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一話 家出娘がきた


「よし、こんなもんか」


「ありがとうございました勇者様! 少ないですがこちらを――」



 俺は街の周囲に住み着き牧場の牛達を丸呑みにするカエルモンスターを退治し、街のお偉いさんから報酬を得た。はっきり言って貰えたお金は少ない。


 まぁ、本気でお金稼ぎたいときはもっとデカイ仕事受けて、モンスターが持っていた物すら売って稼ぐしな。



「カエルも倒したし、帰るか」


 俺が今いるのはベルデミという内陸にある街。


 自然豊かな風景が広がる美しい街で、そこそこ人口も多く物流もしっかりしている。


 雰囲気も気に入って、郊外に放置されていた土地と家を買ってしばらく住んでいる。




 ここはいわゆる異世界。去年、いつものごとく高校に行こうとバスに揺られていたらここにいた。まぁ、深くは考えないようにしている。現に俺はここで生きているしな。


 なぜか手に握っていた剣がこの世界にはありえない魔力を帯びていて、大抵のモンスターは苦戦することなく倒せたので、労すること無く俺は勇者として名を馳せた。


 一年ほど勇者として活動し資金や人脈もそこそこ出来たので、一箇所に腰を据えのんびり異世界生活を楽しもうとこの街に来たわけだ。



「クソつまんねぇおっさんギャグ。耳がどうにかなりそうだな」


 俺の隣で両手で耳を塞ぐポーズで嫌ーな顔をしている女性。ポニーテールがよく似合う金髪美人さん。腰に二本の剣を差し、豪華な装丁の鎧を着ている。その剣も鎧も俺の稼いだ金で買ってやったものだ。


「レオリング、今のはそういうギャグじゃない。普通の流れるような会話だろ」




 彼女の名はレオリング。俺より一個上の十八歳で、黙って立っていればお人形さんのように美しい女性。

 しかしひとたび口を開けばこの有様。俺も最初はこの美しい見た目に騙された。この異世界に来てすぐ起きた大規模戦闘中に知り合ったのだが、その流れるような二刀流剣技と美しい容姿に見惚れ、少し下心ありで声をかけてみた。


「お前はヒョロリン剣だな。剣の力だけで戦っているクソヒョロリン君」


 それが彼女に最初に言われた言葉。ああ、いまだに覚えているぞ。表情も変えず、ズコっと言い放ちやがった。


 確かに最初はこの剣の強さに振り回されていたからな、それを見事に見抜かれたわけだ。





「つーか、なんでついて来たんだよ。俺はしばらくのんびり暮らすからってパーティー解散しただろ」


 せっかく異世界に来たのにモンスター倒してばっかの毎日も疲れたし、俺は一年間勇者として稼いだ金でしばらく隠居生活とシャレ込もうとしたのだが、なぜかこの毒舌娘がついて来た。


