金天秤 光の上皿: 魔法使いの弟子っすか その9
さぁ、最後は、お師匠さんだ
純白の大理石が敷き詰められた広場。陽の光が燦々と降り注ぎ、空間を光で満たしていた。広場は参道のように真っ直ぐな中央の道が有り、周囲を石造りの回廊が巡っていた。両翼の回廊の前に蜷局を巻いた龍が六体居た。 鱗の色が其々違うが、皆、長龍族だった。
”天空を駆ける龍に二種族有。南大陸の長龍族と 北大陸の翼龍族 『魔法』と『魔導』 ”最高位魔術師”と”大賢者”、絶対無二の存在にして『世界の要』”
古の魔術書に書かれたいた文言を思い出したマニューエは自然と頭を垂れ、歩みは慎重なものとなった。音を立てず、継足で進む。書物には、龍塞の大聖堂を歩む時、一歩一歩に感謝と尊敬と畏怖を込めなければ為らない、とあった。たとえ、書かれて居なくても、マニューエにはそうしないと一歩も歩めないとおもった。”祈りと願い”この場所を現す言葉はその二言ですべてだった。
ヴァイスはその様子を横目で見て、目を細めた。
”よく学んでいる”
そう言いたげな視線だった。
「先ずは『赤』様」
タケトの言葉で、三人は燃える様に赤い鱗の龍の前に立った。 赤龍の目が開き、マニューエを射竦める様に見る。やがて赤龍は目をつむり少しだけ口を開けた。吐息が漏れた。 三人の前に緋色のローブを着た老人が出現し、頭を垂れ両手を広げた。
「ありがとうございます 『赤』様」
タケトがそう告げる。 マニューエは先ほどヴァイスにしたのと同じ礼をした。
「マニューエ=ドゥ=ルーチェと申します。『赤』様。今後とも、どうそ宜しくお願い申し上げます。」
一歩前に進み、スカートの仲程を持ち上げ、右足を軽く引き、左ひざを自然と曲げる。頭の角度は相手の足元を見る。緋色のローブを着た老人はもう一度頭を垂れた。ローブからちらりと見える口元に笑みが浮かんでいた。
三人は赤龍の前を離れた。
「んじゃぁ次は『青』様」
タケトとヴァイスはマニューエを連れ、次々と蜷局を巻いている龍の前へ行った。
『赤』、『青』、『白』、『黒』、『黄』、『緑』
其々の龍の前で鱗と同じ色のローブを着た老人が皆、口元に笑みを浮かべ、頭を垂れた。
「さぁ、最後は、お師匠さんだ」
タケトの声は楽しげだった。マニューエを挟んで隣を歩くヴァイスは驚きのあまり声も出ない。ローブを着た老人たちが頭を下げると言うのは、彼らのが信奉する大精霊が守護を与えている事を示している。
赤龍は、火の大精霊を
青龍は、水の大精霊を
白龍は、風の大精霊を
黒龍は、土の大精霊を
黄龍は、鉱の大精霊を
緑龍は、樹の大精霊を
信奉している。つまり、彼女は六大精霊の加護を受けている人族と云うことになる。ヴァイスは目を細めた。
”兄者・・・この御子の主たる守護精霊と云うのは・・・”
”そうだよ。六大精霊に頭を垂れさせる精霊は御二方だけ。此処は南大陸。あの方だけだよ”
”・・・それは・・・”
念話で二人が交わした言葉は、マニューエには届いていない。三人は参道を進み、聖堂中央の階を上がる。此処より先は特別に許された者か、初めて大聖堂に遣って来て、審問を受ける者しか、伺候出来ない。聖堂中央の玉座前に進む。光が聖堂天上の天窓から降り注ぐように落ちている。
中央玉座に一体の龍が蜷局を巻いていた。鱗の色は金色 光を受け神々しく輝いている。薄っすらと目を開ける。 マニューエをじっと見据える双眸。 瞳の力はこの上なく強い。圧倒されそうになりながらも、彼女は
「マニューエ=ドゥ=ルーチェと申します」
と、名前を告げ、一歩前に進み、スカートの仲程を持ち上げ、右足を軽く引き、左ひざを自然と曲げる。頭を垂れた。
”その名はそなたの物か?”
三人の頭の中に”念話”が届いた。
「はい、左様でございます」
”お前の中に『フェガリ=アポストル=キノドンダス』の名が有るが?」
「其れは、この「奴隷の印」封じたかつての名前です。もう二度と振り向かない為に敢えて封じた名前です」
”ふむ、では『マニューエ=ドゥ=ルーチェ』よ、お前の”真名”は何と云う?”
「・・・ありません。 真名を名付けるべき人より、”お前に授ける”真名”は無い。精霊の加護無き者に我が祖先の栄誉は必要ない”と。だから、私には、真名は有りません。」
金龍の一連の問いかけに、タケトは思わず”念話”で悪態をついた。
”お師匠さん、それは説明したろ! マニューエの傷を抉るな!”
金龍の瞳がジロリとタケトに向かう。タケトは平然とその強い視線を受け止める。金龍の体が発光し始めた。眩しすぎる光が聖堂内に溢れかえる。徐々に光が収束し輝く白いローブを着た老人が三人の前に立った。金龍の姿は無い。
「バカ者!・・・必要な問いかけじゃ! 名は魂に刻み込まれた自身の在り様。名を問うて虚偽の名を口にする者は、その魂も虚偽に満ちる。判らんわけではあるまい、七十二の名を持つ者よ」
人の形をした金龍は、タケトを叱った。
「そんな事は知り尽くしている。私がそうだから。しかし、この子は違う。へしゃげた魂を元の無垢な魂に戻すために、あの方にお願いした。 そして、新たな名を付けた。だから、この子はマニューエ=ドゥ=ルーチェであり、フェガリ=アポストル=キノドンダスではない。ないんだよ」
「だから、敢えて聞いたのじゃ。 身の内にフェガリ=アポストル=キノドンダスの名が残るのは何故かと。本来ならば聞く必要もあるまいて。何しろ、再び、生まれた訳じゃからな」
二人の言い争いに、マニューエが割って入った。
「マスターごめんなさい!・・・あの名前を、この「奴隷の印」に封じたのは、私の決意の証明。 いついかなる時も、決して振り返らない。何処までも、何時までもマスターについて行くという、私の決意の証明なんです。この印に封じた一番最後の記憶は。マスターと出逢った時の記憶です。絶対に忘れたくありません。だから、・・・だから、誰に、なんと言われようと、もう傷つきません。私はマニューエ=ドゥ=ルーチェですから」
沈黙がその場を覆った。金龍の目から厳しい光が抜け落ち、何処までも優しい光となった。やがて、意を決したように、マニューエの方に向き直り、彼は宣言した。
「儂は、長龍族 最長老フォシュニーオ=プロショポルじゃ 『龍族の片王』と呼ばれており、最高位魔術師の称号を光の精霊神様から戴いておる。すまなんだ。一点の疑念でも晴らしておかねばならん立場なんじゃ。 宜しい、マニューエ=ドゥ=ルーチェ 今、この時をもって我が弟子と名乗るがいい。大聖堂にて、十分に学ぶがいい。儂が導師となろう」
余りの言葉にマニューエは、驚き怖れ慄いた。 自分が”最高位魔術師”の弟子? ここで学ぶ? 全部を一度に受け止める事が出来なかった。
「良かったな、マニューエ殿。 此れから、同じ弟子の立場だ。共に学ぼうぞ」
遠くにヴァイスの声が聞こえたが、マニューエには現実感がまるで無かった。
次回:金天秤 光の上皿:終章




