金天秤 光の上皿: 魔法使いの弟子っすか その5
うああぁぁぁ・・・ちょっと光の精霊神様! 何やってんの!
月の光が優しくネアセリニを包んでいた。意を決し、全てを話そうとした彼女の体は震えていた。
夜風が湖面を渡る、炉の中の火がチロチロと暖気を送っていた。
「私の父は、ノルトガルズ公国の国王 エドアルド=エスパーダ=キノドンダス上級侯爵 『帝国の”牙剣”』の二つ名を持つ方です。」
ネアセリニは、語りだした。
「生まれ落ちたその時、私には傍らに姉妹が居ました。 彼女は”アナトリー=アポストル=キノドンダス”、私は、フェガリ=アポストル=キノドンダスと名付けられました」
月明かりを見ながらそう続ける彼女に、タケトは口を出さなかった。彼女は遠くを見つめ、生まれ落ち、物心がつく前の事を、メイド達が教えてくれた事を話し出した。 彼女の記憶に有る一番古い物は、母親の顔だった。母親の顔だけを思い出しながら、話を続けた。
「一歳の誕生日までは、姉妹と二人一緒に育ててもらいましたが、一歳の誕生日に父王が二人を分かちました。 姉妹は金髪、碧眼、ぬけるように白い肌を持ち、大変愛らしく笑顔が絶えない御子だったそうです。一目で光の精霊神様の御加護と恩寵を受けていると判るくらい。周囲を照らし出すような笑顔を振りまいている大変美しい御子であると、後で聞きました。 私はこの通り、薄灰色の髪、淡く暗い蒼い目、くすんだ白い肌、その上表情を露わにしない、ちょっと不気味な子供だったそうです。」
何の表情も浮かべず、ただ、事実を伝え聞くように語る ネアセリニ。
”ネアセリニは、双子だったのかぁ んっ?・・キノドンダス上級侯爵の御子って確か二男一女だろ? あれっ? まぁ、双子の一人が隠されて居るなんて話は、何処でもあるけど・・・ これだけの精霊達に祝福されているのに・・・あの光の精霊神様のご加護さえある身なのに、何でネアセリニが隠されたんだ・・・ えっ・・・で、そのご令嬢がなんであんな処に居たんだ?”
タケトの脳裏に、ネアセリニの口から出る言葉に、次々と疑問が浮かんできた。
彼女は、さらに続けた。
「・・・三歳の誕生日は姉妹の後ろで、・・・五歳の誕生日は自室で過ごしました。・・・七歳の誕生日直前に神聖アートランド帝国の神聖大聖堂から、エセラオエ大司教様が公国に行幸され、私達姉妹に祝福と、精霊加護の審問を行われました。 まぁ結果は最初から判っていましたが、姉妹が「光の精霊神様」の御加護と恩寵に預かって、私には・・・どの精霊も恩寵を与えていないと断ぜられました。あの時のお兄様達と姉妹の顔、御父様と御母様の顔・・・今でも思い出します。何というか、・・・あの土牢の一番偉い人が私を見るような眼で見ていました」
彼女の顔が心なしか歪んだ。記憶の中の顔がどの様なものだっのか、タケトには判らない。しかし、彼女の表情に潰れそうな心が読み取れた。
”うそっん、こんなにはっきりと恩寵貰ってるのに、なんで、そんな事になるんだ? エセラオエ大司教ってそこまで盆暗なのか? たしか、アレの親って上級大司教で、枢機卿だろ???? 教会大丈夫か? しかも、その言葉を真に受けた親兄弟が、奴隷市場の支配人の目でこの子をみたって・・・君、ドンダケヒサンナノ・・・”
後を続けるネアセリニの表情に、タケトはもう、諦観の二文字しか読み取れなかった。
「その後、五年間、十二歳に成るまで、私は公都宮殿『北の静謐』と言う建物の中で暮らすようにと言われ、其処から出る事を禁じられました。外に出られないので、ひたすら読書しておりました。幸いな事に、『北の静謐』の中には魔術図書室があり、初頭教育から専門教育に関する文献が豊富に揃っておりましたので、読み漁りました。 他の事はあまり記憶に残らなかったのですが、魔術関連の本は、どういうわけか、大変興味がわき、読み進める事が出来るようになりました。そうですね・・・あの頃から、誰も私に話しかけてくれなくなりました・・・陰で私の事をネアセリニ(新月の姫)と呼ぶようになりました。 精霊の誰一人として恩寵を与えなかった、月の名を持つ姫と」