「お前といると金に困らんしな。せいぜい身を粉にして働いて私に貢げ、クソ勇者」


 最近はクソヒョロリンからクソ勇者に格上げしてくれたようで、彼女は右手を差し出しさっきの報酬を寄越せとアピールしてきた。


 お前充分強いだろ、俺なんかいなくてもそこそこ稼げるだろうが。


「はいはい、半分こな。無駄遣いすんなよ」


「誰が無駄使いなどするか。私の絶世の美を保つ為の投資だ。お前のような六点男とは違うんだよ」


 彼女評価で俺の見た目は十点満点中、六点だそうだ。普通かちょっとマシな程度ってことか。


 レオリングははっきり言って美人で、巷ではファンクラブもあるそうだ。そして努力もしているようで、毎日の肌の手入れには結構な高額の化粧品を使っている。


 なんか有名なメーカーらしく、バラのマークの入った物。それがお気に入りだそうだ。



「ではまた明日だ。しっかり私にいい思いをさせるようにな」


「はいはい、お姫様の仰せのままに」


 いまだにどこの出身か聞いていないが、どこぞの名家の生まれとかなのかね。



「この先の高級ホテルだ。そこにいるからな。いいか、絶対来るなよ。もし腕力で私にエロいことしようとしたなら、次の瞬間お前の粗末な物は輪切りで転がっていると思え」


 わ、輪切……こ、こえええ! なんて怖いこと言うんだこの毒舌娘は。妙に想像出来て余計に怖いぞ。


「いいな、絶対来るなよ」


 そう言い残すと、彼女はその高級ホテルへ向かい歩いていった。途中何度か振り返り、チラチラとこちらを伺っていた。


 輪切りの想像で俺の欲は消え失せたよ。いくら美人でも輪切りのリスクは負えないっての。



「帰る、か」


 俺は住んでいる一軒家に向かう。金に物を言わせそこそこ設備も揃え、結構快適に暮らせる環境に改造した。



 ちょっと郊外にある大きな畑と倉庫がついた一軒家。周囲は畑に囲まれ、十分以上歩かないと隣の家が無いぐらいの場所。立地は不便だが別にいいんだ、静かにのんびり暮らすには最適と言えるしな。


 ポケットから鍵を取り出し、ドアを開けようとする。


「夕食は何にすっかなー、しまったな……何か買ってくればよかったか」


 よく考えたら食材の備蓄が無かった気がする。しゃーない、もっかい街まで戻って……と考えていたら背後に黒い影が見切れていった。



「動物……いや、違うか……」


 魔法的な物で気配を消しているが、自身の溢れる魔力を抑えきれていない。これはかなりの相手と見える。


 俺は勇者として一年活動し、かなりの数のモンスターを消し去ってきた。向こうにもそれなりの組織があるらしく、人の言葉を話すモンスターも存在した。俺はかなり派手に活動したので相当目は付けられていると思う。


「刺客か。相当の使い手と見るが、出てこいよ」


 黒い影は家の隣に建っている倉庫の影に隠れ、出てこない。何かの作戦か。俺は剣を構え、影の動きに注視する。


 足音は軽い、影も小さかった。おそらく小型タイプの魔法系だろうか。早さでこられたらやっかいか。俺はレオリングに言われた通り、ひょろい単なる高校生が一年鍛えた程度で体術や基礎は弱い。そこを素早さと経験からくるからめ手で攻められると弱い。


 その辺は仲間が、主にレオリングが対処してくれたから生き残れたのだが、今そのレオリングはいない。


「出てこないならこっちから行くぜ。覚悟はいいか? 吼えよ我が剣オーディタルシュテルン……」


 剣の力を開放しようとした瞬間、建物の影に隠れていた物体が残像を残しながら左右に跳び回る。早い……! 俺の体術では追いきれんか。


 影はさらに速度を上げ、残像の数がさらに増える。こ、これはまずいぞ……こんな奴今まで見たこと無いレベルのモンスターだ。


 くそっ……こんなことなら輪切り覚悟でレオリングの裸を拝んでおくんだった。



「ちっ! くらえデイアナブリンガー!」


 いちかばちか一番速度が出る斬撃を放つ。蒼く輝く光が空気を切り裂き、いびつな音を出しながら影へと向かうが、影はいとも簡単にそれを避け俺に突っ込んでくる。


 まずい、これまずいぞ。残像する影から光る物が見える。刃物か、避けきれねぇ……。



「ははは! いつかお前を葬り去ってやるのだ。だが今はこれにサインをするのだ! い、行くあてがないんだ……早くここにお前の名を刻めと言っているのだ! 早く!」


 影が俺を蹴り倒し、地面に倒れ込んだところに光る物を喉元に突きつけられた。俺は覚悟を決め……サイン? 俺のファンか誰かか? にしても熱烈過ぎだろ……。


 俺の胸を踏みつけ、右手には光る豪華なペン。左手には何やらペラ紙をチラつかせている。女性タイプで低い身長だが、背中に悪魔のような大きな羽を生やしている。その小さな体から放たれる魔力は恐怖を感じるほど。


 何者だこのモンスター。


「話が見えん。勝負はお前の勝ちだ、好きにしろ」


 見事に弱点を突かれ、急所に武器を突きつけられた。完全に俺の負けだ。


「勝負? 何のことなのだ。ほらさっさとサインをするのだ、勇者。ほらっ、さっさとズバっと!」



 圧倒的力で踏み倒されサインを求められているが、異世界ではこういうのが普通なのだろうか。


 だとしたら俺より有名な人って毎日こういう目にあっているのだろうか。



 俺は今後、勇者の活動は少し自粛しようと思った異世界転生一年目の夕方。





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