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彼の地にて:その者、金天秤の均衡を計る金の分銅  作者: 龍槍 椀
金天秤 光の上皿: 魔法使いの弟子っすか
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金天秤 光の上皿: 魔法使いの弟子っすか その4

どうぞ・・・おいしく入ったかなぁ

 黒の森と周辺の住民達にそう呼ばれている巨大樹の森。 昼間でも薄暗い森の小道は夜ともなれば漆黒の闇の帳に覆われる。 灯火が無ければ一寸先も見えない、そんな森の小道、タケトと少女は歩いていた。


 サクサク落ち葉を踏む音が、二人の間に有った。 漆黒の闇の中でもタケトの目は森の小道を捉えている。

 少女の首からはもう『首輪』は外れている。黒の森の入り口で、タケトは首輪に掛かっている奴隷の禁呪を破り、それを外したからだった。


*************


「もう、君は奴隷ではないよ」


 黒い森の入り口で、タケトは少女にそう言った。 首輪に仕掛けてある禁呪は、良く見知っている物だったし、精霊達が”早く、早く”と解呪をせがんでいた。此処まで来れば、人の目も無いし、時間は夜だし、タケトは禁呪に触れ、その効力を奪った。首輪の周りに紅い光が輪になって浮かび上がり、外周から光の粒となって虚空に消えていった。首輪の金具が塵になり、彼女の首から鎖ごと滑り落ちた。


主人が首輪を外すとはつまり、その奴隷を開放するという意味だった。


 普通、奴隷を買った者は、外に出せない汚い仕事させる為に、自分の欲望を満たす為に、そして、自分が奴隷を所持しているという事実を表の世界に漏らさないように、彼らが死ぬまで所有し続ける。余りに酷い仕打ちに、主人の殺害を思う者達もいるが、首輪がそれを察知すると、「奴隷の印」が彼らに「この上の無い苦痛」を与える。「奴隷の印」を持つ者は、主人に対し、絶対服従で生殺与奪権は主人にあった。「首輪」からの解放、決して訪れない”その時”を、彼らはずっと夢見る。


 それをあっさりとタケトは実行した。足元に落ちた首輪を、驚いたように見つめ、そしてタケトを見上げた少女。


「君を守護する精霊達は『君』が『奴隷』のままでいる事を、『望んで』いない。 精霊達に対立するなんて、バカな真似を私はしない。 ”奴隷” なんて、世界の均衡を狂わす物を私は必要としない。 君は自由だ。 思いのまま、好きな所で好きな様に暮らすといい。」


 少女は、館を出て少したってから、タケトが差出した村娘の着る、至極標準的まともな服を着ていた。


”そんなカッコしてる人を連れてたら、衛兵に一発で逮捕されちゃう。あの納屋の陰で着替えてきて”


 そんな言葉と共に渡されたのが、今着ている服だった。特別豪華では無いが、こざっぱりした印象を与えてくれる。幅広の肩紐のついたバックも一つ持たされている。斜め掛けにしたカバンは、タケトの予備の収納鞄。中には差し当たり必要そうな物が入っている。


「・・・御主人マスター様。 あの、その、私は・・・まだ、何も・・・」


 伏し目がちに少女はタケトにそう告げる。奴隷として買い取られ、幾ばくも無い内に開放してしまう彼の真意が良くわからなかった。たった今、説明されても、普通ならあり得ない。それに、彼女に飲ませた『回復薬』も金貨で取引される程、高価なものだと知っている。 さっき会ったばかりの死に掛けの奴隷に飲ませるような代物では無い。何を欲しているのか? 混乱していた。


「私は荷運ポーターび人。 御主人マスター様なんて、呼ばないでほしいな。」


 飄々と別の話題にすり替えるタケト。 彼女を見る視線は何処までも優しい。


「でも、貴方は、私の・・・御主人マスター様です。 私を、あの何も無い処から連れ出してくれました。 だから、私は、御主人マスター様に付いていきます。・・・何処までも」


 土牢の中で自分に言った「誓いの言葉」を口にした。


「それは、君の意思か? 奴隷の印の強制では無いのか?」


 タケトは辺りに浮かぶ精霊達に聞かせるように、少女に質問した。


「私の意思です」


 少女は、即答した。 自分自身への誓い、何より目の前の人への感謝。タケトは、そんな少女の前のめりな姿に、ちょっと困惑したが、笑顔で応えた。


「・・・うん、判った。では、意思の強さを見せてほしいな。 今から森に入る、灯火も付けない。見失ったら迷い道に入り、簡単に命を失う。それでもいいなら、付いてきなさい」


 タケトは、彼女の「意思の力」を確認するため、精霊達に決して強制しているわけでは無いと信じてもらうため、敢えて厳しい選択を彼女に示した。たとえ、自分に付いて来て、道に迷っても樹の精霊達が、きっと彼女を護って森の外まで連れ出してくれる。光の精霊神の加護を受けていると思われる彼女の「意思の力」を見たかった。