言葉の端に、自嘲の響きがあった。 自分が誰の恩寵も受けて生まれて来れなかった事に、怒りよりも悲しみが有った。五年の月日、彼女は唯々、世界が自分を必要としないと思い込まされる毎日だったようだ。
”あちゃぁ・・・盆暗大司教のせいで、光の精霊神様の加護持ちが・・・”
タケトの心の奥底で、沸々を怒りが沸き始めた。
彼女は続ける、
「十二歳に成った時、御父様から呼ばれました。・・・私達の国では、十二歳に成る時、”真名”の命名が行われます。また、貴族の子弟は神聖アートランド帝国帝都に赴き、王立学園に入学し、貴族、王族の教育をうけます。・・・私も”真名”を受け、王立学園に赴くのだと思っておりました。 御父様は”お前に授ける”真名”は無い。精霊の加護無き者に我が祖先の栄誉は必要ない。レテの城へ行け”と」
”うわっ えぐっ。 そりゃ、本当に精霊加護無しの王族じゃぁ、国の基盤運営にかかわるけどさぁ・・なにも魔人族支配領域と隣接する「レテ」に行けってのは・・・あそこは・・・こんな女の子、放り込んじゃいけない場所だろ”
彼女が口にした「レテの城」 龍背骨山脈を、ケントルム海から流れ出る大河オブリービオ川が割って、西ザブリット海に注ぐ。 北と南の大陸を分かつ巨大な川・・・いや、もう海と言えるその川のほとりにレテの城塞は有った。
”城塞都市”「レテ」:魔人族の支配領域と接する、神聖アートランド帝国でも極めて危険、かつ粗暴な都市だった。魔人族の支配領域からの距離が一番近く、一度、魔人族との戦が起こると、一番先に標的になる町。町は常に戦闘準備状態で、兵士も、住人も気の休まる場所では無かった。だからこそ、神聖アートランド帝国の中でも無類の武勇を誇る家系がその地を治めていた。
「姉妹の帝都へ赴く豪華な馬車の行列が公都の御城から出発していく音が、『北の静謐』にも届いていました。 御父様の御声も遠くに聞こえました。私のような、精霊様の加護が無い娘は、帝都に赴く訳には行きませんでした。 姉妹の出立の音が聞こえなくなった頃、私も、御城北門からレテ城塞に向かう為に、出発しました。 従者は御父様の意向で誰も付かず、一人きりに成ってしました。当然ですよね、なんの力も持ってない私なんかを、見送る必要も、かける言葉も、無いですよね・・・」
最後の方からは声が震え、双眸から涙が溢れてきたネアセリニ。そんな彼女にタケトはかける言葉すら失った。代わりに怒りがこみ上げてきた。
「三日後、馬車が夜盗に襲われて、そこからは・・・ごめんなさい。 最後はマスターと会ったところです」
怒りに、酔うことが極めて稀なタケト。 ネアセリニの告白を耳にして、ついに彼の怒りは溢れだした。怒りの矛先は、そう・・・
”うああぁぁぁ・・・ちょっと光の精霊神様! 何やってんの!貴方の加護持ちですよ、この子は! 大精霊共!何か云う事ないのか!!!”
タケトの中で、ちょっとした、感情の爆発が起こった。周囲の精霊がビクッと慄いた。
”いくら不干渉とは言っても・・・あんたらなら幾らでも遣りようはあったでしょうが!!」
”ごめんね”
”ごめんね”
”ごめんね”
タケトの怒りの爆発に、「火」、「樹」、「鉱」、「地」、「水」、「風」の精霊達が、口々に謝罪を始めた。今まで、ただ聞いていただけだったネアセリニの告白に、初めてタケトは口を開いた、
「名前・・・変えよう。 呼び名を。 ”真名”は私じゃ役不足だから、それはまた今度。 そんな悲しい記憶、全部忘れちまえ!」
タケトの言葉に一瞬居を付かれた彼女は、彼の言葉の意味を理解できていなかった。
「えっ? マスター・・・」
勢いに任せたら、トンデモナイ事になってシマッタ・・・




