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彼の地にて:その者、金天秤の均衡を計る金の分銅  作者: 龍槍 椀
金の分銅 : お荷物、お運びいたします
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金の分銅 : お荷物、お運びいたします その2

 ノルズガルド公国 神聖アートランド帝国本領から一番離れている人族の国家。開祖はランツェ=ドゥン=キノドンダス。神聖アートランド帝国の開祖の重臣の一人だった。


 地図で見ると、ノルズガルド公国は支配領域は大きいものの、それを維持するだけの生産を、域内で産出する事が難しと判る。

 北側は魔人族の領域”北の大陸オブリビオン”とオブリービオ川を挟んで接し、西側は”龍背骨ドラゴンバック”山脈が聳え、東側は内海ケントルム海、国土の南側は帝国の穀倉地帯である、ウガルド王国に接している。

 場所柄、幾度となく魔人族の侵攻を受け、特に北側は荒れ果てていた。内海の沿岸部では、海運、漁業もおこなわれているが、それも中南部に限られる。北部、およびオブリービオ川の周辺は水棲の魔物達の棲家となっており、其処を生業の場所とする者はよほどの事情を抱えている者しかいない。


 公国首都は高い城壁を持つ城塞都市だった。 常に魔人族の侵攻を念頭に置いた、重厚で強固な城壁を巡らす都市であった。『帝国の”牙剣”』の二つ名を持つエドアルド=エスパーダ=キノドンダス上級侯爵が国王で、ランツェ=ドゥン=キノドンダスの直系の子孫であった。 彼はその血筋に強い誇りを持ち、また、祖先の名誉を汚さぬよう、軍事面で神聖アートランド帝国を支えていた。


 また、彼の血筋はその開祖の受けた「光の精霊神の加護」を受け継く。加護受けし血脈を絶やさぬようにするのも、当主たる、エドアドルの使命の一つだった。


 公式には彼には、二男一女の王子と王女が居る。 長男はすでに成人し、帝国騎士団の一員として帝国軍に参加している。二男も”帝国学園”を卒業したのち、騎士養成過程に入り、帝国騎士団の準構成員として、王宮に努めている。家柄から言っても帝室に近い存在といえた。”帝室の藩屏たる自分。長男も、次男もきっと今は、そんな誇りをもっているだろう”と、エドアルドは考えていた。


 ”戦場の空気を吸えば、一瞬で霧散する”思い”だがな・・・”


 自嘲気味に苦笑いが頬を歪ませる。もう一人の御子の事も思い出していた。

 先頃、十二歳になった王女アナトリー=アポストル=キノドンダスが”帝国学園”に入学した。明るく聡明で、城の者達は皆、「光の精霊神様の御加護」を一身に受けた姫様と敬っていた。少々勝気だが、戦人いくさびとの家系の者ならば、不思議では無い。気位の高さもご愛敬だと考えていた。王妃も帝国本領の邸宅に移り住み、アナトリーの社交界デビューの下準備に余念が無かった。 公国に残ったのは、エドアドルただ一人だけだった。


 つまとアナトリーは帝国本領での暮らしを満喫するだろう事は、火を見るより明らかだった。彼女は元々、帝国本領の侯爵家の娘。 多分に政治的な結婚だったが、夫としてエドアルドは精一杯の努力はしたつもりだ。が、やはり辺境に嫁いだ彼女は事有る毎に、帝国本領を懐かしむ。言葉の端々に鋭い棘の様なものも感じていた。

 アナトリーの”帝国学園”への入学は、いい機会だったのだろう。公国に残ると決めた時に、”自分には、責務がある”と、多分に自分自身に言い聞かせる言葉を思い出した。


 エドアルドは、現実の問題に引き戻されて、憂鬱な表情となった。


 魔人族共との戦は、膠着状態から、押され始めていた。そう遠からず、”北の大陸オブリビオン”から叩きだされるだろうと、予測していた。大体最初から無理が有った。 魔王を攻め滅ぼすという大義名分を振りかざし、その実、次期皇帝の座を得ようとした、王太子達が今次大戦をおこしたようなものだったからだ。


 ”功名心に駆られ、自らの”箔”を付ける為だけの出兵。 この出兵が実施される前は、お互いの境界の内側から睨み合う状態だったのに、周辺各国が国力を回復する前に、出兵したのはまずい判断だ。 あの地からの密使からの報告からすると、あの地では、各民族の足並みがもはや揃わず、兵站線や、後備地を狙われているらしい。 『魔王を討った』という、第五王太子の話も聞くが、魔族共の軍に動揺は見られない。 荒れるな・・・あの地も、帝室も・・・”


 戦況の分析は、指揮官レベルでは共通の認識になりつつあった。曰く


「失いつつある」


 だった。


 エドアルドにとって幸いなこともあった。彼の支配権の及ぶ、この一番危険だと思われていた地域が、まだ、小康状態を保ち、魔族の侵攻の気配は薄い事だった。今のうちに、準備を、国力を整えなければ、成らない。いずれ、帝国本領から再出兵の命令が来る。頭の痛い問題だった。


 謁見の間の華麗な装飾を施した天井を振り仰ぐと、”ほーっ”っと、一つ大きな溜息が口を突いて出た。


「ベルクライス伯爵が謁見を申し出ておられます」


 近衛次官がそう伝えてきた。”またアイツか、どうせ、姪を探してくれと泣きついて来たのだ。馬鹿も休み休みにしてもらいたい。そんな些末なことに割ける衛兵が居るとでも思っているのか”イライラとした表情が浮かび上がった。


「よい。捨て置け。どうせ同じ事を言いに来たのだ」

「御意」

「それよりも、北部の開墾と、税収の件を纏めんとな。 内務卿を呼べ」

「御意」


 支配領域内の山積みになった諸問題を片付けるべく、キノドンダス上級侯爵は些事を投げ捨てた。


 *************


 ”衛兵総監にも強く命じた。出せるとは露にも思わないが、衛兵全員で捜索しろと命じた。聖堂教会の大司教にも、強く言った。無事に帰る事を祈ってくれと。冒険者ギルドにも、無償で、期限なしの依頼を出そうとして、断られた。 彼らも強く信じるだろう、私が姪の生還を願っていると。陛下にも再三にわたり言った。何度も同じ事を言うなと釘を刺され、ついには謁見願いまで却下される程に。 これで、私は姪の無事を信じて、捜索に全力を挙げている哀れな伯父だと公国首都の端々まで知れ渡ったはずだ・・・”


 ”謁見の間”の控えの間。 謁見を願う者が誰もいなくなるまで、其処に居座り続け、陛下の慈悲に縋りつく様を見せつけた、クランクハイト=フォン=ベルクライス伯爵が、ただ一人、夕日に照らされた部屋の、豪華な椅子に座っていた。俯き、絶望に打ちひしがれた様子なのを、部屋の衛兵が見て ”お可哀そうな事だ”と、同情した目で彼を盗み見ていた。しかし、彼の視線の届かぬところで、クランクハイトの口元に、卑し気な笑みがこぼれ落ちていた。


 ”これで、これで、やっと、我が手に・・・”

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