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彼の地にて:その者、金天秤の均衡を計る金の分銅  作者: 龍槍 椀
金の分銅 : お荷物、お運びいたします
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金の分銅 : お荷物、お運びいたします その3

お仕事、頑張ります


 月明かりが、街道を照らし出していた。 かつてはよく整備された石畳だった道は、今はあちこち痛んでいる。各地の町や村で、”荷馬車が良く揺れ、荷痛みも激しくなった”と、商人達が嘆いる。度重なる増援に領内の働き手が減少して、こうやって人々の生活を脅かしていた。


 遠くに沈む二つ目の月を見やりながら、タケトは静かに呟いた。


 ”不要不急の戦を、名誉と野心から起こす者は、自分の事しか見ていないよねぇ”


 歩みを進める、足が自然と遅くなる。公国西北部、荒れ野が続き放棄された村の痕跡が痛々しい。かつては、子供のはしゃぐ声が、働く人々の声が、男の声が、女の声が溢れかえっていた事を、タケトは知っていた。今では夜の帳に覆われて、風の音だけがその隙間を埋めている。やり切れなさを感じつつ、彼は進んでいった。


 二日かけて、北部最前線「レテの要塞」と公国首都『クレーメンス』を結ぶ街道にやっと出た。他の人の前では極力”呪印”の使用は控えている。よって、二本の足と、自前の体力だけで歩く為、時間がどうしてもかかる。しかし、そんな時間も決して無駄ではないと、タケトは考えていた。 村々を抜け、人々の営みを見るだけで、おおよその国の状態は把握できる。買い物をして、宿に泊まるだけで、物価の高低が理解できる、国庫の中身も類推できるほどに。だから、タケトは歩く。時間をかけて、一歩一歩。


 公都クレーメンスから2日程の距離がある町で、タケトの足は止まった。宿をとり、懐から「誘導指針パイロット」を取り出してみると、明らかに指し示す方向が変わっていた。通された小間で、誰もこちらを伺っていない事を確かめると、「探索の耳目」で徒歩一日圏を探る。ある方向に、輝点が早く大きく瞬いているのが見えた。目標が近い事を示している。


 ”こりゃ、”ご令嬢、本人”がいるなぁ ・・・やっぱり、そういう事かなぁ”


 人族、特に女性が攫われて、都合2ヶ月以上も無事でいるとは、あり得ない。考えられる結末を確認するため、あの屋敷にも行った。「貴族の姪」の行き先については、二つの行先にほぼ絞りこめたと思っていた。一つは”野晒のくわれたしたい”、もう一つは・・・


 ”日が落ちたら、ちょっと出てみましようかねぇ”


 其れまでは、休憩をと云う訳で、タケトはゴロリと簡易ベットに寝転がった。


 *************


 夜の帳が辺りを覆いつくす。 人の往来も最近では少なく、うら寂しい。この国の国力が、以前とは比べ物にならないくらい低下して居る事を物語っている。タケトは宿を出ると、輝点が激しく点滅する方に歩いて行った。町はずれに向かっているようだった。

 この町は国が栄えていた頃、公都近くの避暑地として機能していた。貴族の別邸があちらこちらに建っている。多くは、その門を閉ざし、今では訪れる者は少ない。そんな別荘の中の一つにに近づいた時、輝点の点滅が、点灯に変わった。


 ”ここか・・・んじゃ、隠密行動と行きましょうか”


「隠者の歩み」の呪印を展開し、気配と姿を消すと、堂々と正面から侵入する。正面玄関の両脇に建つ彫像は、侵入者が居ればたちまち襲い掛かるゴーレム型の門番だった。 タケトの展開する「隠者の歩み」はそんな強固な警備すら探知できない。玄関をそっと開け、中に滑り込む。 やたらと豪華な内装が目に付くが、興味はわかない。タケトにはすべて成金趣味の産物にしか思えなかった。


