金天秤 光の上皿: 魔法使いの弟子っすか その7
ご飯にしよう。
目が覚めると、タケトは、自分が簡易テントの中にいる事を理解した。寝袋が重ねられているのだろうか、硬い地面が柔らかく感じられた。上掛けも掛けられ、”誰か”が十分な介抱をしてくれていたことが伺えた。
意識を失う寸前は、立って少女の顔を見ていたような気がした。ふらつく記憶を辿ってみる。まだ、少し朦朧としているが、何を聞き、何が起こったのか、理解した。
”少女の語る壮絶な過去”
能力もないのに、周囲を偽り続ける、高位聖職者
権威の言葉を鵜吞みにし、大切な者を投げ捨てた血縁者
恩寵を与えたのにも関わらず、状況の悪化を防ぐことが出来なかった精霊達
全ての事柄に怒りを覚え、我を忘れた結果、
後先考えず、膨大なマジカを消費する”精霊召喚”を意図せず行った事、
自分を依り代に最高神”光の精霊神”を具現化してしまった事。
その結果、自分の持つマジカが枯渇したこと。
事が済んで、自分を取り戻した後、自分がマニューエと名付けた少女の目の前で意識が無くなった事。
全てを思い出し、自分の状況がかなりヤバかった事を自覚した。
”無茶苦茶したなぁ。良く生きてたもんだ・・・って。 どの位で帰って来れたんだろぅ”
そろそろと、上体を起こし、周囲を見回すと、視界の端にマニューエの姿が見えた。此方に気が付いたようだった。急ぎ足で自分のもとに来ると、弾んだ声で
「マスター! よかった、目が覚めて!」
と、話し始めた。 よほど具合が悪そうに見えたのだろう、彼女の瞳には、不安と心配の光が強く浮かんでいた。
「・・・だ、大丈夫ですか?・・・」
そんな心が、声を震わせていた。タケトは苦笑いを浮かべながら、
「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから。 どの位眠っていた?」
安心させる様に、出来るだけ柔らかくそう答えると、まだ、心配そうにマニューエは答えた。
「・・・み、三日間眠り続けてました・・・」
「三日間か・・・この『水の精霊女王の安息地』なら、完調に成ったってところかぁ。 心配かけたなぁ ごめんよ」
「・・・いえ、そんな・・・」
「何か、食べた? あぁ、鞄の中に一か月分くらいの食料は入れておいたけど、判ったぁ?」
タケトが言った”鞄”とは、この森に入る前に彼女に渡した収納鞄だった。 タケトは”荷運び人”を生業としているので、いつも、予備の収納鞄は常備している。もちろん全てに”持運び重量消失”と、”容量最大拡張”の符呪を付加して有った。
「・・・はぃ」
小声で呟くように、罪悪感めいた感情を乗せた声がタケトの耳に届いた。またも、苦笑いしか出てこない。
「君にあげたんだから、君の物だよマニューエ。 何も気に病む必要はないよぅ」
「でも、マスター・・・あれは、凄い量の物が入ってます。 あんなに貰う事は・・・」
「何言ってるの? 何処へ行くにしても、あれくらい無かったら困るよ?」
成人男子なら、サバイバルキット一つでいいが、年端もいかない”世間知らずの女の子”が生きて行くには、辺境は厳しすぎる。あれもこれもとタケトが入れた結果だった。
「・・・」
タケトの言葉に無言で答える。その眼は”なんで、私なんかに”と、云っていた。その眼を見てタケトは決めた。早々に誰か彼女を”指導”出来る者に託さねばならないと。とにかくマニューエは自己評価が低すぎる。環境と状況が彼女を貶めている。
タケトの行動は早かった。マジカも回復している。体力も問題無い、ちょっと眩暈がするが。”遠話の呪印”を素早く組み、自分の知る中で最も彼女に必要な”もの”与えられそうな者に話しかけた。
”あー、あー 聞こえますか? お師匠さん”
眠たげな声が、タケトの頭の中に響いた。
”なんじゃ? おお、お前か。 まだ、そんな名で儂をよぶか。馬鹿者め”
”よかった、繋がってんじゃん。 お師匠さんって呼んで、答えたんだから、貴方は私の”お師匠さん”でしょう”
この世界に存在するすべての『人語を解する』者は、相互に認識さえあれば、この”遠話の呪印”を使用する事が出来る。両者が何処にいても、どんなに離れていても、一定時間の間『思念』で会話する事が出来る。この便利な呪印も反面、呪印を組む時、相手先の名前を組み込むため、常に一対一の会話しかできないし、会話できる時間も術者の経験値に依存する。
”・・・わかった、わかった。でじゃ、なんの用じゃ? 久しく顔も見せないくせに、いきなり話しかけてきて”
”いや、実はですね・・・”
これまでの経緯を手短に話して、マニューエの事を頼みたい事を伝えた 頭の中の声は暫く考えるような間を持ったが、こう切り出した。
”迎えをやる。儂の処に一緒に来い。一度、本人を見てから決める”
”頼みますよ~~~。 私じゃ役不足っすよ。 それに、彼女を買っちゃった本人なんだから、あの子にしたら、御主人様は、決定事項みたいだし・・・お願いしますよ~~”
”だから、連れて来いと言っているじゃろ!馬鹿者め。決めるのは儂じゃ。お前でも、その娘とやらでも無いわい!”
”あ~~~っ いいっすよ。連れていきますよ。わ・か・り・ま・し・た! ・・・でも、気に入ると思いますよぉ”
”使いを遣る、其処で待っとけ”
”はい、お師匠さん”
少し間を置いて声が続いた。
”・・・それとな、お前”
”はい?”
”また、新しい扉を開けたな、重畳、重畳”
”なんの事です?”
”着いたら、教えてやる”
”えぇ~~~~”
”じゃぁの”
タケトの組んだ”遠話の呪印”が限度時間に達し崩れた。何だよもぉ、と、半分声を出しながらも、取り敢えず、繋ぎが取れた事は良かったと思った。此方を心配そうに見ているマニューエに、タケトは声を掛けた。
「マニューエ、私もお腹すいたし、出発したら、ちょっと、いや、かなり歩く事になるから、ご飯にしよう。いいかい?」
彼女に向かってニコリと笑う。マニューエもそんなタケトを見てホッとしたのか、今度ははっきりとした声で、しっかりと答えた。
「はい、マスター 準備します!」
まだ体調が優れず、惚けているようにしか見えなかった、タケトからの案外しっかりした言葉。マニューエは嬉しそうに、自分の鞄を収納鞄に手を突っ込んだ。




