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一章……(3)【その尻尾は、引き金だった】


(なんだ……アレ? こ、コスプレ!?)


 孝は目を見開いて、ベッドに座る美歌(みか)のスカートから覗く“黒い尻尾”を凝視する。


 美歌本人は(うつむ)いて、そんな孝の視線に気が付いていないようだ。或いは、気が付いていないという美歌のフリかもしれないが……。もしかしたら彼女なりに何か意図が有って、それで“尻尾”を孝に見せているのかも知れない。だけど、それを見せられたからといって、そこから隠された意図を孝に察しろというのは無茶な話であって……。


(さて、コスプレだと仮定してだ。アレ、神波鳴さん……さっきまでは付けてなかったよね。何時の間に装着してたんだ?)


 現在、ベッドの上に腰を降ろしている美歌。その彼女のスカートを押し上げ、ベッドの後ろ側へ投げ出すように顔を覗かせているイヌ科の生物の物を(かたど)ったんだろう黒い尻尾。彼女自身から本当に尻尾が生えているかのように、丁度本人の髪色と尻尾が同じ色な所に芸の細かさを感じる孝。


(くぅ、なんだか……)


 それを見ていると、孝は正直……段々と居た(たま)れなくなってくる。でも、それでも暫くは、俯いたままの彼女の様子を眺め、堪えていた。数十秒は堪えたのだが、


(……もう、限界かな。えーと、好奇心はなんとやら……気になるなら確かめないと!)


 自らの好奇心にぜんぜん勝てず、意を決して立ち上がり、数歩進み、ベットで座る美歌と向き合う形になる。考は一度、ごくりと唾を飲み込み気合いを入れると……。


「……失礼するね、カミマシタさん?」


 そう言い。美歌の臀部……の後ろに腕を伸ばし、造り物だと解り切っているソレを、スカートから伸びた尻尾を掴んだのだった。


 ――それが、

全ての、全ての引き金とは知りもせずに……。




       ~ ~ ~




「――っはぅ!?」


 その瞬間。体を跳ねさせ、反射的に声にならない声をあげた美歌。普段の自身の体には無い器官からの刺激だった為により一層、体が、精神が、彼女自身が反応してしまう。


 犯人は解りきっている。美歌の身体の一部を今も握ったまま、ベッドに座る彼女に向き合うよう佇んでいるクラスメイトの男子生徒――狩仁(かりひと)(こう)




       ~ ~ ~




「え、え……?」


 孝は自分の握った造り物である……

“筈”だった、美歌の身体の一部である尻尾。その尻尾から、手のひらを通して自分に伝わってくる確かな生物の熱、質感、感覚に困惑したような声を出してしまう。


(――ほ、本物、モノホンッ!? だって?

まさか、そんな、あ、あり得ない……。え、えッ本物ッなのッ!!?)


 ――考は恐らく、その瞬間。自分でも信じられない程に、困惑し、混乱し、どうしようもなく“尻尾”に釘付けとなってしまっていた。




 ……場面は、こうして冒頭に続く。




        ~ ~ ~




  ――聞いた話しによると。人間は他人が自分の直ぐ近くでこれ以上無いくらい取り乱していると、防衛本能からか反対に落ち着いてしまう習性があるらしい。どこかで耳にしたその雑学を現在、孝は自身の身をもって体験していた。


「はぁ……はぁ……。

う゛うぅ……ひっぐ……ひっぐ……ッ!」


 肩を震わせて、しゃくりあげる美歌。


「えーと。か、神波鳴さん?」


 孝は落ち着いてくると、まず、そんな美歌に対しての罪悪感を感じた。


「ひくっ……そっとして、おいて……」


 弱々しく美歌は呟く。一時は泣き叫びながら取り乱した彼女。だが今は体調不良のせいも有ってか流石に叫ぶのは止めて、ベッドの上で自身の尻尾を股の間に挟み、両腕で膝を抱えて小さくなっている。


「ひっぐ……」


 一見落ち着いているようだが。……彼女の精神がまだ不安定な状態だろう現実は決して変わらない。そして、体勢と尻尾のせいで孝に可愛らしいシマシマの下着がモロ見えになっている。そんな事実もまた変わらない。


(くっ、下着はともかく。……尻尾が……尻尾が気になるよっ! でも、今はそれどころじゃないね! なんとかできないかな、えーと)


 孝はとりあえず、液晶にエラーと表示されアラーム音を鳴らし続けていた体温計と美歌が床に落としたヘアバンドを拾い上げる。


(うんと、僕はどうすれば……)


 拾い上げた体温計を机の上に置き、ヘアバンドを掴んだままで孝は考える。今の美歌は、考が何を言っても、呼びかけても、その声にまともな反応をしてくれない……。


(……これは、時間が経って、自然と落ち着いてくれるのを待つしかないかな?)


