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彼の地にて:その者、金天秤の均衡を計る金の分銅  作者: 龍槍 椀
金の分銅 : お荷物、お運びいたします
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金の分銅 : お荷物、お運びいたします その6

色々あったようですが、あっしには関係御座いません。

 眉間に皺を寄せたが、今は、断れない。名前を聞いても誰だっか思い出せなかった。


「通せ」

「宜しいのですか? お疲れでは?」

「構わない」


 クラインハイトは、不審げに待った。 一度、執事が出て行き、男と一緒に帰って来た。ありふれた旅装、特に記憶に残らないような茫洋とした表情。ペコリと頭を下げる男、そのしぐさに引っかかるものが有った。 


 ”冒険者ギルド・・・か”


 彼は、冒険者ギルド本部に行った時の事を思い出した。冒険者ギルドのギルドマスターに、無茶苦茶な要望を敢えてした時に、傍に居た男が目の前の男の姿と合致した。そういえば、ギルドマスターに大変優秀な男だと紹介された事も同時に思い出した。潮時だと思い、捨て台詞を吐き、そのまま屋敷に帰ったこともまた、脳裏に浮かんできた。


 ”あれで、契約成立? 書面に起こしていないのに、ギルドは仕事として、受けた事になっているのか?”


 意外だった。規則と規律に煩い組織だと思っていた。

 ややあって、クラインハイトは言葉を繋いだ。


「あぁ、あの時の男か」


 タケトは、やっと思い出したのかと言いたげに、口を開いた。何はともあれ、この国の貴族から強要されれば、どんな組織でも、一応の敬意を払う。まして相手は内政に携わる人間だし、万が一が有れば、冒険者ギルドの運営に影響が出る。そういった思いから、ギルドマスターがタケトに押し付けてきたのだ。


「はい、口頭ですがご依頼を受けております。信用が無ければ、この商売できませんから」

「・・・うむ、して、姪は見つかったか?」


 タケトは当然の彼の問いに、別のお願いをした。


「あのぅ、すみませんが、お人払いを」

「ダンは最も信頼の置ける執事だ」

「そこを曲げて・・・お願い申し上げます」


 胡散臭い物を見る様にクラインハイトはタケトを見た。何をするつもりか、危害を加えるつもりか、それとも、何らかの交渉の為か? 密談を要求する者は、それだけに危険な香りがする。そうはいっても、相手の言い分を聞いてみない事には判らない。さらに、タケトは、クラインハイト以外がこの部屋に居る限り、何も喋らないと目で言っていた。


 彼は、腹を決めた。


「・・・仕方ない。 ダン、席を外してくれ」

「御意」


 ”ご当主様が呼べばすぐに来て、侵入者おまえを叩き出します”と、威圧感をタケトにぶちまけて、執事は退出した。その様子を苦笑交じりで送り出し、タケトはクラインハイトに一枚の紙を取り出して渡した。その紙には、『写し絵』の呪印で描き出された、茫然を宙を見ているエリザベートの姿があった。クラインハイトは内心息をのんで、その紙を見ていた。


「・・・ あの、すみませんがこれをご覧ください。 自分で撮りました。知っているのは自分だけです。」


 クラインハイトは、何が必要かを頭の中で考え始めた。 ”この男を始末する。金を握らせて国外に放逐する。罪をでっちあげて衛兵に渡す” 選択肢は纏めると、この三つだけだった。まずは、こいつが何を要求するかによる。


「・・・なにか、要求があるのか?」


 飄々とタケトは答えた。 ”仕事は、クラインハイトの姪を見つける事” 彼の表情は、それだけだった。


「まぁ・・・しいて言えば、ギルドマスターに諦めたとお伝え願えれば」


 義憤に駆られて衛兵詰所に行くと脅しもせず、エリザベートの美しさに魅入られ、彼女を我が物にしようともせず、良い金蔓が手に入ったと薄笑いを浮かべる事も無く、淡々と、そう答えた。


