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彼の地にて:その者、金天秤の均衡を計る金の分銅  作者: 龍槍 椀
金天秤 光の上皿: 魔法使いの弟子っすか
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金天秤 光の上皿: 魔法使いの弟子っすか その2

うあぁ、やっぱ、来なきゃよかった


*表現ギリギリです。 内容 真っ黒 クロスケです。 どうぞよしなに。

 土牢の中だった。意識は、まだ落としてもらえない。激痛が如何しても許してくれない。


”もう、十分・・・よ・・ね”


 薄っすらと開いた瞼。 頑丈な鉄格子の向こう側、横倒しになった視界の先に、子牛程もある闘犬が居た。奴隷が素手で戦う、人気の出しショーの主役だと漏れ聞いた。人の血の味を覚えさせる為に、売れ残りの奴隷を餌として与える。現に何人かの体の不自由そうな子供が、檻に放り込まれ食べられる様を見せつけられていた。


 ”・・・生まれてから、初めて何かの役に立てそうだよ。私の体は細くて、あんまり食べるところ無いけど、美味しかったらいいな・・・”


 今は、腹が一杯なのか、闘犬は目を瞑り、凶暴な牙の突き出た顎を、組んだ前足の上に乗せ、静かな寝息を立てている。ぼぅっとした視界は、現実感がとても薄く、ガラス越しに世界を見ているような感じがしている。


 つい2か月前まで、腰まであった浅い灰色の髪は、斬々に刈られ今では(うなじすら寒い。 体中の傷が熱を持っていた。でも、それはあまり感じない。 理由は左胸の上の方に焼き付けられた奴隷の刻印の為。 ここに連れてこられ、首に鎖のついた革の首輪を着けられた後、巨漢の男に押さえつけられ、胸に「奴隷の印」を焼印された。 あまりの激痛に意識を失う事すら許されず、肉を焼く匂いと、紫色の煙が痛みの ”記憶” として刻印された。


 まだ、まったく癒えない焼印から、血がジクジクと滲み出し、少しでも体を動かすと、激痛が走る。体中の傷の痛みなど全く気にならないくらいに。


 ” 体力も、マジかも、もう何も残っていない。 もうすぐ痛みもわからなくなるかな・・・”


 薄れつつある意識の中で、彼女はそう考えていた。目の前にある、自分がこの世界から退場するという現実。彼女の意識をこの世界に繋ぎとめているのは ”痛み”  安らかな最後を願うことすら、彼女にとっては途方もない贅沢。 


 ”・・・なんで、生まれてきちゃったんだろ・・・っ痛”


 甘美な虚無に落ちようとする意識を、”痛み” がまた引き戻した。


 *************


 タケトは地下の奴隷市場に足を踏み入れた。入り口は何処にでもあるような扉。屈強な男が一人、扉の前に立っているだけだった。『顔役』から受け取った鍵を彼に見せると、何も言わずに扉を開けてくれた。


 扉の後ろの階段を無言で降りる。


 もう一枚の扉があった。 今度は鋼鉄製の頑丈なものだった。 軽くノックをすると、覗き窓に剣呑な目が現れた。 ここでも鍵を見せる。


 ガチャガチャと金属音が重苦しく響き、扉は開かれた。


 ”うあぁ、やっぱ、来なきゃよかった”


 タケトの偽らざる本心だった。 低い天井、薄暗い灯火、血と汚物と何だか分からない腐った匂い。鉄格子で区分けされた部屋の壁には赤黒いシミ。 人間の居るべき空間の対極にあるかのようなそこに、七、八人の人間らしき者達がいた。同じ空間に虐殺見世物ショー用の闘犬もいる。餓えては居ないが、それでも凶悪なオーラを周囲にぶちまけている。


 皆、一様に下を向き、有る者は繰り言を、有る者はヘラヘラ笑い、座り、横になり、其処にいた。灯火の数が少ない為か、顔はよく見えない。麻の貫頭衣と同じ素材のズボンは、どの奴隷も一様に酷いありさまだった。


 ”い、一応、”見て”みるか”


 余りの惨状に言葉がうまく出てこない。この薄汚れた場所に居るすべての人間らしき者達の中に目当ての人物が居るかもしれない。タケトはギルドマスターから聞いた、あの貴族の「姪の特徴」を ”探索の目” を使い探そうと印を結んだ。


 そのとたん、目の前に土の精霊が激怒して立っているのが判った。

 物言わぬ精霊、しかし、醸し出す雰囲気はまさしく激怒だった。


 ”うぉ! な、なんだ?”


 ”探索の目”は周囲にいる精霊を介し、目的の者や、物を探る。しかし、その仲介者である精霊が激怒している為、何もわからない。 さらに、タケトには何故精霊が激怒しているのかも、判らなかった。 精霊は常に世界に居る。 しかし、彼らは人には無関心だ。 彼らの注意を引こうとしても、高度な術式が必要で専門に ”精霊使い” なる職業すらある。 そんな精霊をして、激怒させている ”何か” がこの場所にはあると云うわけだ。


 ”ううっ。 何に怒ってらっしゃのか、判りかねますが、誰か他に意思疎通できる方いらっしゃいませんか?”


 ”助けて、助けてあげて”

 ”救って、救ってあげて”

 ”守って、守ってあげて”


 土の精霊の周囲を回る、マイクロサイズの火、水、樹、風、鉱の精霊フェアリーが、口々にそう云った。珍しい事も有る物だと、タケトは思った。通常、精霊は単体で存在する。相反する属性が彼らの中にあり、同時に出現すると暴発バーストしたりもする。 そんな彼らの主要6精霊が一堂に集まって口々に救済を求めている。


 ”えっ? 何ですか? 何を助けるんです?"


 ”あの子”

 ”あの子”

 ”あの子”


 精霊フェアリー達が指さす方向に、壁にもたれ掛かったまま、横倒しになっている子供が居た。年の頃は遠目に見ても十五歳以下、もちろん性別等は判らない。判らないが、タケトにトンデモナイ物が見えてきた。

 倒れている子供を精一杯の慈愛を込めて、光の精霊が見つめていた。


 ”光の精霊? これは・・・”


 ピキン! 頭の中に何かが弾ける。 その感覚は古の契約の履行を求めるものだった。


 ”せ、精霊神様? いったい、何が始まるんです? ”


 緊張にタケトは、身を固くした。


 ”お願いを聞いてはくれませぬか”


 突然の最上位精霊の語り掛け。タケトは茫然とした。


 ”あの者を、救ってやってはくれませんか”


 ”す、救う?私がですか?”


 ”もう時間はあまり残されていません。お願いです”


 ”それは、やっぱり、『アレ』がらみなんですよね”


 ”そうです。まさしく我らが願い”


 ”・・・是非もありませんね。判りました。 しかし、まず此処から出るために、決して、精霊の方々のお気に召すような態度は取れません。 どうぞ、よしなに”


 ”お願いを聞き入れて貰えるならば、彼らを押さえておきましょう”


 ”ありがたき事です”


 タケトは光の最上位精霊に心の中で深々と頭を下げると、その場の支配人に目配せをした、鷹揚に上から目線で。 支配人は、すぐさまタケトの側にやってきた。支配人の耳元でタケトは、囁くように言った。


「小さい子がいいな。 死にかけでも構わない。 安ければ尚よい。 どんな売り物がある?」


 ニヤリと下品な笑みを、タケトは頬に乗せた。

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