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怪盗は迷い猫にいる  作者: うろこ雲
月下美人編
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02.碧眼の美少女


 朝とはいえ既に陽は高く、通学路は蒸し暑い。


 天牙(てんが)は数百メートル歩いただけでへばった(ひかり)をおんぶしていた。光は天牙におぶわれるや否やすやすやと穏やかな寝息を立て始めた。

 そして(あや)はその隣を歩きながら非常に不満そうに口をとがらせていた。


「屈辱……屈辱よ。再戦を要求するわ」

「引き分けでいいだろ。光の仲裁のおかげで朝練に遅刻せずに登校できそうじゃないか」


 数分前に勃発した朝の乱闘は物理的に(、、、、)間に入った光によって終わらせられた。

 だが彩は、単に手合わせが中途半端に終わったことに不機嫌になっているわけではないらしかった。


「そうじゃないわ」

「?」

「天牙、さっきの組手でまた手を抜いていたわね」


 彩のその言葉でようやく天牙は彼女の不満の理由が分かった。同時にまたそれかとため息を吐く。


「そういうことか。いつも言っているが、組手で本気は出さないぞ」

「私相手だと本気を出せないってこと?」


 スッと双眸を細くした彩に、天牙はそうじゃないと首を振る。


「誤解するな。攻撃のスピードと威力はほぼ本気だぞ?その先は力とか早さじゃない、戦いのスタイルの問題だ」

「それをやってくれればいいのよ」

「あのなあ……」


 意図が全く伝わっていないことに嘆息し、頭に手を……当てようとしたが光をおぶっているので手が動かせないことに気づく。

 天牙は頭脳派というより肉体派な彩にも伝わるように頭を捻った。


「彩は俺を鍛えたのがジジイだと知ってるよな?」

「ええ、とても強い人だったと聞いているわ」

「ああ。で、そのジジイが俺に教えた戦い方はかなり危険なんだよ」


 天牙の育ての親である祖父はある特殊な仕事についていたが任務中の大怪我が原因で引退し、山奥の寺で独りで暮らしていた。


 生まれて間もなく両親を亡くした天牙は祖父に引き取られ、幼少期の大半を祖父の住む山奥の寺で過ごした。そして幼いうちから天牙は過酷な戦闘訓練を施された。

 様々な格闘術やサバイバルのいろは、武器の扱い、そして祖父が編み出したある流派を叩き込まれ、10歳になる頃には特殊部隊並の高い戦闘技術を身につけさせられていた。


「俺がジジイに習ったのは戦いを楽しむためのものじゃなく、いかに短い時間で相手を無力化するかに重きを置いた戦い方だ」

「だ、だからそれを……」

「それは無理だ」


 彩の発言を遮り、天牙は強い口調できっぱりと言った。


「"無力化"って聞くと優しさがあるようだが、実際は違う。関節や内臓、骨、神経を狙う、下手をすると後遺症が残りかねない技ばかりなんだよ。それを彩に向けて使うなんて俺にはできない」