「探索の耳目」の捜査範囲をこの屋敷に変更すると、輝点が点滅し始めた。 この呪印には、もう一つの機能が備わっている。捜査範囲を絞ることで、その範囲内の間取り、地形、洞窟などを簡易地図に起こすことが出来る。タケトは簡易地図で屋敷の間取りを呼び出し、目標の位置を表示させた。


 地下2層目。 中に入るには、五つのトラップと、四つの鍵が必要なようだった。ただ、どれも高度なものではあるが、市販されている物だ。タケトにとっては何も問題には成りはしない。


 廊下を足音もさせず進む。つっと彼の足は止まった。同じような壁が続いている途中だった。


 ”よく隠されているなぁ”


 手を添え、壁を押す。 壁は後ろに下がり、横に開いた。 壁の向こう側に地下に続く階段があった。ためらいも無くタケトは降りる。光源が無く真っ暗な穴倉であったが、タケトの目にははっきりと通路が映っている。部屋を繋ぐ通路を進み、奥まった部屋にある扉の前にたどり着いた。


 ”で、この奥と”


 鍵が掛かっている筈の扉のノブを回し開いた。 扉の奥に更に下に続く階段があった。 階段下から”邪香”の香りが立ち上って来た。”邪香”の香りには覚えがあった、あのオークションの館の広間で焚かれていたものと同じ。催淫と忘却を強いる香。


 ”ここまで、あからさまだと・・・どうもねぇ”


 タケトは階段を下りる。 階段の先に鋼鉄の扉があった。これも難なく開く。


 豪奢な部屋に出た。 天井は低いが、周囲には「光源」があった。その光の色が赤白色に調整されていた為か、やや暗い程の明るさだった。くるぶしまで、埋まるほどの毛足の長い赤絨毯。幾つもの羽根枕、絹のクッション。 部屋の中央には飾り柱を六本用いた天蓋があり、周囲を薄物のカーテンがかこっている。部屋の壁際には、そうそうお目に掛かれないような、豪華なチェストが置かれている。調度の中に家紋を象嵌した物もたくさん有った。家紋はすべて同じ。 ベルクライス伯爵家代々の家紋だった。


 一通り見回すと、タケトは天蓋に近づき、薄物のカーテンの中を伺った。


 一人の肌も露わな女性が居た。流れるような金髪、涼やかな目元、青い瞳、ぽってりとした愛らしい口元、白い肌、良く張り出した胸、くびれから流れるような腰。美しい女性だった。 只、彼女は、焦点の定まらい虚ろな視線で、ぼんやりとしていた。正気を失っているとも云える。原因は、少女の周囲の、”邪香”の焚かれている壺。立ち上る紫煙が、女性の周りを取り囲んでいた。

 

 ”あぁ・・・やっぱり。・・・あの親父、姪っ子に手を出したって事ですねぇ”


 やれやれと云うように、頭を振り、肩をすくめるタケト。


 ”御依頼は、”弟君のご令嬢の居所を探し出せ”でしたよねぇ。 後は証拠の”写し絵”をとってと。 よし、それじゃ帰りますか。 助け出せとか、処分しろとか、云われてないですねぇ 報告どうしようっかなぁ”


 タケトはボンヤリと空を見ている少女を後に、部屋を出た。「探索の耳目」で確認してみると、この屋敷には人は一人もいない。皆、精霊魔法で動くゴーレムや、自動人形ばかりだった。彼女の世話をしているのも、自動人形と彼女をこの屋敷に留め置いている人物だろう。人の目を徹底して避けている。執念すら感じさせる状況だった。


 屋敷を出る時には、全てのトラップと、鍵を掛けなおして置いた。侵入の痕跡はすべて消した。


”あの親父・・・クランクハイト=フォン=ベルクライス伯爵 に逢いに公都に行くか、それとも、此処で待つか・・・行った方がいいかなぁ この町に来ている事すら隠しているだろうしなぁ・・・あぁ面倒ぃ”


部屋を取った宿に帰る道、タケトの足取りは重かった。

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