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怪盗は迷い猫にいる  作者: うろこ雲
月下美人編
3/14

03.天にぃのばか


「天にぃ、復活早かったね」


 学校に着く前に追いついた天牙(てんが)(ひかり)が安心したように声をかける。


「当たる瞬間に飛び上がって勢いを殺したからな。問題ない」

「でも顔色悪いよ?」


 光が言うように、天牙はまだ若干青い顔をしていた。


「そう見えるか、でも大丈夫だ。無抵抗でこいつの蹴りを股間に食らったら救急車を呼ぶレベルだぞ」


 そう言って天牙は横を歩く彩を睨む。


 彩はさすがに悪かったと感じたのか、視線を彷徨わせながら気まずそうに唇を開いた。


「わ、悪かったわよ。でも一応手加減はしたわ」

「手加減云々じゃなくて狙う場所を変えろよ!!」

「謝ったのに怒鳴ることないじゃない!」


 青筋を立てて激昂する天牙と、逆ギレで目を吊り上げる彩。光は2人の間に体を入れてまあまあとなだめていたが、なにかに気づいたようにふと視線を前に向けた。


「あ、晶ねぇだ」


 光の目線の先には高校の校門があり、その前に『風紀』と書かれた腕章をつけた長い黒髪の女子生徒が立っていた。


「あ、天くんに光ちゃんに彩ちゃん、おはよ〜」


 凛とした雰囲気の美人……清水(しみず) 晶子(あきこ)は天牙たちが歩いてくるのに気がつくと、その見た目に似合わない柔らかな声音で笑いかけた。


「おはよう、晶子姉さん」

「晶ねぇおはよう」

「………」


 天牙と光は順に挨拶を返したが、彩だけはなにも言わなかった。


「あれ〜?彩?おはよ〜」

「晶子、今朝会ったばかりでしょう?」


 彩がため息を吐いて瞑目すると、晶子はじわりと目尻に涙をためて天牙の胸に飛びついた。


「うう……天く〜ん、彩ちゃんが冷たいよ〜」

「ちょ、晶子姉さん!?」


 必然的に彩には無い晶子の大質量の柔らかな膨らみが押し付けられ、天牙は慌てた。


「天くん慰めて〜」

「ちょっ、当たってるから!」


 ふんわり甘い香りが鼻腔をくすぐり、抱きつかれて当たっているあちこちの柔らかな感触にドキッとする。無碍に突き放すことも優しく抱きとめることもできずに開いた両腕を空中に彷徨わせる天牙。


「なにデレデレしてんのよ!!」

「うおっ!!あぶねえ!」


 天牙は晶子を抱き上げて脇腹を抉らんと迫ってきた蹴りをギリギリで避けた。足刀が制服を掠め摩擦音が上がる。


「避けるなこのエロ天牙!!」

「避けるわ!」


 天牙とは違う理由で真っ赤になって怒る彩。一方で攻撃回避のためとはいえ、天牙に強く抱きしめられた晶子は慌てて目を白黒させる。


「て、天くんダメだよ!私たちは姉弟なんだからそんないきなりお外でなんて!」

「晶子姉さん、混乱していろいろおかしくなってるよ!」

「ちょっとなに晶子を強く抱きしめてるのよ!そんなに大きい胸がいいわけ!?」

「お前が攻撃してくるからだろうが!」


 校門前の騒ぎに、何事かと登校して来た生徒が集まってくる。

 傍目には抱き合う天牙と晶子に彩が襲いかかっているように見えるその様子に、周りの生徒達は口々に「浮気か?」「いやなんでも空手部部長が男を無理矢理奪おうとしたらしいぜ」「え、俺は胸の大きさを自慢した清水先輩に虹野がキレたって聞いたぞ」などと適当なことを言いあっていた。


