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一章……プロローグ


 ――人間は誰しもが必ず、(みずか)らの内に獣や怪物といった“おぞましい何か”を意識せずに飼っている。だから、欲や不満や怒り等、様々な要因で“そういった存在”が自らの内側から逃げ出して、ある日突然に獣や怪物そのものに転じてしまう者もいるのだ。


 故に、私も、あなた達も。互いに愛し。理解し合い。認めていかなければならない。互いの弱さや醜さや脆さを。人間は高度な社会性と知性の上に成り立ち、成長してきた。それらで己を律している存在である。けれども、どんなに時代が変わりその在り方が変わろうとも、同時に獣や怪物という本能的な一面の隠れた存在(どうぶつ)のままでもあるからだ。


 忘れてはいけない。人間(われわれ)(かんぜん)ではないし、決して(かんぜん)には成れないという事を。人間(われわれ)は不完全さの中で生きる命の一つである。知らぬ事が有ると知れ。己自身や他者の本質を知れ。人間という獣や怪物でもある存在達の事を知れ。それが、必要だ。


   by  T.F 1892~19??年


(※氏の著書【TRANCEーMAN】冒頭部の言葉を和訳して引用。一部箇所に本書以外との註釈や表現が異なっている場合がございます。※文のルビは原本からの表現ままに使用)




        ~ ~ ~




 ――突然だが、

とある哲学者が、後世にこのような言葉を残しているのをご存知だろうか?


 この言葉の意味を要約すると、人が誰しも内面で必ず持っている自分自身で制御できないほどの激情。欲望や本能といった内なる心。言葉の中で“獣や怪物"と表現されているコレらが、いつ如何なる拍子でその者の前面へ出てしまい制御を離れた衝動として爆発させてしまうかも解らないもの。人は普段は自らを律しているが、そんな一面もある動物だ。「だからそうならない為に、日頃から自分や他人の感情を内側まで認め合って大切にしなさいよ」……という意味の言葉である。らしい。教科書に印刷されたこの言葉の横にそう解説文が載っているのだから、きっとそんな意味で残された先人のありがたい言葉なのだろう。


 ――そういう意味の言葉。……らしいのだが、ソレはそれとして。“言葉”というのは実に不思議な物。受け取り手によっては本来その言葉に込められた意味を全く別の方向に解釈したり、湾曲したり、勘違いして理解したつもりになる者もいる。


 ――そう、例えばこんな彼のように。


「ふぅ…………」


 深い、深い、溜め息。


「……良い、言葉だね」


 感銘。といった様子で、彼は深く頷いた。


(“獣や怪物”でもある人間を愛し、理解し、認める。ほぅ、なるほど……。百年近い昔にも、現代文化の“萌え”を理解してた同志の人が居たって事かな?)


 ――とある土地の、とある高校。


 その時行われていた授業で使用中の教科書を何となくペラペラと捲っていて、偶然目に入ったこの言葉。これを読んでみて、湾曲や勘違いどころではなく、常人には理解し難い異次元の解釈をする一人の少年がいた。


(獣や怪物に……転じる……存在。理解。うん、深い、深いね。この言葉を現代に残した同志の人は、只でさえマイナーで理解され辛いジャンルの存在とどう向き合って、どうやって折り合いを付けて生きたんだろうなぁ……)


 少年は一見模範的に、とても真面目そうな態度で授業を受けながらも、実の所は結構暇なのか、内心では検討違いな妄想を膨らませて、勝手にその言葉を残した哲学者の設定をあれこれと想像していく。


「…………うーん」


 そして、感情が高まったのか。ついつい無意識に一言口に出して言ってしまう。


「はぁ、獣……転じる……女の子かぁ。もしも、現実にいればなぁ……」


 そんな少年の心からの――いや、魂からの“意味不明な”呟きは、タイミング良く鳴った授業の修了を知らせるチャイムによって、いとも儚く……かき消された。




     ~ ~ ~





 この少年――名前を【狩仁(かりひと) (こう)】という。

現在は高校一年生。やや癖っ毛の黒髪。平均的な体格。不細工でもなく、特別モテるほどでもない少し非個性的な顔。親しい友人などは居ないが、クラスで孤立するほど社交性が無い訳でもない。運動神経は平凡。勉強や知識などは人並みに頑張れば人並みに身に付くが……それ以上の才能が必要なレベルには決して至れない程度の能力。孝は普通という評価がお似合いの、可もなく、不可もない。そんな人間だった。