 仕方なしに自分が余計な事をするより、時間が解決してくれるのを待つ事にしようとしたのだったが……。


 ――さて、その時だ。

廊下から数人ほどの会話が聞こえてきた。


 …………。


「ねえ? さっきの叫び声聞いた?」


「うん、聞いた。たぶん一階のこの辺りから聞こえたんだと思うけど……。なんだろうね、あれ絶対に悲鳴だったよね? よね?」


「あ! おい、そこの下級生達。ちょっとの間ジッとしてろよ。今、直ぐに先生を呼びに行ってる奴がいるから、変に行動すんな! 危ないかもしれないだろ?」


「ホント、マジでスゲー悲鳴だったかんなー。不審者が校内に入って来てまーす。今も誰かが物陰で刃物を突き付けられてまーす。じゃ、まったく洒落になんねェぞー!」


 …………。


 ――その数人の会話から察するに。どうやら、美歌の声は保健室の外にもしっかりと漏れてしまっていたようだ。


(うっわ……不味いな。外の様子じゃ……きっと直ぐに誰かがこの部屋に来る。確実にめんどくさい事になるから、“今の状況”で第三者が訪問して来るのだけは最低限避けないと……!)


 孝は再び焦り出す。

今までは美歌の尻尾を見て、握ったのが彼だけだからまだ良かった。いや、この場に二人きりだから良かった。時間はかかるだろうが、どうにか場を治める事も可能だったろう。だが、もし先程の美歌の声を聞いた他の生徒や教師が保健室に来てしまったらどうなるのか?


 ――それは、とてもとても大きな勘違いや誤解をするに決まっている。尻尾を付けた美歌に……ではなく。部屋で一緒に居た孝に。


 ――例えば部屋に入ってきた第三者が、今の二人の状況を客観的に見てしまったとしよう……。


 泣いている、尻尾を象ったアクセサリーでコスプレを“させられている”何かしらの理由で衣服の乱れた、ベッドの上で苦しそうに息を荒くしている女子生徒。彼女の下着を見ながら、彼女と二人きりで保健室にいた男子生徒。


 ――そして、被害者の彼女は一言。


『――彼にこの部屋に連れ込まれて、

自分の身体を何度も揉まれた!!』


 と、助けを求めるよう、第三者にこの保健室で起きた“ある意味で真実”である惨状を伝えるのだ。きっと伝えてしまうのだ。


 ――こうして、孝の人生は呆気なく終わりを迎える事となる。美歌の正体も、彼女から生えた尻尾の真実も知らぬままに――永遠に。


(――いやいやいや、それは、ダメだっ!)


 バカバカしいようで全く笑えない。これから起こるであろう自分の最悪の状況を想像して身震いし、首を横にブンブンと振る孝。


 ――外、廊下からは、


「おい! 先生呼んできた来たぞ!!

体育課のマッチョマンだ!!」


「誰がマッチョマンだ! アホッせめて“先生”を付けろ。んで、叫び声だと? んん、なんだァ。この辺りの部屋からかァ? 面倒だな」


「はい、マッチョマン先生。たぶん……被服室とか、空き教室とか、保健室の方からだと……」


「て……おいおいアホッ、勘違いすんな。先生を付けりゃ良いってわけじゃねーぞォ。わかった、この辺りか!」


 そんな会話が聞こえてくる。つまり、孝にはもうほとんど猶予が無いという現実。参考までに、扉の錠は鍵が無いと掛けられない構造なので猶予を延ばす方法等もない。間もなく“マッチョマン”とか呼ばれている教師が部屋に踏み込んで来るだろう。


(うわうわッ!? どうするっ!? どうしようっ?! ―――どうすればっ!!)


 孝は考えを巡らす。


(――無理そうだけど、あぁ、せめて……神波鳴さんが落ち着いて僕に口裏を合わせてくれれば!! ……くっ、ダメか。…………ん、いや、待てよ。そもそも彼女が泣き叫んで取り乱した原因は何だ? 僕が身体に触れたから? ……違う!!)


 更に考えを巡らす。


(思い返すと、『そっとして、おいて』あの言葉的に、僕の行動事態は大して気にしてないみたいだ。だったら、尻尾の存在を僕に気が付かれたから取り乱したんじゃ? もしそうだとしたら……)


 …………ッ!!


