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彼の地にて:その者、金天秤の均衡を計る金の分銅  作者: 龍槍 椀
金天秤 闇の上皿: 魔王さん ちーっす
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   断章 魔王 その3

闇の精霊神様の、ご配慮で御座います。

『魔王の館』 王都ラルカーンの南側。 魔王直轄地と、赤のレグナルの支配地域の中間地点にその館はあった。 先の魔王は、此処に魔王候補者を集め、その資質をじっくりと吟味していた場所として、知られていた。


 今は、現魔王の別荘的な位置に置かれている。実際は、魔王が執務の大分部をこの館で行っている。王都ラルカーンに滞在するのは、大議事堂で開催される大議会に列席する時だけだった。


 前庭の良く見えるバルコニーに大きく白い丸テーブルと、数枚の几帳が置かれていた。丸テーブルには七脚の優美な椅子が置かれている。その内の四つが埋まっていた。


「レグナルよ。急な呼び出しだな」


 厳つい顔でゲーンはレグナルに言った。


「すまん、ポーターが陛下に差し上げる”もの”を見せに来た」

「それは、重要なものなのか?」


 目をキラキラさせながら、半ば興奮状態でマーグリフが割って入る。


「そうよ、ゲーン。とっても凄いの。よくこんな”魔技術物マギクラフト”組めたものね」


 茫洋とした顔つきで、気怠そうにタケトは呟いた。此処へ来る前に、マーグリフに捕まり、ほぼ二日間眠っていない。


「まぁ、既存の”印”の組み合わせと、”魔法具マジックアイテム”への書き込みですよ」


 レグナルがマーグリフを抑えるように続けた。


「・・・どこかに穴は無いか、それを聞きに来たわけです。 すぐに専門家でもあるマーグリフを呼びました」


 興奮状態のマーグリフは、レグナルの制止を振り切るように、早口でしゃべり始めた。ゲーンはそんなマーグリフを見るのは久しくなかった。いつもは物憂げに、考え事をしており、人の話など全く聞かないマーグリフが、軽く興奮状態で話す事など、めったにない。


「そう、概要を聞いて、飛んできたの。実物を見せてもらって、”呪印”の構造式と、展開式、それと駆動させる魔方陣を見せてもらった時、震えがきたわ! 全部転写させてもらって、弱点とか、問題になりそうな所を見てみたんだけど、全部、二重三重に安全策がとられてて、それが、無理なく整然と動くところなんか、感動ものよ! それからね・・・」


 あわてて、止めるゲーン。このままでは、らちが明かない。


「そ、そうなのか・・・俺は魔道について詳しくない。マーグリフがそういうなら、凄いもんなんだろうな」

「そうよ。みてみて」


 マーグリフが丸テーブルの上に、一枚の仮面を置いた。なんの変哲もない白い仮面。拍子抜けするほどにシンプルな物だった。


「これが、そんなにすごい物か?」


 訝し気にその白い仮面を見ているゲーンにマーグリフがさらに続けた。


「すごいのは、普通の仮面に見えるところもすごいの。でも、これ陛下専用に”調整トリートメント”が完璧にされているのよ」


 まだ、困惑気味にゲーンが応えた。


「陛下専用なのか・・・我らに何か得る”もの”があるのか?」

「ゲーン、私が保証しよう。これは・・・」


 二人のやり取りを聞き、レグナルが説明しようとした矢先、優し気な気品を持った声が四人が座る席に届いた。魔王が、ポリエフと、エイブルトン卿を伴い到着した。


「お待たせ、待った?」


 レグナル達が椅子から立ち上がり、頭を垂れ胸に手を置き深々と礼をとった。


「いえいえ、我等も今しがた到着したところで御座います」

「そうですよ、陛下。 解析に手間取って時間かかちゃいました!」


 軽く興奮状態のマーグリフは、挨拶もせず、魔王に言った。魔王もそんな彼女の様子が珍しく、興味をもった。タケトがいるのを見て、なにか面白物を持ち込んだのだろうと推察した。


