曲がり角専門店
いつもの帰り道を歩いていると、ある店が目に付いた。
真新しい外観のその店は見覚えが無かった。
最近このあたりで新装開店の準備をしていたという記憶も無い。
気になって入ってみることにした。
「いらっしゃいませ!」
明るい女性の声が響く。
それを聞き流し店内を見回す。
広くない店内。
商品を置いてある棚は無い。
小さなカウンターの向こう側に先ほどの声の主だろう女性が笑顔でこちらを見ていた。
ここはどんな店なのか問いかけながらゆっくりと近づく。
すると彼女はまた明るい声で答えた。
「ここは曲がり角の専門店です!」
……えーっと?
意味が解からない。
思わずぽかんとして女性を見つめてしまった。
「曲がり角の、専門店です!」
二度言った。
別に聞こえなかったわけではないのだが。
彼女はニコニコとしながらこちらを見ている。
仕方が無いので戸惑いながらもどういう意味なのか聞いてみた。
「はい!お客様のニーズに合わせて様々な種類の曲がり角を取り扱っているんですよ。」
さっきと大して答えが変わっていない。
どうしよう?店を出ようか。
しかし、どんなものが置いてあるのか少し気になってしまった。
不安を押しとどめてどんなものが置いてあるのかと先を促してみる。
「そうですね……例えばこんなものを取り扱ってますよ。」
言いながらカウンターの下からなにやら取り出した。
一見ただのストラップに見える。
「これは出会いの曲がり角です。ベタなやつですね。」
いったいどういうものなのだろうか?
「パンを咥えて遅刻遅刻〜なアレとか、自動車に轢かれたのになぜか無傷で、乗車していた御仁と知り合うとか様々な出会いを演出してくれますよ。」
なるほど、なんとなく理解できた。
よくみればストラップにぶら下がっているのは道路の曲がり角的なやつのミニチュアの模型だ。
きっと不思議道具的なアレなんだろう。
どのように使うのだろうか。
「任意の曲がり角を見ながらストラップを手に握って祈りをささげたあと、その曲がり角を曲がれば効果が出ます。ストラップが音も無く崩れ落ちれば成功ですよ。」
案外手軽だ。
崩れ落ちるということは一回しか使えないのだろう。
「はいそうです。あといろいろ因果律を捻じ曲げて無理やり出会わせるので相手は『あれ?何で私こんなところに居るの?』みたいな反応になるようですよ。」
それはいろいろ問題があるんじゃ……。
「過去にあった例では異世界の人が出てきて大混乱したことがあるそうです。」
巻き込まれた相手は大迷惑だな。
「その方はなんやかんやで世界を救ったらしいですけど。」
この世界の過去にいったい何が・・・・・・。
そのストラップが存在すること自体が世界の危機なのではないだろうか。
「まあ、大体はよく知らない人とすれ違うだけですから大丈夫ですよ。」
いきなりしょぼいな。
「他には……これは見失う曲がり角ですね。」
出会いとは真逆の効果のようだ。
「追いかけていた人物や尾行していた人物はもちろん目的や目標なんかも見失います。」
前半はともかく後半がやばいな。
「人生の目標も見失っちゃいますね。曲がり角の先は人生の袋小路でした。みたいな。」
みたいな。じゃねーよ。
「使い方は同じなんですが祈りをささげるときに対象の人物も思い浮かべます。そうすればその人がその曲がり角を曲がるときに効果が出ます。受験生に使えばイチコロですね。」
えげつない……。
「まあ、これも『今日はカレーにしよう!と思ってたのになぜか牛丼を食べてた。』くらいの些細なものが大半です。」
それなら安心だな!
「これは見失うのとちょっと似ていますが人生の曲がり角です。」
人生の場合は岐路では無いのだろうか。
「はい、曲がり角の専門店ですので。岐路は分岐点という意味らしいですが、これは見通しが悪いという意味らしいです。」
なんか嫌だなぁ。
「まあ人生なんてそもそも見通しが悪いものですからあまり意味は無いですね。あっ、でも明るい展望が見える方に使えば地味に嫌がらせになりますね。逆にお先真っ暗な人に使えば気休めになるかも?」
どっちもダメだろそれ。
「あと……これは見通しの良い曲がり角ですね。」
そう言って取り出されたのはストラップではなく大き目の鏡だった。
「これを設置すればバッチリです。」
それはただのカーブミラーだよ。
「これはいわくのある曲がり角です。花とかお線香とかが供えられてます。」
それはいたたまれない。
「これは曲がりきれない曲がり角で、確実に事故を起こします。」
物騒なものしか置いてないのか。
「これは三角定規の曲がり角です。」
それはただの角だろう。
「これは20代後半の女性のお肌の曲がり角です。私はまだ20代前半なので大丈夫です!」
いったい何を主張したいのか。
「他にもいろいろあるのですが全部は紹介し切れません。気になるようでしたらそちらの端末で『サワムラ杯セカンド』『曲がり角』で検索してもらえばいろいろ出てくると思います。きっと、気に入る物がありますよ。」
そこにつながるのかい。
……などと、その後もいろいろな商品を見せてもらい、説明を聞く。
なんとも言いがたい物ばかり……でもなく中には妙に惹かれる物があった。
「どうですか?気に入った物はありましたか?」
少し思案したあと頷きひとつの商品を手に取る。
「ありがとうございます!」
彼女は笑顔で梱包してくれた。
いつもの帰り道を歩いて行く。
少し寄り道した不思議な店で不思議な買い物をした。
突っ込みどころ満載の商品ばかりだったのだがなぜか惹かれるものがあった。
店でのやり取りを思い出し少し笑ってからいつもの曲がり角に差し掛かかった。
立ち止まって少し考えたあと、先ほど買った物を使っていつもどおり曲がり角を曲がる。
いつもとは違う何かを期待しながら。