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彼の地にて:その者、金天秤の均衡を計る金の分銅  作者: 龍槍 椀
金の分銅 : お荷物、お運びいたします
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金の分銅 : お荷物、お運びいたします その5

いろいろ あるんです。いろいろ  長くなったので、2分割 


 領地は「黒の森」の北側。公国の警備事情に詳しくない、グランツ一家は豪華な馬車で護衛も連れず優雅に旅立っていった。”何が有っても神聖アートランド帝国近衛騎士の自分が相手ならば、盗賊や野党に後れを取るはずが無い”と、云った過剰な自信の表れでもあったのだろう。


 クラインハイトは、「探索の耳目」の発信呪印を彼らの馬車に刻み込んだ。これで、居ながらにして、何処に居るのか判る。領地近くの森と隣接する街道まで輝点が達した時、彼は行動を起こした。早く領地に入ろうと、夕闇が迫る中、馬車を走らせていたグランツ一行の前に簡易転移門ポータルが開いた。御者が訝しがる前に、彼の首は落ちた。 クラインハイトの後ろに、”闇風”のゴーレムが立っていた。


「あ、兄上! 何故、此処に! ああ、何か問題でも起こったのですか? ・・・あ、兄上、危ない、魔物が居ります!」


 異変に気付き飛び出してきたグランツは、クラインハイトが其処に居た意味を理解せず、そう叫んだ。剣を抜きゴーレムに向かうグランツは、此処でも、対峙する”モノ”の力量を見誤った。彼の剣はゴーレムに届くことは無く、空を切り、ゴーレムの一撃は、彼の首を胴から切り離した。激しく吹き上げる血潮。クラインハイトはその光景を無視し、馬車の中からグランツの妻を見た。


「お、御義兄さま・・・っ!」


 そんな彼女を何も言わず馬車から出す。グランツの首転がり、激しく痙攣する胴体を見て、彼の妻は言葉を失った。ゴーレムは一旦その場を離れていた。何が起こっているのか判らない、彼女は思わずグランツの遺体に駆け寄ろうと走り始めた。 


 ”お前の目は、亡き妻と同じ目をしている”


 彼女の後姿に、心の中でそう呟いたクラインハイトは、ゴーレムに只一言命じた。


『ヤレ』


 風が一閃し、彼女もまたグランツと同じ道を辿った。ゴロリと転がった彼女の頭は、奇しくもグランツの横まで転がり、物言わぬ二つの首は互いを見詰め合っているようだった。


 最後の一人。姪のエリザベートが馬車に残っていた。彼女については別の思案があった。これまでの人生で良かったと思える事など何もないクラインハイトは、伯爵家の誇りや名誉の代わりに自分の欲望を選んだ。彼は恐怖に震えるエリザベートの手を取ると、簡易転移門ポータルを開き、別宅の特別室に直接繋いだ。エリザベートをポータルに押し込み、さっさと閉じる。あの部屋は”邪香”の紫煙が充満している。数刻でどうでもよくなるはずだ。”邪香”の香りは催淫効果と忘却効果が特に強い物を使用している。


 領地の傍にある非合法な物を売る『顔役』に、その場所を問題にしない事を引き換えに手に入れた逸品だった。あの香を吸い続ける限り、エリザベートは自分の言いなりになる。当然その事は誰にも言う必要も無い。あの屋敷から出る事は出来ないし、どんなに叫ぼうと外には届かない。自分が死ねば、彼女も死ぬ。当然だ。そして、魔人族の血と”闇の精霊”の加護があるこの家の当主として、すべてを終わらせる事が出来る。


 自身がこの場に居た痕跡が無いかを確認し、”闇風”の精霊に感謝を示し、ゴーレムから精霊を送還する。風が渦を巻き、霧散する。


 ”よし”


 彼はもう一度、簡易転移門ポータルを開き、自宅書斎と結ぶ。 かなりの力を使ったが、全て予定していた通りとなった。心地よい脱力感が、彼を包んだ。門を抜ける前に、ちらりと、なんの感情も無い視線を弟の亡骸に目を向けた。


 ”さらばだ。良く出来た弟よ”


 次の日、領地より悲報が届いた。到着が遅れているグランツ一家の出迎えに出た者達が、彼の惨殺死体を発見したからだった。其れからは、良く出来た次期当主の惨殺犯人と、攫われた姪を探すと言う名目で、其れまでの彼からは想像も出来なような強引な態度で、越権行為も含め、横車を押しに、押した。


 周囲からは、その必死さに伯爵家の存亡を見た。後継者が居なければ、家名は取り潰され、領地は没収される。憐みを含む視線がクラインハイトに浴びせられた。その意識を作ったのはほかでもないクラインハイト本人。歴史の闇に沈んでいく家名には、一番適した方法だと考えたからだ。


 彼は、満足だった。生きてきた中で一番充実したと言っていい。


 別宅では、姪を思う存分好きに出来たし、もう周囲から愚か者と言う目で見られることも無い。何より、これで血の頸木かせから解き放たれた。事が露見しない限り、もう、思い残すことは無い。


 *************


 書斎で、当主だけに用意されている重厚な革張りの椅子に腰を下ろし、ボンヤリと宙を見詰める。取り留めのない記憶の断片が脳裏に浮かぶ。良く出来た猿芝居だと自分でも思っていた。


”時間と共に、この事件は忘れ去られる。もう、誰もベルクライス伯爵家の事など思い出さなくなる。それでいい。それで。”


 芳醇な香りのワインを手に寛ぐクラインハイトのもとに、執事が恭しく近寄って来た。疲れ切った様に見える彼に最大限の敬意を払いつつ、静かに口を開いた。


「旦那様」

「なんだ」

「はい、是非ともお会いしたいと申される方が」

「誰だ?」

「荷運び人 ポーターと名乗っております」


 クラインハイトの眉間に皺がよった。

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