 ……少なくとも。

周囲から見れば、の話しだが。


 で、そんなんだから、高校デビューしてから今までの約1ヶ月。孝に付いたあだ名が【量産型高校生・狩仁(かりひと)(ごう)】なのだ。


 ――まあ、だが。見掛けや周囲の評価が普通な奴に限って、内面は物凄い変人や変わり者というパターンもあるから怖いもの。寧ろ、そんな奴に限って巧妙に自身を装ってさえいる。


 ――実際、孝もその内の一人であったから。


 孝には物心付いた時から、他人には余り理解出来ない“ある執着”があった。それはどのような“執着”かというと。変身・変化する存在への執着。かみ砕いて……もう少し具体的に言うと、変化する・変化していく・変化した・変化している存在への深い執着。


 ――例えば、ある童話。

悪い魔法使いが、国一番の綺麗なお姫様を身勝手な理由から、それはそれは醜いカエルの姿に変えてしまう話。


 ――例えば、ある地に伝わる禁忌。

その禁忌をつまらない出来心から破って、その土地で敬われている神様から怒りを買ってしまい、体を生きたまま石にされていった少女の伝説。


 ――例えば、空想の存在。

森の中に入り込んだ若く美しい娘を迷わせ、帰り道すら見失わせた挙げ句に最後には老婆の姿に変えてしまうという、美しさに嫉妬深い妖精の言い伝え。


 もしも一般的な人間が、そうゆう類いの【不幸】【悲劇】【受難】を聞いた場合。それらが空想上の存在や出来事だと理解していても、その“変化・変身”といった“要素”自体には決して良い感情は抱かないのではないだろうか?


 抱くのは、元の姿から変わってしまった“その対象”へのある種の気持ち悪さか……恐怖心か、混乱か。……(ある)いは、哀れみの感情等か。


 …………。


 ――だが、(こう)は違った。

孝は、例えそれが空想上の物語や言い伝えや伝説上の事だとしても。元々の形から別の存在への変身という一種の節目を体験した当人が、周囲の者が、家族が、恋人が……何を考え、思い、悩み、過ごして行くのか。そこに着目する。


 ――人が人間ではない別の存在に変身、変化してしまった場合、やっぱり人とは勝手の違う体に苦労するんだろうか? そして、まるで違う姿形になったその者を周囲の人間はどのように扱うのだろうか?


 ――老が若に、若が老に、年齢がそれまでと大きく変化したらどうなる?


 ――男が女に、女が男に、どちらでもないなら両性具有に。生まれ持った性別が逆転、入れ替わり、変化したらどうなる?


 ――変わったのが、愛玩動物のような可愛い姿ならどうなる? 反対に変わった者が、自らに危害を加えてきそうな獣や怪物のような姿ならどうなる?


 ――思い人が、植物や鉱物のような時間の流れが人間と違う姿になったらどうなる? 共に生きる? 変わってしまったからという理由で切り捨てる? 元の姿に戻す方法を模索する? 自分も後追いをするように同じ姿になってあげる? いっそのこと、楽にしてあげるのも選択?


 ――そもそも現実的に、脳の形や大きさまで変わった場合。人間としての感情は残ったままなのか? 感情は人間でも、人としての意思疎通は可能なのだろうか? 感情や記憶まで変化した場合、それはその人、個人と言い切れるものなのか? 命に魂というものがあるとするなら、それは変身しても元の形のままなのか?


 ――考え続ければ、切りがない。


 ――孝はそんな、“変身・変化”の要素を多少ズレた視点で見て。そこに自身の疑問、興味、好奇心を見出だす。或いは感情移入して、自分がこの立場ならこうすると、その場の最善を頭の中で組み立ててみる。それが堪らなく好きだった。


 ……これが、孝の“執着”の本質。


 そして孝は、現在高校生。

思春期を迎えて、とっくに異性に興味を持ち出しているお年頃である。自然の摂理で、当然孝も異性への興味を持ったのだが……持ってしまったのだが、彼が異性に興味を持った結果。“執着”の対象は“異性の変身”と、より変な方向に歪み、明確化し。以前より増して“変身・変化への執着”が変な方向に重症化してしまっていた。


 ――まあ、長くなったが。要するに、

孝は“変身・変化する異性萌え”という稀な性癖……修正、趣味を持った変態な変人である。


 ――これは、そんな“変態”な少年と、様々な“変身”に難儀する少女達との出会い。そして、彼ないし彼女の日常が非日常に“変化”して行く過程を描いた“変”な物語だ。



※作中に出てくる哲学者、及び、その著書、著書中の言葉は全てフィクションです。実際の人物や書籍には一切関係がございません。

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