金天秤 光の上皿: 魔法使いの弟子っすか その10
最強の魔法使いの弟子
一気に周囲の空気がほぐれ、聖堂内に静謐な空気が戻った。
”ふぅ”とタケトが息を付くと、フォシュニーオ翁が気軽に肩を組んで、
「居室に行って、茶でも飲もう」
と、笑いながら言った。
龍塞の最奥。龍の片王が居室。 と、言っても至って普通の部屋だった。ただ、全ての調度が龍サイズだったが。タケトは勝手知ったる他人の家というように、そのあたりにあった上敷きを引きずってきたり、ヴァイスも銀髪の偉丈夫に”変幻”し、甲斐甲斐しくも、お茶の用意を始めた。
フォシュニーオ翁は、人の姿のまま、近くにあった円座に腰を下ろすと、所在無げに立っているマニューエに声を掛けた。
「楽に、楽に。 マニューエ、今日からここが、うぬが棲家よ。 あ奴が居た頃のように、文庫でもなんでも漁るがいい」
と、朗らかに笑った。
マニューエは動揺しながらも、礼を失する事の無いよう辺りを見回した。余りにも日常的な光景と、温かい空気。ヴァイスも茶器の用意が出来たのか、盆をもってこちらにやって来た。
車座に座るフォシュニーオ翁、タケト、ヴァイス。中央に茶器の乗った盆。一角の開いた席が彼女の為に用意された場所だった。 ヴァイスが視線で、”どうぞ”と語り掛けた。
マニューエは戸惑いつつも、用意された場所にペタリと座った。皆の前に茶が配られた。
フォシュニーオ翁は、近くにいたタケトに顔を寄せると、彼の耳元で囁いた。
「とても聡明で優しい御子じゃの。 どこで出会った?」
「奴隷市場で死にかけてた。周りを泡食った精霊達が飛び回ってた」
「なに! なんで儂にその事を言わなんだ。」
フォシュニーオ翁は、タケトをグッと睨みながら問い詰めた。
「言わんで良いことは言わない。時間も無かったし」
「しかし、なんで、そんな所におったんじゃ? 天秤が大きく傾かしぐぞ」
「”運”が途轍もなく悪かったんだ。其れを、修正する為に”あの方が私に直接、頼んできた”って、云ったじゃん」
「そうだったかの?」
「そうだよ」
ちょっと、空を仰ぐような仕草をするフォシュニーオ翁。そうそうと、話を継いだ。
「そういえば、水の精霊女王の処での騒ぎはなんぞ? 長老共が騒いでおったが?」
「マニューエの話を聞いたら、ぶち切れちまって、六大精霊を全員、具現化しちまった」
「馬鹿者め! そんな事をすれば、お前自身ただでは済まんぞ!」
「あんまりな事に、我を忘れた。後悔はしてない。・・・そうそう、お師匠さん、”また、新しい扉を開けたな”って、何の事です?」
「おまえ、自分では判っておらんのか?」
キョトンとするタケトにフォシュニーオ翁は”やれやれ、この者は”と、云うように頭を振り言葉を続けた。
「お前、新たな”呪印”を得たぞ」
「はぁ?」
「精霊神様のお許しが出たようじゃの。 ”呪印帳”を、展開して確認してみろ」
のそのそと、”呪印帳”を展開するタケト。 ”呪印帳”自らが使用できる呪印の一覧 極一般的な発火の”呪印”から、”喪われし古呪”と呼ばれる高高度なものまで、タケトの前に薄緑色に発光する呪印がザッと並んだ。
タケトの見覚えのない”呪印”あった。
「”大精霊召喚呪印” 儂の文庫に有って、お前も盗み見た”もの”であろう。 ”喪われし古呪”の一つで、精霊神様の許可がなければ、呪印の構造を理解する事も、解呪する事も出来ぬ ”最高度呪印” じゃ。マニューエの心を救う事であの方も、ついにお許しになられたんじゃろ」
茶を喫しならが、フォシュニーオ翁はそう説明した。ヴァイスがはっとして、タケトに語り掛けた。
「兄者、それが解呪できたとすると、兄者は精霊魔法導師の号を得た事になりますな」
「はぁ? 俺が? 精霊魔法導師? なんで?」
