金天秤 光の上皿: 魔法使いの弟子っすか その1
行きたくねぇ、マジ、行きたくねぇ
龍背骨山脈の麓、深黒の森の入り口に、朽ちた館はあった。館の持ち主は、遠く国都に住まう、さる高貴な家柄の先々代当主。夏の別荘にと、建てたものだった。しかし、時の流れの中、その貴族の家は没落し、今は只の廃墟と化していた。
誰の物とも判らない廃墟の館は、何処の誰かも判らい者達に占拠されていた。周辺の村々も一切、関わろうとはせず、一種の治外法権の様相を見せていた。
夜盗、山賊、詐欺師、山師、ありとあらゆる その筋 の者が、その館を根城としていた。 そんな連中の中、彼らを纏められる有力な者もいた。表の世界と、裏の世界を繋ぐ役割を担うその者は、『顔役』と呼ばれ、公国では認められていない ”もの” の売買も開催していた。
オークションの内容は多岐に渡っていたが、どれもが公国法に抵触する”もの”ばかりだった。
所有する事が判るだけで、公国内において地位や名誉に致命的な傷を負わせることが出来るような”もの”を公国の貴人達は半ば公然と所有していた。
魂を遊離させるような感覚をもたらす薬。
一口で内臓を腐らせる毒薬。
暗殺ギルドへの依頼権。
呪われた宝石、貴金属。
そして ”奴隷”
”奴隷”のオークションの開催日は二月に一度。
オークションの会場は、むせ返るような、媚薬の香が焚かれ、赤を基調とする調度品が置かれている大広間。舞台に向かって並べられている、豪奢な椅子に腰を下ろした数十人の男女。オークションに参加する、豪華な服装から貴人だとわかる。顔の半分をアイマスクで隠してはいるが、品性を疑う様な笑みを口元に浮かべ、舞台を注目していた。
「・・・最後は、歴史の表舞台から退場させられた、さる王家の御令嬢です。最低落札価格は金貨5千枚からです」
顔役から、説明と最低落札価格を明示された女性が、舞台の上に引きずりだされた。
豪奢な金髪と、美しい顔立ち。 薄物の着衣は体のラインを隠せず、豊満な曲線を描き出していた。細くしなやかな腕は、後ろ手に拘束され、いやがおうにも胸元を強調する。首には、チョーカーを思わせる黒い皮の帯が巻かれて居たが、そこには、鎖がつけられていた。鎖の端は側役が持ち、令嬢が俯こうとする度に強く引かれていた。
「さて、はじめましょうか」
との、顔役の声に、でっぷりと肥えた男が 野太い声で、
「5500」
長身で足の長い男が 甲高い声で
「6000」
背の低い、落ち着きのない男が 上ずった声で、
「6500」
静かに、しかし、ある意味熱狂的に、値は吊り上がっていった。
”居ませんね・・・もう、最後だし・・・ここに流れて来なかったのなら、後は骸に、なっちゃったんでしょうねぇ”
壁に背を預け、フードを目深に被り、辺りを伺いながら、タケトは、依頼主に何と報告しようか悩んでいた。
*************
二月前に公都の自宅から別荘への移動中の馬車が襲われ、御当主の弟君と令夫人、ご令嬢が行方不明になった事件があった。荷運び人の仕事を探しにギルド本部に立ち寄った際、この面倒な事件に巻き込まれてしまった。ギルドマスターと、貴族が言い争っている処に出くわしてしまったからだ。
何でも、貴族の弟君と令夫人は襲われた馬車の近くで、首と胴が離れていたらしく、激昂した当主が衛兵隊に檄を飛ばし、なんとしても犯人を捕まえろと迫ったらしい。 国王陛下もいたく御心を痛め、捜索隊が編成されたが、成果はあまり上がっていないらしい。
その上、ご令嬢の姿が何処にも見当たらず、連れ去られたと思われたため、一刻も早い救出を願い、ギルド本部まで足を運んだらしい。言い争いは、全ギルドメンバーを捜索に出させる様”命令”したからだった。
ギルドに”仕事”を出すには、それ相応の対価を明示する必要がある。仕事の難易度毎に星の数が決められるし、期間も明記される。すべてをすっ飛ばし、ギルドメンバー全員に無報酬で、期間無制限で奉仕しろと言っている様ものだった。当然ギルドマスターは承知しない。 貴族も権力を傘に、一歩も引かない。
ギルドマスターがタケトに気が付いたのは、口論が膠着状態になった時だった。
彼は、タケトを視界に収めた時、これ幸いと、すべてを彼に押し付けることに決めた。彼は、タケトの事を『極めて優秀な男である』と告げ、彼にすべてを一任すると言い切った。貴族は、タケトを胡散臭げに見たが、ギルドと公国との付き合いも考えか、彼にに向かって、『必ず弟の娘を見つけ出せ』と、声高に宣言しギルド本部を出て行った。
「あの~~マスター、契約書は・・・」
「作っていると思うか?」
「ですよねぇ」
「まぁ、適当にな」
「はぁ、適当にねぇ」
ご令嬢を見つけても、契約なしでは報酬は無い。さりとて、やらなければ、公国の領内で自分の”お仕事”すらできなくなる。ギルドマスターからの”振り”を無視するわけにもいかず、深い溜息と共にギルド本部を後にした。
事が起こってから、一か月以上経過していた。手早く情報を収集したが、あまり収穫も無く、攫われ人が最後に行き着く場所に向かうことにした。
二か月毎に売買が行われる ”あの” 場所に。
*************
「ご満足頂ける商品は御座いませんでしたか?」
『顔役』がタケトを見つけると、足音もさせず、近寄って来た。彼もまた、タケトの顧客であり、お届け先でもあった。あくまでも”お仕事”繋がりだったが。
「えぇ、まぁちょっと、訳アリでね・・・ 『商品』はアレだけですよねぇ」
「二か月では、そうそう集まりませんし、トリートメントもしなければ、なりませんしね」
「ギルドマスターの無茶振りで、人探しやってるんですが、なかなか難しくて・・ねぇ・・・」
「・・・あぁ、例のご令嬢の話ですか」
「はい、例のご令嬢の件ですぅ・・・」
「・・・此処だけの話・・・出ておいでに成らないと思いますよ・・・」
「やっぱり、そうですか・・・」
「あの方、色々ありますしねぇ」
「やはり、此方にもおいで成りましたか」
「はい、それはもう大変な勢いで・・・」
「・・・無駄足って訳ですねぇ」
「お力に成れず、申し訳ございません。 お詫びに、と言っては何ですが、地下に別の枠がございます。そちらも、ご覧になりますか?」
「・・・別枠ですか・・・あっちは、余り足を入れたくないですが、一度確認してみないと、報告できませんしねぇ」
「では、此方の鍵を。足元暗いですので、お気を付けて」
そう言って顔役は一本の鍵を渡した。
”別枠・・・奴隷の『焼印』が押された人達の人身売買現場。本物の奴隷市場か・・・行きたくねぇ。マジ、行きたくねぇ・・・”
タケトは益々深く溜息を付いた。