「騒がしいわね」


 液体窒素を流し込んだような、冷たく鋭利な声音が響き、騒いでいた生徒達は一斉に静まり返った。天牙達も動きを止めて、声のした方に顔を向ける。


 モーセが海を割ったように人だかりが左右に分かれる。そこから現れたのは1人の女子生徒だった。


 ゆったりとした歩みで近づいてきた黒条(こくじょう) 舌莉(ぜつり)は天牙達の前で足を止めると、彩に視線を向けて唇を開いた。


「虹野さんは相変わらず知能の低いお猿さんですこと。その脳に攻撃以外の命令系統はないのかしら?」


 彼女が首を傾げると紫がかった黒い艶やかな髪を留めた(かんざし)の鈴がシャランと鳴る。


「黒条……」


 苦々しい表情で睨みつけた彩に舌莉はシニカルな微笑みを返した。


「あら?わたくしはあなたの先輩なのよ、虹野さん。名を呼ぶ時は先輩を付けましょうね?」

「ぐっ……」


 もっともな言葉に彩が一瞬詰まると、その隙を逃さず舌莉は畳み掛けた。


「あら?それすら分からない脳みそだったかしら、無理を言ってごめんなさいね」

「こーくーじょぉおおおお!!!!」


 憐れむような表情を向けられて彩の怒りは簡単に沸点に達する。それを予期していた天牙は素早く後ろに回って彩を羽交い締めにした。

 彩は飛びかかる初動を見事に抑えられ、じたばたと手足を動かして拘束を解こうとする。


「ちょ、天牙離しなさい!!」

「怒ったら相手の思う壺だろ!いい加減学習しやがれ!」


 天牙はそろそろ彩の頭の血管の一つや二つが切れるのではないかと心配しつつも、舌莉の方へ行かせまいと締め付けを強くした。


「あらあら、暴力なんて怖いわ」


 まるで他人事のように手を口に添えた舌莉がコロコロと笑う。


「ぬがーーー!!!」

「砂糖菓子はないぞ!とにかく落ち着け彩!!」

「天牙は黒条の肩を持つの!?」


 裏切り者を見る目で肩越しに振り返った彩に天牙は冷静に言葉を返した。


「今空手部は大事な時期だろ?部長のお前が暴力沙汰を起こしてどうするんだよ。やり返すなら口でやれ」

「噛み付くのならいいのね!?」

「物理攻撃は禁止だと言ってるんだよ!」

「じゃあどうすればいいのよ!!」

「彩。ぜつ…黒条先輩はからかってるだけだ。いちいち気にしてたらきりがないぞ」

「だ、だってぇ……うぅ……」


 勢いを失い、ジワッと涙目になってうなだれる彩。天牙は拘束を解いて、その頭をぽんぽんと優しく叩く。


「泣くなよ。そんな弱い子に育てた覚えはないぞ」

「てんが〜」


 思いのほかダメージは大きかったようで、彩は天牙の冗談に反応せず涙目で甘えてきた。


「ほら遅刻だぞ。気を引き締めて空手部行ってこい」

「う、うん」


 彩は路上に落ちていた学生鞄を肩にかけ、そのまま校門の方へ歩き出そうとしたが、踵を返して天牙の前で立ち止まった。


「どうした?」


 天牙が怪訝そうな顔で聞くと、彩は上目遣いで恥ずかしそうにお願いした。


「ぁ、あたまなでて」

「はいはい」


 天牙がわしゃわしゃと軽く赤みがかった茶髪を撫でると、彩は嬉しそうに目を細めた。


「えへへ……ありがとっ!行ってくるね!」

「いってら」


 天牙は軽快に走り去った彩を見送ると、舌莉の方を向いた。


「おはようございます黒条先輩」

「ごきげんよう、天牙君」

「あまり彩をいじめないでくれますかね。あいつはああ見えて意外と繊細なんですよ」


 半眼で睨む天牙。だが舌莉の笑みが崩れることはなかった。


「強がってる人を見るとつい口をだしたくなるのよ」

「黒条先輩の毒舌は斬れ味が鋭すぎです」

「そう、気をつけるわ。あといつも言っているのだけれど、敬語とその呼び方はやめなさい」


 舌莉は少し不機嫌そうに目を細めた。


「いや大勢の前で生徒会長(、、、、)に馴れ馴れしくはできませんよ」

「天牙君?」


 天牙と舌莉はしばらく睨み合っていたが、折れたのは天牙の方だった。


「はあ……舌莉さん」

「"さん"はいらないわ」

「舌莉」

「ふふ……最初からそう言えばいいのよ」


 深くため息を吐いた天牙を舌莉は満足そうに見ていた。

 話が終わったのを見計らって、晶子がひょこっと割り込んでくる。


「舌莉ちゃんおはよ〜」

「ごきげんよう、清水さん」

「晶子でいいよ〜?」

「遠慮しておくわ」

「む〜」


 にべもない態度に晶子が頬を膨らませるが、舌莉の態度は素っ気ないままだった。


「失礼するわ」


 そう言って舌莉はまっすぐ昇降口へ向かった。


「天く〜ん、舌莉さんに嫌われた〜」

「天にぃ……暑いから早く学校に入ろ?」


 舌莉に冷たくあしらわれた晶子が涙目ですがりつき、眠そうな光が後ろから首に手を回しておんぶを要求する。


 朝から疲れがどっと押し寄せ、天牙は何度目になるか分からないため息を吐いた。



「おはよう君たち!!今日もいい天気だね?」


 疲れに追い打ちをかけるように底抜けに明るい声が聞こえ、天牙の心は白目を剥いた。


「また面倒なのが来た……」


 よく通る声で天牙の名前を出した人物は、わざわざ学校敷地内から校門の外の天牙達がいるところまで歩いて来た。


「やあ影山天牙君!この『"天才"高校生探偵成宮透』を呼んだかい?」


 さらさらした無駄に光り輝く金髪をかき分けるイケメンの名は成宮(なるみや) (とおる)。本人が言う通り、高校生にして数々の難事件を解決している私立探偵でもある。最近はその容姿を買われてモデルや俳優などもやっており、先月から始まった『君の心を推理する』という探偵ドラマはお茶の間の奥様方に大きな指示を得ているようである。