「へぇ、マーグリフが解析に手間取る様な”もの”を持って来たんだ」


 ポリエフが、魔王の注意を引き、”まずは”とでも言いたげに、


「陛下・・・ご紹介を」


 と、云った。


「ごめん、エリ、紹介するわ。此方、ポーター。 荷運び人をしている人族。私の友人」


 彼女の後ろに居たエイブルトン卿を横に立たせ、タケトに紹介した。タケトは深々と礼を尽くし、挨拶の言上を始めた。


「幾度か御姿は・・・中央平原の覇者、英傑の誉れ高い副魔王様ですね。お初に御目に掛かります。荷運び人”ポーター”と申します。どうぞお見知りおきを」


 エイブルトン卿は、何故人族がこの場に居るのかわからなかった。現在もなお人族とは戦争の真っ最中である。”敵対する者を御茶会に招くとは、どういうことだ?”と、疑問をのせて話しかけた。


「エリダヌス=エイブルトンだ。人族なのか?」

「ええ、左様でございます。人族ですが、お荷物、ご伝言をお預かりして、この世界の中ならば、何処にでもお届けするのを生業なりわいとしております」

「ふむ・・・魔人族の仕事も受けるのか?」

「ご契約いただければ、私には何ら違いは御座いません」


 じっと目を見て、威圧感を乗せた視線をタケトに送るエイブルトン卿。その視線を真っ向から受け、なおかつ目を逸らさず静かに見返すタケト。”此処にいるのは当然。なんの不思議もない”とも取れるタケトの視線にエイブルトン卿は、興味が沸いた。


「面白い。面白い男だ」

「何分にも、この性格ゆえ、失礼があるとは思いますが、平にご容赦を」


 一応の警戒態勢を維持したエイブルトン卿を含め、皆、思い思いの席に着席した。湧き出した、メイド達が忙し気に歩き回り、お茶の準備をする。 タケト以外の者が直接魔王を見れない様に几帳を取り廻す。優雅に準備の完了を待つ魔王。 他の者も、ゆっくりと寛いだ。


 準備が出来たのか、それまで忙し気に動き回っていたメイド達が潮が引くように退出していった。

 カップを取り上げた魔王が、お茶を口につけつつ聞いた。


「で、なんだい?」


 レグナルが、言葉を受けた。


「陛下、ポーターから贈り物だそうです。 陛下に献上する前に、私に不都合が無いか尋ねてまいりました」

「ほう、それで?」

「私の専門ではないので、マーグリフを呼びましてございます」

「そうなの。解析にむちゃくちゃ時間取られたの。でも、陛下にとって悪い物なにも無かったよ」

「で、それは何処にあるんだ?」

「こちらに」


 なんの変哲もない白い仮面。拍子抜けするほどにシンプルな物。魔王は戸惑った。仮面ならば、今も付けている。誰かが魔王の顔を見ても、視線さえ合わせなければ、この場に居る高位の魔人族ならば”吸魔の力”の影響は僅少だ。敢えて仮面を持ってくる意味が判らなかった。


「ええっと、説明してくれるかな」


 戸惑いながら、テーブルについている者達に問いかけた。

 レグナルが、タケトの方を見て云った。


「ポーター・・・」

「えっ、私が説明するんですか?」

「お前以外誰がするんだ?」


 タケトは周囲をくるりと見回したが、誰もが”何を当たり前な”と、言いたげな視線を投げかけて来るだけだった。マーグリフに至っては、”早くしろよ”と、視線で訴えかけてきた。やれやれと云うように、タケトは立ち上がり、テーブルの上にあった仮面を手に取ると、魔王の方に近づいた。


「あー そうですね。では、実際につけてもらいましょう」

「私がつけるのか?」

「ええ、そのつもりで持ってきました」


 広げてある几帳の角度を変え、皆が魔王を直接見れないように配慮したのち、タケトは彼女に言った。


「先ずはその仮面をお外しください」


 エイブルトン卿は大声で、タケトを制止した。魔王の視線を受けると、高位の魔人族さえ即座に”灰”になる。まして、人族ならば”灰”も残らず消滅するはずだった。魔人族の常識では当然の制止だった。


