金天秤 光の上皿: 魔法使いの弟子っすか その6
明日、起きら・・れる・かな・・
タケトはもう、自分の怒りが制御できなかった。精霊に対して、ぞんざいな口調に成ったことも、感情の限界を通り越したタケトには、どうでもいい事だった。
「お前は、お前が自分で勝手に決めちまってる様な者じゃねぇ、お前に与えられている精霊の加護、具現化してやる! おい、聞いてたか! 聞いてるよな! こんなに”ひしゃげちまった”魂、見た事ねぇ。 おい、激怒する位なら、姿見せやがれ! 土の大精霊!」
ドカンと爆音がした。 ネアセリニの前に土の巨人が立ち上がり、恭しく頭を垂れ、膝を付き、忠誠を誓う。
「風の大精霊! 樹の大精霊! 火の大精霊! お前達は!」
豪と突風が吹き、透明な体の風の巨人が、 轟と岩の間から火炎が噴き出し、深紅の体の火の巨人が、メリメリと轟音を立てながら、巨大樹の森から出てきた 樹の巨人が、それぞれ土の巨人と同じ様にネアセリニに忠誠を誓う。
「水の精霊女王!まさか認めんとは言わんよな! 鉱の大精霊!お前の守りたい者は誰だ!」
湖の湖面が吹きあがり、優雅な精霊女王が出現、フワリと頭を下げた。 土の巨人の傍らの地面が割れ、研ぎ澄まされ、鍛え上げられて一振りのハルバードが立ち上って来た。地面の裂け目から出現したハルバードは、土の巨人の手に収まる。 特徴的なハルバードの穂先に、ネアセリニは、呟いた。
「あっ、あれはノルトガルズ公国の始祖、ランツェ=ドゥン=キノドンダス様の武器・・・」
大精霊の具現化には、大量のマジカを使用する。通常は精霊一柱を具現化するだけでも、即死に至る程のマジカだったはず。 怒りに任せ、六大精霊すべてを呼び出したタケトは、其処に光の精霊神の意思を見た。例の上位回路が開いて、光の精霊神様から直接マジカを譲り貰っている。 つまり、これは、古の誓約の行使・・・
「光の精霊神様、怒りに我を失いました事、誠に申し訳ございません。 しかし、これ程まで傷ついた魂を私は見た事がございません。 我の方陣では、この者の体すら全て癒すことは叶いません。 精霊神様の御業、お力を御貸頂き、せめて外見なりと癒して貰えないでしょうか? 自身を弁えない、分を超えた『お願い』では有りますが、何卒、お聞き入れください!」
タケトの体から、”輝き”が溢れでた。 タケト自身に凄まじい痛みが襲った。願いは聞き入れられた。タケトはその痛みに耐えた。光の精霊神がほんの一時だが、タケトの体を依り代とし、降臨した。
発光するタケトが伏せた視線を上げ、ネアセリニを慈愛に富んだ視線を投げかけた。
「貴女は、私の加護を受けるべき人の器。 壊れそうなその器、この者の能力を介し、癒しましょう」
タケトの口から、鈴を鳴らすような、それでいて荘厳な声が綴られた。 すっと発光するタケトの右手が上がり、手のひらから光の帯が紡ぎ出される。 光帯は、ネアセリニの体を包み込み、ありとあらゆる傷を元に戻して行った。
「・・・精霊神様・・・ 私、お願いがあります」
「何なりと、申してみよ」
「・・・この印、消さないでください。 これは私の記憶、そして、私が、私でいる為の証・・・」
「判りました。良いでしょう。印に籠る邪術は解きました。傷だけが残ります。彼には、自分で伝えなさい」
光の帯がスルスルとほどけ、中からネアセリニが戻って来た。
浅銀色の髪は、腰まで延び、薄緑の瞳は何処までも澄み渡り、月明かりに照らし出された肌は陶磁器のように滑らかだった。彼女本来の美しさが呼び戻され、磨かれ、具現した。
「さて、大精霊達よ、この場を去るがいい。さもなくば、我等が分銅は壊れてしまう。良いか。」
一斉に頷く巨人たち。 解けるように、砕けるように、霧散するように、それぞれの方法で、それぞれの在るべき場所へ戻っていった。
タケトの体から、”輝き”が、薄らいでいった。タケトの意識が戻った直後、彼の意識に直接語り掛けた言葉があった。
『ありがとう』
大精霊の言葉だった。
その言葉に、自分の働いた”無礼”を思い出し、謝罪する。 しかし、一応”言い訳”も付けておくタケト。
”怒りに我を忘れました。ごめんなさい。 しかし、私の怒り・・・”正当な”感情でしょう?”
彼は、光の精霊神が苦笑したような気がした。
完全に意識を取り戻し、ネアセリニの前に立った。 辺りは大精霊の巨人達が具現化する前と同様の静けさに押し包まれていた。
「マスター! 有難う御座いました。私、私は大丈夫です。 自分が世界に疎んじられて居なかった事を理解しました。精霊様達の加護が有る事も理解出来ました。 それと、・・・マスターから、名前を頂けるんですよね。 楽しみです!」
目の前の少女が、すっかりと様変わりしたのをみて、タケトは安堵したが、相変わらずの御主人様と彼女が呼ぶのには、閉口した。
「だから、ポーターと呼んでくれよぅ」
そう言うタケトだった。そんな彼を見て、ネアセリニは、襟ぐりを開き、左胸の上の方を見せた。タケトは絶句した。そこには、焼き鏝で刻印された、「奴隷の印」が”まだ”あったからだ。
「もう、機能はしません。 精霊神様がすべて取り払ってくださいました」
「だったら・・・」
「私が、残して置いて欲しいと頼みました。 何故なら、この印は、私が、私でいられる証。御主人様と巡り合えた証なのです。 この印が有る限り、過去とは決別できます。そして、この印が有る限り、貴方は私のマスターです」
タケトはもう、なんと言っていいか分からなくなった。しかし、一つだけ理解したことがあった。自分の”通り名”に七十三番目の新しい名前が一つ加えられたとを。
振り仰ぐと二つの満月が天空に掛かっていた。
「君に新しい名前をあげよう。 マニューエ=ドゥ=ルーチェ 二つの満月の光。どうかな?」
「マニューエ=ドゥ=ルーチェ・・・良き名を・・本当に良き名を、ありがたく頂戴いたします」
満足そうな満面の笑みを浮かべる彼女の顔を、これまた満足そうに見ていたタケト。突然足から力が抜けた。もう体を自分で支える事が出来なくなった。
”なんだか、とても疲れた。 とても、とても・・・マジカの揺り返し・・か・明日、起きら・・れる・かな・・”
直後、とてつもない疲労感が襲ってきた。タケトは、その場に崩れ落ちるように倒れ、深い眠りに落ちていった。遠くで、マニューエの声が聞こえたが、意識は戻らなかった。
神様、引きずり出しちゃった。 そして、どこへ行ったのか? 魔法使いは!