「それは私が弱いから?」

「おいおい、コンクリの壁を砕く女のどこに()弱い要素が?」


 ピキッと彩の表情が固まる。そして無言のまま拳を握って震えはじめる。


「ふんっ!」


 青筋を立てた彩は光をおんぶしているせいで素早く動けない天牙の鳩尾(みぞおち)に強烈な突きを放った。


「ゴハッッ!?」


 天牙は背中に光がいるので下がることも崩れ落ちることもできず、彩の正拳突きの衝撃の全てをその身で受け止めることになった。

 逆流してきた朝食は息を止めることでなんとか胃にお帰りいただき、腕が緩んで落としかけた光を背負い直した。


「ゴホゴホッ……少しは手加減しろよ」

「あんたが余計なことを言うからよ」


 小さい頃から空手の道場に通っている彩は類稀な格闘のセンスを持つ上、体を動かすことが好きだったのでどんどん鍛錬を重ねていった。

 天才の努力ほど恐ろしいものはなく、天牙が出会う頃には彩は師範を含めて道場で一番の実力を持っていた。

 自分並に強い子供がいること、ましてやそれが同年代の可愛らしい女の子だったことに天牙はかなり驚いたものだ。


 天牙と彩が出会ったのは5年前。


 11歳の時に病気で祖父が亡くなると、今度は叔父夫婦の三城家の下で暮らすようになった。

 道場では負けなしだった彩は光の義兄(あに)になって街に引っ越してきた天牙に出会った。

 そして天牙を見た瞬間にその実力を見抜き、その場でいきなり組手を挑んだ。


 結果は彩の惨敗。


 彩は生まれて初めて同じ歳の子供に黒星を付けられた。そしてとても喜んだ。

 負けて地面に大の字で倒れながら笑って喜ぶ彩に天牙は困惑した。だがすぐに理由が分かった。


 彩は退屈していたのだ。


 門下生は年上を含めて皆自分よりも弱く、まともな相手は道場の師範しかいない。

 戦闘狂の彩は道場で頂点を取っても井の中の蛙になることはなく、ただ飢えていた。自分より格上の相手を渇望していた。


 そこに現れたのが天牙である。


 自分の培ってきたものの全てを総動員しても勝てない相手。

 全力を出しても問題なく、越えられない高い壁。


 敗北の翌日から毎日、彩は天牙と手合わせをするようになった。

 雨の日も風の日も。たとえ嵐になろうが彩は天牙に挑み続けた。


 初め天牙は面倒な相手に絡まれたと嫌々相手をしていた。二度と挑む気が起きないように完膚なきまでに叩き潰したこともある。

 だが何度倒そうが、翌日には目を爛々と輝かせた彩が組手を挑んできた。

 そして気がつけば天牙と彩の組手は日課となっていた。


 最初のうちは天牙の圧勝で、彩は天牙にかすり傷一つつけることが出来なかったが、天牙に技や駆け引きを教わり、それを吸収して、少しずつ勝つことが出来るようになっていった。


 だが自分の技量が上がるにつれて彩はある違和感を覚えた。


 天牙は本気を出していないのではないか、そう感じるようになったのだ。

 スピードや力の問題ではなく、もっと根本的なところで天牙は手を抜いているように感じた。

 そして段々とそれは違和感から確信へと変わっていく。


「あんたは……私に力を隠してる。本当はもっと強いのに、それを出そうとしない」


 彩は天牙にだけ全力の自分をぶつけることができた。

 それは天牙なら必ず受け止めてくれるという信頼からくるものだ。

 そして彩自身も自分にとっての天牙のような存在になりたかった。天牙に全力をぶつけて欲しかった。


 だが天牙はそうしない。全力を出さない。


 つまり彩がまだその領域(天牙)に達していないということ。

 そのことが彩はもどかしく、不安だった。

 そして最近はこのようにもやもやした気持ちを天牙にぶつけてしまうことが多々あった。


「彩」


 天牙の強い口調に顔を背けたままの彩がびくっと反応する。


「いいか、俺は彩が弱いから手を抜いているわけじゃない」

「じゃ、じゃあなんでよ」


 ばっと振り向いた彩が悲しそうな表情で天牙を見た。


「さっきも言ったが、お前に見せてない戦い方(モノ)は下手をすれば相手を破壊しかねない危険なやつなんだ」


 天牙は言葉を切り、真剣な表情で彩を見据(みす)える。


「お前は大事な幼馴染だ」

「だ、大事!?」

「万が一にも大きな怪我をさせたらどうするんだよ。俺はどんな顔をしてお前に会えばいいんだ?」

「そっか、大事なんだ……えへへ……」


 彩は顔を赤くしてだらしなく頬を緩めるが、天牙は気づかずに言葉を続ける。


「というか彩は弱くないぞ。大人の格闘家にだって負けないものをお前は持っている。しかも現在進行形で成長してるんだ、いつ抜かれるか俺は気が気じゃない」

「そ、そう?………そうなんだ…」

「どうした?顔が赤いぞ?」


 心配そうに顔を覗き込んだ天牙から彩は勢いよく飛び退き、紅く染まった頬を気づかれまいと再び顔を背けた。


「な、なんでもないからっ!!」

「そうか。ならいいが………」


「落として上げる……天然タラシ」


 背中から放たれた光の小さなつぶやき声は天牙には聞こえなかった。


「今なんか言ったか?」

「なんでもない」






「俺が起こしてもいないのによく朝早く起きれたな」


 学校まであと半分くらいというところで、天牙が思い出したように彩に尋ねた。

 彩は光と同じく朝に弱いので、大体いつも天牙が起こしに行っていた。


「晶子が起こしてくれたのよ」


 彩の答えに天牙は納得する。

 清水(しみず) 晶子(あきこ)は彩と同じく天牙の幼馴染で一つ年上、彩と晶子は従姉妹(いとこ)同士だ。

 完璧超人を絵に描いたような美人で天牙達は小学生の頃からよく世話を焼いてもらっていた。


「そういうことか。ところでその晶子姉さんは?」

「晶子なら、今日は風紀委員会の集まりで朝早く出たわ」


 風紀委員会と聞いて天牙の顔がたちまち青くなる。


「風紀委員会の集まり……まさか持ち物検査か!?」

「そうじゃないわ」

「いや他に朝早く集まる理由なんて……」

「プール開きに伴う防犯チェックよ。去年の事件を繰り返さないためですって」

「あの事件か……」


 学校中を騒がせた一年前の騒動を思い出し、険しい顔になる天牙。晶子が風紀委員長ということもあってかなり深いところまで関わった事件である。できればあまり思い出したくないというのが素直な気持ちだった。