 *************


 サクサクサク      サクサクサク


 歩みを進める音が二つ、森の中に静かに響いている。タケトの目には土と樹の精霊フェアリーが、彼女が道に迷わぬように、タケトの跡を追えるように、前に引き、後ろから押しているのが見えている。 


 ”大精霊二柱のご加護かぁ・・・何だかもう・・自分にゃ、どうすることも出来ないよねぇ”


 ”ふぅ”と音に成らない溜息をつくタケト。巨大樹が疎らになり、やがて開けた場所に出た。タケトが向かう彼の家への丁度”中間地点”だった。彼の目の前に大きな湖があった。湖の水は何処までも澄み渡り、星空を映し出している。地上に描かれた天上の姿だった。


「綺麗・・・」


 少女が立ち止まり、肩で息をしていた其れまでとは打って変わって、その光景に感動したか、口を引き結び息をころして湖面を見詰めている。

 しきりに、少女の体力が限界に来ている事を精霊達がタケトに訴えていたので、今夜は此処で野営するつもりだった。


「もう、今日は、休むとしようかぁ。 あの大きな石が有るあたりが乾いた地面だから、あそこで野宿だな」


 すこし離れた場所にある巨岩を指し示すと、タケトは歩いた。巨岩の近く、アフェリアの白い花がそこかしこに咲き乱れる場所に着いた。彼は自分の荷物袋の中から寝袋ベッドロールと、簡単な茶器を取り出した。水差しも取り出し、”水精霊の女神様、少し分けてくださいな”と、口の中でそうタケトが唱えると、水差しの中に水が湧き出した。丁度、彼女が追いついた。


「お疲れ様。 君のバッグの中にも寝袋ベッドロールが入っているから、使うといい」


 そういってから、彼は茶器に向き直った。

 火種を火の精霊にねだり、石を組んだ炉に火をおこす。 ヤカンに水差しから水を入れ火にかけると、荷物袋の中から小さな茶缶を取り出した。 密閉された蓋を開けると、スプーンで一匙、ポットの中に入れる。

 湯が沸いてきた。 慎重に温度を確かめてから、ポットに湯を注ぐ。 古惚けてはいるが、手入れの行き届いたティーカップを二つ用意し、ヤカンの湯を注ぎ入れる。


 ふと、目を上げると、少女がこちらを伺っていた。


「夜も遅いし、よく眠れるようにお茶にでもしようかと思ってねぇ」


 タケトは彼女の視線がポットに向かっているのに気が付いた。クンと鼻を鳴らし、匂いを嗅いだ彼女は、タケトが思いもしなかった言葉を紡ぎ出した。


「アラルフォード産、特級ファインティッピーゴールデンフラワリーオレンジペコ。香り豊かで、良い夢に誘われそうですね。」


 手に持つカップを落としそうになりながら、彼は答えた。


「ええっ、まぁ、そうなんですけど、なんで知ってるんかな?」

「特別な日に頂いた記憶があります」

「・・・そう・・なんだ」


 絶句した。この銘柄、この等級の茶は王侯ですらなかなかと手に入らない逸品で、彼もまた、さっきまで居た館の『顔役』から金貨を巻き上げられながらも手に入れた物だった。 光の精霊神様の守護持ちと言うことで、彼女ではなく、精霊神様に捧げるつもりで淹れていた。特別な日とは言ったが、そうおいそれと飲める代物では無い。


「そろそろ、葉が開きますね」

「あぁ」


 ”タイミングまで、ばっちり。本当に飲んだことあるんだ” ティーカップの湯を捨て、ポットの茶を注ぎ入れる。ゴールデンドロップがカップの中に滑り落ちたあと、彼女に差し出した。


「どうぞ・・・おいしく入ったかなぁ」


 彼女は細く白い手をそっと出して、カップを受け取った。 香りを楽しんだ後、愛らしい口をカップにつけた。


「美味しい」

「それは、良かった・・・君の意思はとてもよく見せてもらった。 ここまで逸れずについて来れたから、君の言葉は、君の本気だと思う。・・・さて、自己紹介でもするか」


 タケトは自分の分の紅茶を飲みながら、そう話し始めた。


荷運ポーターび人をしている。 私を知っている人達は皆、私をポーターと呼んでいるんで、君もそう呼んでくれないかなぁ。仕事は、依頼人から荷物を預かり、相手先にお届けする事。それと、ちょっとした『お願い事』を聞く事かな。で、君は?」


「はい・・・」


 手に持つティーカップに視線を落とし、言い淀む彼女は暫く無言だった。


「言いたくないんだったら、いいよ別に。君が悲しむとかすると、君の周りの精霊達も悲しむしねぇ」


 その言葉に、意を決したように少女は話し始めた。


「私、ネアセリニと呼ばれていました」


 辺りが急に明るくなった。二つある月の内、小さい方の月がやっと木々の間から天空に登り始めた。

 樹々の間から零れる月明かりが、ネアセリニの姿を鏡の水面に浮かび上がらせていた。


何とか、ほのぼの路線・・・かぁ?


※ 貨幣価値を確定 3/18

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