三話 毒舌女がきた
「いっつもお前の映像を見せられて特訓をしていたのだ」
魔王の娘を名乗る女の子。
その子が俺の家の畑に突如ダンジョンを呼び出してしまった。
聞くと、この子のお父さんである魔王さんは俺を始末しようとターゲットにしているようだ。おっそろしい……。
「でも、父上とは話が合わないし、ずっとお前の映像を見ていたらいい男に見えてきたのだ。家出はしたものの行くあてもないから、じゃあ好きな男に会いに行こうとここに来たのだ。そうしたらお前とは話も合うし、お互いの理想のダンジョンがガチンと合致したのだ! 新居の完成なのだ!」
新居ってのがよく分からないが、変に怒らせるよりは好意を寄せてもらっていることを利用させてもらうか。悪いとは思うが、こんなところで死ぬ気はないんでな。
うまく行けばこいつのダンジョンでずっと食っていけるかもしれんぞ。
「と、とにかくそのダンジョン計画ってのをやってみよう。俺はエスティ、よろしくな」
「やったのだ! 初めての共同作業なのだ! 我が名はルシフォルオーダ、病めるときも健やかなるときも二人は手を取り合い、互いを想い歩んでいくのだ」
俺と家出魔王娘は利害が一致し、固く握手をする。後半のどっかで聞いたような一文は聞き流すことにした。
「それでダンジョンってやつに視察で入ってみたいんだが」
なんにせよ、どういう構造で、どういう特徴があるダンジョンなのか理解しないと、今後の展開も考えられないしな。
「むぅーん、エスティは元気なのだな……我はもう眠いのだー、いつもはもう寝ている時間なのだー……」
時間は夜八時過ぎ。眠いって……こいつ見た目通り子供なのかよ。まぁいいか、夜のダンジョンは危険だからな、日を改めるか。
「そこのベッド使え、俺はこっちのソファーで寝るから大丈夫だ」
いつも俺が使っているベッドを指す。
「むぅーん、すまないのだ……エスティは優しいのだー」
モンスターとはいえ、見た目が小さな女の子だしなぁ。話してみたらちゃんと意思疎通も出来たし、とりあえず危険なことはなさそうだ。
「あ、シーツ取り替え……」
さすがに俺がいつも寝ているベッドまんまはマズイか、とシーツだけでも取り替えようとしたが、家出魔王娘はすでにベッドに丸くなってスヤスヤと寝息を立てていた。
「は、早いな……もう寝たのか」
よほど疲れていたのだろうか。
家出、か。どこから来たのか知らないが、もしかしたら遥かな遠方から大変な思いをしてここにたどり着いたのかもしれない。よく見たら着ている服は結構ボロボロになっている。
「こりゃー新しい服買ってやらんとな」
せっかくかわいい見た目だし、ちょっと着飾ったらお人形さんみたいに可愛らしくなってダンジョンのマスコット的な存在になるかもしれんな。それはそれで客寄せになりそうだ。その辺はレオリングに相談してみよう。
翌朝、ソファーから這い出し起き上がる。
「ふあぁ……」
大きなあくびをしながら家出魔王娘を見ると、まだスヤスヤと寝ている。俺は起こさないように静かにドアを開け外へ出る。
「ダンジョンね。まさか俺の家の畑に出来上がるとはな」
一応、この畑は野菜を植えて新鮮な物を食ってやろうとしていたのだが、ど真ん中にでっかいダンジョンの入口が出来上がってしまった。畑は諦めるか。
下に降りていく階段が見えるが、どれほどのダンジョンなのだろうか。あとで潜ってみよう。
「おいクソ勇者。本当に来ないとかどういうことだ。輪切りぐらい我慢出来ないのか」
唐突に出来たダンジョンの入口にとりあえず物が落ちないように柵で囲い、大きな布で蓋をしていたら、背後から黒いオーラが近づいてきた。
「レオリングか、おはよう。珍しいな朝早くに俺の家に来るなんて」
早朝七時、俺の家に現れたのはレオリング。こんな朝早いにも関わらず、ばっちり顔に化粧が施されている。隙がないですなぁ。
輪切りチャレンジは割に合わないので辞退しました。すいません。
「ふん、たまにはお前の粗末な朝食に付き合ってやろうと気まぐれに思いついてな。ところでお前の自慢の畑の真ん中にあるこれは何の耕作術なのだ?」
レオリングが不思議そうに俺の畑に出来た、石造りのダンジョンの入り口を見ている。俺が柵で囲って布で覆ったので、何か不思議な装置に見えたのだろうか。
「いや、これは……」
「起きたのだー! おはようマイスイートダンジョンと我が旦那エスティ! どんどん人間をおびき寄せてアイテム奪うのだー!」
どう説明したものかとしていたらドカンと俺の家のドアが元気よく開き、小さな子どもが弾丸のように飛び出してきた。そのまま照準を俺に合わせ、残像を残しながら俺の腰にアタックを決めてくる。
「ごっふぁ……!」
ぐっ、このスピードと破壊力……本物だ。共に死線をくぐり抜けてきたレオリングも、家出魔王弾丸娘の動きの早さに驚いている。
「我が旦那? お前いつの間に子供を作っ……いや、誘拐? おいクソ勇者、私は犯罪者の仲間になった覚えはないぞ。説明をしてもらおうか」
レオリングがその自慢の二本の剣を抜き、俺の首に突きつけてくる。いてっって、ちょっと刺さってますやん! 説明します! しますから剣を……と思っていたら、腰に抱きついていたちびっ子、ルシフォルオーダが黒いオーラを放ちだした。
「貴様! 我が愛する夫に何をするのだ! 消し炭にしてやる……!」
油断するとバランスを崩す程の質量のあるオーラを足元から放ち、ルシフォルオーダの目が紅く光る。背中の悪魔の翼が大きく広がり、右手に赤黒い炎の塊を作り出した。
こ、これはマズイ。こいつマジで桁外れの力持ってやがるぞ。抑えないとレオリングどころか俺の命もやばそうだ。
「落ち着けルシフォルオーダ! こいつは俺の知り合い、ようするにお前の部下になる者だ。お前は自分の部下を私欲で消すような奴なのか? それなら幻滅だ、お前と組むことは考え直させてもらう」
俺がマジな顔の演技でレオリングとルシフォルオーダの間に入り、二人を制する。部下とか飛躍の嘘ではあるが、レオリングはすぐに状況を理解してくれるはず。
「むぅうう! い、嫌なのだ! 我はエスティと一緒に楽しくかわいいダンジョンを作るのだ……! ぅぅぅううわああああーん」
黒い炎を抑え、地面にペシャンと座り込んでルシフォルオーダが泣き出してしまった。強く言い過ぎたか、でもなんとか最悪の事態はさけられた。
目を丸くして俺とちびっ子魔王娘を見ているレオリング。さすがにこいつの強大な力を見せられ、少し恐怖が見えるか。
さぁて、どう説明したもんか。恐ろしく前途多難な楽しいダンジョン計画だぜ……。