押し付けたこの依頼は、口頭だったこともあり、ギルド本部の記録としては、依頼としないように、計らっていた。タケトが依頼をこなせなくとも、ほかの依頼を受けられるようにとの配慮だった。 しかし、その事はまだ、伝えられていない。
「一応なぁ・・・あの親父が、ちゃんとしてくれたら、一件落着だしなぁ」
ボンヤリとした声で、タケトは答えた。
「ポーターよ、貴族様を納得させる何かを掴んだって事か?」
「まぁ、そうだねぇ。 守秘義務有るから、詳細は言えない・・・あの親父から依頼終了の連絡来るはずだから、宜しくマスター」
「お、おう。それはよかった。大変だったろ。よし、此処は俺の払いにしてやる、好きに飲み食いしてくれ」
「ありがてぇ~~~マスターと一緒の物でいいっすっ!!」
にこやかに、そういったタケト。 ギルドマスターは、ウエイトレスに向かい、いつもの食事と酒の用意を伝えた。彼は、あの問題だらけの貴族に”ポーター”を紹介して本当に良かったと、そう思った。