「ごめん、神波鳴さん!」


 ――次の瞬間、孝は美歌に飛び掛かった。


「ひっく……ひく……っ!! ……ムグッ!!」


 孝は美歌を勢いのままベッドに押し倒し、彼女の口を自分の手のひらで塞ぐ。どうでもいい事だが、美歌と目と鼻の先という距離で孝は、彼女の頭の上に髪の毛と同色の獣の耳が生えているのにも気が付く。非常に気になったが……今は無視。


「う、むゥ、むゥッ!?」


 泣いていたからか赤く充血した瞳と瞳を合わせる孝。彼女は押し倒された事に理解が間に合っていないのか、目を丸くするばかりで抵抗らしい抵抗をしない。孝は非常に申し訳ないと思いながらも、そのままの状態で美歌の頭の上に向かって呟いた。


「神波鳴さん。後で謝罪でも釈明でもするから、とりあえずこの場は落ち着いて!! じゃないと、いい? この部屋に来た誰かに、その可愛らしい尻尾をまた見られちゃうよ?」


「……つッ!!」


 険しい表情をする美歌。


(よし!!)


 孝の考えは当りのようだ。


「きっと、めんどくさい事になる……。 場合によっては、これまでの(僕の)日常が壊れるかもしれないよ? そうなっても良いのかな?」


「……ひッ」


「だったら……解る? 言う通りにして?」


「……」


「……どう?」


 ……コク、と。


 美歌は口を塞がれたままで頷く。


「よし。じゃあさ、誰か来たら僕に口裏を合わせてね? あとは、これ落とし物! めんどくさいから、その尻尾と耳はちゃんと隠して!!」


「――え、耳? 耳も!?」


 孝は拾ったヘアバンドを投げ返して、美歌を自由にする。そして、直ぐ様に部屋の窓を一ヶ所だけ全開にした。




        ~ ~ ~




「お騒がせして申し訳ありません!!

彼女、虫がとても苦手みたいで。僕が換気の為に開けた窓から虫が入ったから、それで悲鳴上げてしまって……」


 孝は、「虫は何とか捕まえて、今外に逃がした所なんです」と、自然な言葉を付け加えて全開にした窓を閉めた。


「……そうなのかァ?」


 悲鳴が聞こえたと生徒に報告を受けて、実際に悲鳴が上がったこの部屋を特定して入ってきた体格のいい教師。彼は孝の説明を怪訝(けげん)な表情で聞き終わり、美歌に確認を取る。


「そ、そうだよね、神波鳴さん?」


 獣の尻尾をスカートの中にでも隠し、獣の耳も再び身に付けたヘアバンドで隠しているのだろう美歌。孝は顔を引き攣らせて隣に立つ彼女に同意を求めた。彼女の発言によっては、孝は腹を据えなければならないだろう。


「はい…………ぐすっ……はい。すいません、でした。部屋に入って来た虫が顔に張り付いたので、子供っぽく泣き叫んでしまいました。とても反省してます……」


 しっかり口裏を合わしてくれた。


「ん……そうかァ。あーあれだ、何も無かったんなら別にいい。もうそろそろ次の授業の時間だな。おまい等、授業遅れんじゃねェぞ!」


 そう言うと、教師(マッチョマン)はやれやれと頭を掻きながら保健室を後にした。本当にギリギリの、危機一髪で何とかなったようだ。


「……」


「……」


 ――そして、部屋に残された孝と美歌。


「……」


「……」


「…………」


「…………」


 気まずい沈黙。


「……もう、帰って、いいかしら?」


 生気を失い、顔面蒼白、無表情。年頃の少女がしてはいけない程の(やつ)れた表情で孝に質問する美歌。精神的にも肉体的にも限界が近そうだ。見てて痛々しい。


「あ、体温……いや、まあいいか。う、うん。帰って良いよ。でも保健室で少し休んでいかなくて大丈夫なの?」


「…………」


 何事も無かったように言ってみた孝の言葉を美歌は最後まで聞かずに、そのままフラフラとした足取りで保健室を出て行こうとしてしまう。その身体は完全に人間の少女のものであり、獣の耳や尻尾等は見当たらない。


「…………あ、えーとさ」


「…………」


「あの、神波鳴さ……ん…………」


 言葉を探せど、どう言い出せば良いものか。ここでの安易な、短慮な言葉は取り返しが付かない事になるかも知れない。そのまま考が言い淀んでいるうちに彼女は行ってしまった。


 結局、無言で見送ってしまった考。


「……」


 ゆっくり視線を下げ自分の掌を眺める。


「……僕は」


 考は、美歌の感触が残るその掌を閉じたり開いたりしてみた。何度か同じ事を繰り返し、


「……駄目だ」


 それから、ぎゅっと握りしめる。


「僕は……謝りそびれた、それに――」


 自分の軽率で無責任な行動が引き金で、彼女を泣かせてしまった。傷付けてしまったかもしれない。しかも謝るタイミングを逃して、そのうえにフォローも忘れて帰してしまった。あぁ最低だ。こうなるのが嫌だから、他人とは表面上の付き合いしかしないと決めたのに。自分自身を顧みて、ただただ反省する考。考はそろそろ始まる次の授業の事など気にもできず、その場に立ち尽くした。


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