「呼んでないです」

「まあ自慢じゃないが僕には少しばかり才能がある上に、最近はメディアの露出も増えて道行く女性に声をかけられることもふえてきたしね。自分の名を呼ばれたように聞こえてしまったのはしょうがないのかな?」

「はあ……」


 悪い人ではないのだが、無自覚なナルシストかつ人の話をあまり聞かないこと、少々思い込みが激しいことが難点の、天牙にとっては少し面倒な先輩である。


「で、なんの用ですか?」

「すまない。僕としたことが少々回り道が過ぎたようだ。だけど回り道というのが推理においては大切なことでね、なんの関係もないように感じたことが思わぬところで繋がっていたりするものなんだよ。そうそう、この間の『毘沙門天ホテル殺人事件』のことなのだけれど、被害者が利用していないマッサージ施設の受付にあった広告が……」


 脇道に逸れて嬉々として己の関わった事件を話し始めた透を無視してその場を立ち去ろうとした天牙と光(晶子は風紀委員としての仕事がまだあった)。しかし、それに気づいた透が2人の前に素早く回り込んだ。


「まあ、待ちたまえ。僕の話はまだ終わっていないだろう?」

「早く教室に入りたいので」

「右に同じく……暑い…限界」


 天牙と光が揃って嫌そうな顔をしたが、透は全くそれに気がつくことなく、(うやうや)しく(ひざ)をついて光の手を取った。


「ああ、君は天使のようだ。今日被っている麦藁(むぎわら)帽子(ぼうし)姿(すがた)もとってもチャーミングだよ。暗い気持ちでいるときでも君の笑顔を思い浮かべればたちまち元気になれる。三城光さん、どうかこの僕に日曜の甘いひとときを分けてはくれないか?」


 透の甘いデートの誘い文句に周囲の女子生徒が「きゃー」と色めき立つが、光の反応は冷たく辛辣だった。


「いやだ。きもい」

「なっ……」


 ばっさり切り落とされて流石の透も動揺した。


「す、少しの間だけでもだめだろうか?お洒落なカフェや素敵な洋服がたくさんあるお店にも連れて行ってあげられるよ?」


 無理やり笑顔を作り、口もとをひくつかせながらも言葉を続ける透。だが光にそういった場所への興味は皆無であった。


「外に出たくない。家で天にぃとお茶をする方が楽しい」

「え……」


 光は引きこもり体質である。他人の多い人混みは嫌いだし、初めての場所に行くのもあまり好きではない。なので透の誘いは魅力的どころか苦手なものが揃い踏みであり、(うなず)くわけがなかった。


「はいはいそういうことなんで。光は連れて行きますよ」


 そう言って天牙が光を連れて行こうとすると、透が行く手を阻んできた。


「光さん!なぜなんだ!その地味で粗暴で根暗な人間を選ぶのは間違っているよ!?」


 別に光は透と天牙を比べたわけではないのだが、断られたことがショックだった透はそう考えてしまったようだった。


「誰が地味で粗暴で根暗だよ」

「地味っていうのは合ってるかも」


 半眼でボヤいた天牙に、光がいつもの無表情で意見を言う。


「この先輩に比べたらほとんどの男子は地味のレッテルを貼られるぞ」

「む、至言」


「聞いているのか影山天牙!」


 どうやら喋り続けていたようで、透は少し怒気の込もった声で天牙に詰め寄った。


「僕の話は終わっていないと言っているだろう?」

「結論は出たでしょう。光はあなたと出かけるつもりはない。というか邪魔なのでどいていただけますか」

「僕は光さんに言っているんだ!」

「今さっき断られたばかりでしょうに」


 天牙の言葉は全く透に届いていないようで、透は光に顔を合わせて真剣な表情で言った。


「今日のところは諦めるよ。でも一つだけ言わせてもらえば、影山天牙と付き合うことはやめておいた方がいい。僕の勘がそう言っている」

「天にぃが悪いなんてあり得ない」

「まあいいさ、そのうち分かると思うから。じゃあまたね」


 芸能活動をしているからか、手を振って颯爽と去る姿はなかなか様になっていた。

 天牙はそれを見送りながらため息混じりにつぶやいた。


「あれさえなければ頭も良くて優しい、いい先輩なんだけどな」

「嫌い」

「あら、成宮先輩も気の毒に」

「天にぃ?」

義兄(あに)としては可愛い義妹(いもうと)の将来が心配です」

「天にぃはあれと私にくっついて欲しいの?」

「そういうわけじゃないが、義兄として義妹の将来を心配してだな……」

「天にぃのばか、鈍感、ネクラマスター」


 きろりと睨んで毒を吐いた光に天牙は首を傾げた。


「なんで怒ってるんだ?」

「天にぃなんて知らない」

「ちょ、光!!」


 あからさまに不機嫌になった光は普段からは想像出来ない速さで走り去ったのだった。




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