「晶子姉さんは烈火のごとく怒ってたからな……」

「正直もうあの晶子は見たくないわね……」


 普段は温厚な晶子だが、キレるともはや別人格になる。般若も裸足で逃げ出す恐ろしさを思い出し、天牙と彩は遠い目をした。


「そんなに怖かったの?」


 実は起きていた光が2人に尋ねた。


「ああ、小便ちびるレベルだ」

「天牙、その言い方は下品よ」

「晶ねぇが?想像できない」


 わずかに顔を顰める光。普段の晶子の姿からは想像できないのだろう。


「知らぬが仏よ。私も数回しか見たことないけど、絶対敵に回したくないと感じたわ」


 彩はぶるっとその身を震わせ、自分の腕で体を抱きしめた。


 横断歩道を渡ろうとしたところで信号が赤に変わり、3人はガードレールの横で立ち止まる。横には白い高級車が止まっていた。


「うわ……綺麗な子ね」

「……神レベルの美少女」


 車の窓の一つがあいていて、そこから見えていた少女を見て、彩と光はそう漏らした。


 雪のように白い肌に華奢な体躯は折れてしまいそうな儚さがあり、青みがかった黒髪の端正な顔立ちにはサファイアを埋め込んだかのような透き通った青い瞳が静かな輝きを放っている。

 まるで西洋人形(ビスクドール)のような静謐な美しさを持つ少女だった。


 神々しさすら感じるその姿に天牙も釘付けになった。

 ふと、少女の青い目と視線が合う。

 少女は天牙を見るとなぜか驚いたように大きく目を見開いた。

 どこかで会ったことがあるだろうかと天牙は記憶を辿ろうとしたが、その思考は続かなかった。


「天にぃを見てる?」

「ちょっと天牙、なににやけてんのよ!!」

「ぬおぉう!!?」


 予備動作なしで放たれた蹴りが天牙の男性最大の急所を容赦なく襲った。

 下腹部に重い衝撃が走り、あまりの苦しさに天牙はその場で崩れ落ちた。全身から脂汗が吹き出て、その顔は真っ青である。

 天牙から離された光が心配そうに声をかけるが、それどころではないようだった。


 天牙は朦朧とした意識のなか、蹴りを放った彩に掠れた声で抗議の声を上げる。


「………あ、彩、てめぇ……男の最大のウィークポイントをぉ……」

「ふんっ!天牙がどこぞのお嬢様をデレデレした気持ち悪い顔で見ているのが悪いのよ!!」

「んな理不尽な……ぐぅ……」

「光、こんな男は放っておいて行きましょう」


 お腹を抱えて蹲る天牙に背を向けて光の手を引っ張る彩。


「え……でも天にぃ辛そうだし……」

「いいから行くわよ!」

「あ」


 光は言外に天牙が回復するまで残ることを提案したが、彩に強く手を引かれて青になった横断歩道を渡って行った。




「ま、待て……うぅ……」


 取り残された天牙は2人を追いかけることができずに地面で苦しんでいた。







▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼









 その青い瞳は車の中から横断歩道の横のを映していた。そして同時に困惑していた。




 閉塞感に耐えらずに車の窓を開けていたら、制服の3人組が歩いて来た。


ーーー高校生でしょうか?


 窓を閉めなければと思いつつも、羨ましさからついじっと見てしまった。

 そして小柄な女の子をおんぶする少年と目が合ったとき、少女を驚きに目を見開いた。


ーーー視えない?


 まさかと思い、少女は少年の側にいる2人にも目を向ける。


ーーー……いえ、横の2人は視える(、、、)。力が消えたわけではないのですね。


 分かっていたとはいえ、やはり少し期待してしまった自分がいた。

 少女はわずかな失望を意識の外に追いやり、なぜか視えない少年へもう一度目を向ける。すると少女はちょうど横の快活な少女に蹴られて蹲るところだった。よほど強く蹴られたのか真っ青な顔で苦しそうにしており、少女は介抱しようと車のドアに手をかけた。


「水蓮様?」


 横の従者から発せられた怪訝そうな声にはっとして現実に引き戻される。

 少女……月ノ宮(つきのみや) 水蓮(すいれん)は慌てて開閉ボタンを押して窓を閉めた。


「大丈夫です。少し外の風に当たっていただけですから」

「そうですか。ですがお気をつけ下さい、お嬢様のそのお力は………」

「ええ、分かっています」


 心配する従者に水蓮は静かな声音で答えた。

 信号が変わり、車が動き出す。


「まもなく孤宝博物館です」


 水蓮は少年のことが気にかかったが、従者の言葉に今はそれどころではないことを思い出し表情を引き締めた。



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