十話 童貞勇者がきた
「すいませんでした。僕が間違っていました。許して下さい」
街にある大型商業施設でこれからダンジョンに開くカフェの制服に、と服屋を巡っていたら、なぜか頭蓋骨に響くレベルの握力のアイアンクローを食らうハメになった。
「カフェに協力するとは言ったが、こういうのはお前が欲を満たしたいだけだろう」
新規でお店を開くんだ。最初はインパクトが大事なんだ、と美人でスタイル抜群なレオリングにはギリギリを攻めたメイド服風のもの、水着、もうめんどうだと下着だけ、いやもう裸でどうだろうと言ったところで顔面をつかまれた。
「で、でも……露出の多い店員さんがいると男性のリピーターが……」
「お前はカフェを開くんだろう? そういういかがわしいお店をやりたいんなら他をあたれ、クソ勇者。私はどうでもいい男どもに見せる肌は持ち合わせていないんだ。その、なんだ、二人きりで時と場所を考えてくれたのなら応えなくも……」
後半のセリフが声小さくて聞こえないんだが。ここ大型商業施設で人も雑音も多いからな。小さな声は全く聞こえないぞ。
そしてまた残像が出るレベルの弾丸が俺に向かってきた。
「エスティー! どうなのだ、どうなのだ! 可愛くないか、これ! 惚れたか? 惚れ直したか? ついに初夜なのか?」
試着室から出てきた家出魔王娘ルシィが俺の腹に突き刺さる。
着ている服は女性の店員さんがとっておきの可愛いのがあります、と用意してくれた物。ゴスロリみたいな服で、ボリュームのあるヒラヒラがあちこちについている。
残念ながらルシィはツルペタさんなので膨らみはないのだが、背の低い子が着ると大変可愛らしいシルエットになる服を店員さんが選んでくれた。
レオリングもルシィの可愛らしい服に見惚れ、アイアンクローを離してくれた。ナイスだルシィ。
「おおっ、いいぞいいぞ! すっごく似合っているぞルシィ。ちょっと値段がお高いが……いや、こういうのにお金を惜しんじゃいかんな。店員さん、これ下さい」
ルシィも新しい服に喜んでいるし、見た目も可愛いしこれでいいだろう。
「まさか勇者エスティ様がうちのお店に来ていただけるなんて、すごく嬉しいです。いつのまにかご結婚されて、お子さんまでいたんですね」
腰にまとわりつくちびっ子魔王娘ルシィと、なんだか仏頂面のレオリングを引き連れお会計をしていたら、店員さんに変なことを言われた。
は? 俺十六歳だぞ。結婚なんてしてねーって。ルシィが俺の子供に見えたのか? じゃあ奥さんがレオリング? はは、冗談が過ぎるよ店員さん。彼女は力づくでもどうにも出来ないレベルの屈強女ですよ。
ホラ見ろ、それを聞いたレオリングがキレて……いないな。顔を真っ赤にしてほわっほわっ言ってしゃがみこんでしまった。まだ腹いてぇのかよレオリングは。
「い、いや結婚はしていないよ。はは、俺は世界中の女性を愛しているからね。大丈夫、君も僕のマイハニーさ」
「はぅっ、ゆ、ゆ、ゆ勇者様!?」
俺は女性の店員さんの手を取り、背景にバラを散らしながら甘い言葉を囁いてみた。店員さんが顔を赤くして惚けた顔に。くく、効果は抜群だ。
「さて行こうかクソ勇者。ああ店員さん。こいつは童貞をこじらせた妄想犯罪者なんだ。そう、童貞。私はこいつが本当に犯罪行為をしないように見張っているだけだ、妻でもなんでもない」
「そうなのだ! 妻は我なのだ! 勘違いしないで欲しいのだ!」
自我を取り戻したレオリングが再び俺の頭蓋骨アタック。その言葉に店員さんが驚いていたが、ちびっ子ルシィの妻は我発言に優しく微笑む。
どうでもいいが、俺が童貞童貞と叫ばないで欲しい。
本当のことだから余計に、ね。
つぅか俺結構モテるはずだったんだが。だって勇者よ? なんでいまだに童貞どころか彼女すらいねーんだよ。
「そ、そうだ……! よく考えたらおかしいじゃないか! 世界に名を馳せた勇者である俺が童貞っておかしいって! 理不尽だ……もっとモッテモテの毎日とっかえひっかえレベルのオールナイト……」
と言いかけたところでレオリングの目が光った。あ、これマジギレの合図。
さようならみんな。俺、童貞の人生でした。