「・・・兄者、・・・兄者は、あまりにも自覚が足りません。 ”喪われし古呪”を使う人族など、兄者以外に、見た事も、聞いた事もありませぬ。精霊神様が”御認め”になった精霊魔法使いならば、当たり前ではございませんか」
「し、白よ、・・あ、あれは・・・たまたま・・・」
フォシュニーオ翁が ワハハと破顔した。
「お前、ついに並んだの、この儂に。精霊魔法導師は、最高位魔術師と同格。 なんなら、マニューエを弟子にとれ。 精霊魔法導師ならば、後進の指導もその役割の内といえるぞ」
精霊魔法使いと魔法使い どちらも”本物”の数は少ない。
引き出す事象はよく似ているが、『体系』が全く異なる。
精霊魔法使いは、精霊の力を借り現象をおこす。精霊の力を借りる際、必要とされるのが”印”と呼ばれる魔方陣だった。 ”印”を起動するために自身のマジカを消費する。タケトの言葉を借りるならば、”印”にマジカを流し込むということになる。”印”が起動し精霊が力を貸し、現象が始まる。 俗に”魔技”と呼ばれている。 ”マギ”は一般のマジカ容量の少ない人々でもある程度使用でき、生活にも密着している。羊皮紙や、奉書紙書かれた”印”に、自らのマジカを流し、結果を得る”魔技”とは違い、自身のマジカを使用し、空間に複雑な魔方陣を”その場”で展開する事を”呪印”という。”呪印”が出来る者は、少ない。魔法使いと同じくらい貴重な存在だった。彼らをして、精霊魔法使いと呼ぶ。
これに対し、魔法使いは、術者の心に思う様々な現象を、自身のマジカを代償に、物理法則を超えた様々な現象を引き起こす。魔法の行使には、魔法の”才能”と大量の”マジカ”と”呪文”の詠唱が必要だった。魔法を行使する才能と、マジカと、呪文の知識を持った者は少い。王侯貴族の血の中に、その才能は有るとされ、現に多くの魔法使いは、王侯貴族達の中から出現していた。
彼らの中から多くの魔法使いが出現する、もう一つの理由は、王侯貴族の子弟は十二歳に成ると、神聖アートランド帝国帝都に赴き、王立学園に入学する。王立学園では、”能力のある者”を見極め、教え、導く。精霊魔法使と魔法使いは、この世界では、大変手厚く養成され保護されている。
マニューエは三人の話を ただ、ただ、聞いていた。 「冬の静謐」の魔法図書館で読込んだ様々な古書の内容が現実となって今、此処に横たわっている。マスターと一緒に居たいと願う心に、一つの道が開いた。そう、マスターを先達に、先生に、師匠に。 そうすれば、マスターから離れなくてすむ。これから、自分の進むべき道を照らし出してくれる一条の光として、彼女は認識した。
「どうぞ、お願いします。 マスター、私の”先生”になってください」
タケトはフォシュニーオ翁とマニューエの言葉に憮然となった。
”また、厄介な事を・・・”
偽らざる、タケトの本音だった。
しかし・・・
キラキラと光るマニューエの瞳。絶大な信頼と尊敬の念をその瞳に宿し、タケトの許諾をじっと待つ。タケトもその祈る様な瞳を見ると、”嫌”とは言えなくなってしまった。
「なにぶん、やった事無いし・・・うまく教えてあげる事出来るか分からないけど・・・私が先生でいいなら、構わないよ。しかし、初めてのとる弟子が”最強の魔法使いの弟子”っすか・・・ワタシニ出来ルノカシラ」
戸惑いながらも、そう許諾をマニューエに与えた。
ガハハッ と、大きく笑いながら、フォシュニーオ翁はタケトに言った。
「これで、お前は、この”御子”の師だ。 儂が証人じゃ ヴァイスもな。もう逃げられんぞ」
続けて、マニューエにも、
「果てしもなく遠い道に入ったわけじゃが、これで御子よ、お前は最高の導師を二人得た、正に至極の『魔術師の弟子』じゃな。 励めよ」
マニューエは、大きく、しっかと頷いた。
第二章終了です。 マニューエ これから頑張ります。 ポーターお仕事どうするんでしょう?