「なに?」


 最低でも、ある程度の金額を要求されるものだと、身構えていたクラインハイトは肩透かしを喰らった気がした。”こいつは何を望んでいるのだ?”疑問が沸いた。


「領内でお仕事させてもらうにも、伯爵のお仕事が済まないと、受けられませんので」

「それだけか?」

「伯爵様、別に私は何もしませんよ。お仕事を貰って、それを果たすだけです。今回は契約書も無い事ですし、お代は最初からあきらめてました」


 極めて単純な答えが返って来たのに彼は驚いた。確かに捨て台詞とは言え、ギルドマスターに仕事は依頼した形になる。しかし、こいつにも拒否権が有るはずだった。


「お前を信用する根拠は何処にある」

「現状はありませんねぇ」

「ここで、お前の口を封じても誰も困らん」

「左様ですねぇ」


 クラインハイトは、ある意味、不気味だった。タケトの言動には人間味と言うべきものが欠落しているように感じた。


「怖くは無いのか?それとも、私にはそんな力は無いと侮っておるのか?」

「・・・闇の精霊の御加護を受けし者が力無い訳ないでしょう」


 突然の言葉に、彼は狼狽えた。その秘密を知っているのは、もう、この国にも自分以外いない。それが、目の前の見ず知らずの男が正確に理解していると言っているのだ。


「・・・おまえ、何故その事を・・・知っておる!」

「知っても何も、”通達”受けましたもん、この部屋に入る時に」


 事も無げに、そうタケトは云った。執事に連れられ、この部屋に入った途端、”闇の精霊神”の配下の精霊が近くに寄り、精霊じしんの意思を通達として聞かせていた。


「通達?」

「ええ、”この者、闇の精霊の使徒なり。長きに渡り一族の血を以てして良く仕えてくれた闇の分銅なり”でしたっけ。とにかく、手を出すなってことで」

「・・・お前、聞こえるのか、精霊の声が」


 クラインハイトは、自分の出した『人族の中に、闇の精霊の声が聞こえる者が自分以外にもいる』と謂う結論に自分自身が驚いた。目の前に居る男は、明らかに人族であり、決して魔人族では無い。自分の様に作られた家系の者か? それにしては様子がおかしい。混乱が彼を飲み込んだ。


「ええぇ、まぁ。 まぁそんなわけで、伯爵様が何をしようと、私が干渉する事は許されておりませんので。怖いちゃぁ、”闇の精霊そちらの御方”の方が怖いですねぇ」


 目を白黒させているクラインハイトに対し、タケトは急に、極めて冷淡な声色で告げた。


「・・・今、届いた、”闇の精霊神様”の御言葉を伝える。 ”お前が、お前の一族だった者達が、此れまで成した事は良く知っている。そして、お前がその使命を終わらせたがっていることも理解した。好きな様に生きよ。これまでの事よくやった”・・・ご伝言です。受け取ってください」


 タケトは、そう言って、クラインハイトに一礼する。


 はっとした表情でクラインハイトはタケトを見た。先祖代々受け継がれていた、古の記憶が甦った。曰く、闇の精霊の使命を終える時、”最高精霊神が一柱、闇の精霊神”様から直接の御言葉が下賜される。その言葉を伝える者は、”『両精被守護者』、闇と光の精霊神二柱の守護を一身に受け、どちらにも属さぬ者”と。


「お、お前は・・・いや、貴方は・・・」

「いいじゃないですか、私が何者であろうと、伯爵様には関係の無い事です」

「い、いや、そういう事では・・・」

「姪御さん大切にしてくださいね。貴方の命が有る内はねぇ」

「・・・そこまで、判って・・・」

「だから、云っているじゃないですか、私には何も関係ありません。じゃぁ、頼みましたよ、ギルドマスターにお話し通して置いて下さいねぇ」


 そういって、タケトは書斎を後にした。椅子から転げ落ちそうになっていたクラインハイトは、何とか態勢を立て直し書斎から出ていこうとするタケトの背中に言った。


「この国に居る間、困ったことが有ったのなら、我が家名を出してくれ。人の世のことなれば、私の力の及ぶ限り何とかしよう」


 タケトは、軽く手を挙げただけだった。

お仕事、終了。次の依頼は高額なものがいいなぁ

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