「ちょっと待て、お前死ぬ気か?」


 その声に、ポリエフは、穏やかに答えた。


「エイブルトン卿、大丈夫です。彼は問題ありません。彼にだけ与えられた役割だそうです」

「なに?ただの人族では無いのか?」

「只人では、陛下はおろか、我等にも会えませんよ」

「・・・それは、そうだが・・・」


 そういわれれば、そうだった。気軽に”エリ”と、自分を呼ぶ相手は、魔人族の最高位に位置する”魔王”。そして、此処にいるのは、魔王の側近中の側近 ”四候”。 人族はもちろん、魔人族でさえ、近くに寄ることすら、めったに出来る事では無い。当然、考えてしかるべきだった。それに、魔王自身が”友人”と呼ぶ人族の男が”只人”であるはずも無い事にエイブルトン卿は、思い当たった。


 几帳の裏側から、軽く上気した魔王の声がした。


「あぁ、体が軽くなる・・・」


 タケトの青かった顔色がさらに、青くなる。


「ううぅ、相変わらず、遠慮がないっすね。 回路が開くまで、時間がかかるんすよ・・・」

「で、どうするんだ?」

「こちらを当ててください」

「こうか?」


 衣擦れの音と、何かを外す音。 そして、何かを着ける微かな音が皆に聞こえた。


「魔王様、まだ”吸魔の力”使えてますよね?」

「あぁ、どんどん軽くなっているよ」

「機能してます。誰か鏡持ってますか?」

「わたし、持ってるよ、はい」


 几帳の内側から白い手が差し出された。その手に手鏡を渡すマーグリフ。手が几帳の裏側に引き込まれた。ややあって、タケトが魔王に言った。


「魔王様、お顔をご覧ください」

「うん? あぁ・・・あれ? おや? なんだこれ」

「こちらも、機能しました。良かった。 あとは、これをご覧ください。もちろん力を使ったままで」


 収納鞄から、小型の籠を出す。魔鳥のヒナが入っていた。もし、魔王が直視すれば、一瞬で灰も残さず消滅するはずだった。 籠の中の魔鳥は何事もないかのように、ピーピーと鳴いている。


「・・・塵にならんな」

「これも機能しました。 違和感は御座いませんか?」

「重い仮面より、はるかに快適だ。・・・もしかして、これを使えば・・・」

「ええ、皆さんのお顔を見て、お話が出来ますよ。 私が同席していれば、いつものように私からのみ”吸収”しながらね」

「こ、これは・・・」

「闇の精霊神様の御依頼ですよ。魔王様の御宸襟ごきんしんを安んじさせてほしい、と。孤独ほど、心を蝕むものはありませんから」


 タケトは几帳を引いた。魔王の姿が現れた。手鏡は胸の前にしっかりと抱かれている。 ゆっくりと、しかし、期待を込めて、皆の顔を一人一人見る魔王。正対し、その視線をしっかりと受け止めるレグナルと、マーグリフ。一度、視線を落とし、恐る恐る視線をあげてくるゲーン、ポリエフ、そしてエイブルトン卿。皆の視線が絡んだ。


 特にエイブルトン卿は驚いている。彼の記憶ある”エクラ”は、まだ成長しきっていない頃の彼女、だったからだ。 魔人族には珍しい、白磁の肌が薄ぼんやりと緑色に発光していた。闇を凝縮してできたような前髪が、はらりと涼やかで切れ長の目にかかる。ほっそりとしているが、端正な顔立ち。その顔に歓喜の笑みが浮かんでいる。


 ”陛下は・・・エクラは、こんなに美しく成長していたのか・・・”


「みんな! 久しぶり!!!」


 抱き合う四候と、魔王。 ポリエフが、レグナルが、マーグリフが、そして ゲーンまでも、皆、顔を寄せ合い、互いの顔を見詰めてあっている。言葉に出来ないが、見詰めあう目と目で、全てを語り合っている。エイブルトン卿も魔王候補者の一人だった。それが故に魔王の『責務』と『孤独』を知る、数少ない者の一人だった。感慨深げに、彼等を見詰めるエイブルトン卿。



 彼らの後ろからタケトは大きく一度頷く。


 ”『改造肉面』、役に立ったようですね。 着けた者の表情をそのままトレースする仮面。 目は魔王様の”吸魔の力”を物のみに作用させる”印”を組み込みました。 ”呪印”の構造式と、展開式には、気を使いましたよぉ・・・”調整トリートメント”は、うまくいった見たいですねぇ”


 見詰め合う四候と魔王を見ながら、そんな事を思っていたタケトは、


「闇の精霊神様。 お願いは果たせましたよね」


 と、呟いた。


断章 : 魔王編 了

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