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怪盗は迷い猫にいる  作者: うろこ雲
月下美人編
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01.いつもの朝の一幕


この小説は本日7月7日に開催されている士シ告心さん主催の『非リア願望週間』参加作品です。


検索欄に「非リア願望週間」の7文字を打ち込むとこの企画に参加している方々の作品が出てきます。


是非そちらの方もあわせて楽しんでみてください。


 巨大なわたあめのような入道雲が青空に浮かび、ジリジリと照りつける太陽がアスファルトを熱する。


 三城(みしろ) (ひかり)は玄関から一歩外に出るや否や顔を(しか)めると、回れ右をしてクーラーの効いた家の中へと戻ろうとした。

 しかしそれを後ろから来た影がやんわりと押し戻す。


「はいはい戻らない。これ以上の長居はできないぞ」

「熱い……帰りたい」

「まだ家から出たばっかりだろ。せっかくのプール日和なんだし元気に登校しようぜ」


 (あき)れたように笑う義兄(あに)影山(かげやま) 天牙(てんが)に光は心底嫌そうな顔をする。


「天にぃ……今朝の気温は既に24度だよ?日中一番気温が高い14時には31度の予報なんだよ?これはもう人間が活動する気温じゃないと思う。だから帰ろ?」

「帰るもなにも俺はまだ玄関から手も出していない状況なんだが」

「じゃあ早く手を出して引っ込めて。そして今日は一日おうちでゆっくり休もう」


 門から出てもいないのに既に帰りたいモードになっている義妹(いもうと)に天牙はため息をひとつ吐き出した。


「お前はギリギリまで寝てたじゃないか。目覚まし3個でも布団から転がしても起きなかった奴が休みたいとか言うな」

「寝てるのは布団じゃなくてベッドだよ?」

「揚げ足取りはいいから。とにかく学校に行くぞ」

「ええ……でも暑いし、日差しがまぶしいし……」


 色素の薄いショートボブの頭をぐるぐる回しながら抗議する光。

 天牙はそれに答える代わりに右手に持った麦わら帽子をスポッとその頭にかぶせた。


「………涼しい」

「麦わら帽子は偉大だな。じゃあ行くぞ」


 そう言って天牙は玄関の鍵を閉め、門を開けて青空を仰いだ。


「快晴も快晴。絶好のプール日和じゃないか」


 天牙は長い前髪をピンで留め、後ろの光に同意を求めるが、光の険しい表情は変わらない。


「……それがいや」

「なんでだよ?暑い日に冷たい水に入ると気持ちいいだろ?」

「それには同意だけど、あの塩素臭がいや」

「俺は好きだけどな」

「天にぃがおかしいだけ」

「そうか?」


 塩素臭が好きなことは一般的ではないのかと首をかしげる天牙。


 すると視界の右に人影が写った。


 その瞬間、天牙は右肩の学生鞄を投げ捨てると両腕を交差させて"十字受け"の構えをとって頭上を守った。

 受けの完成とほぼ同時に鋭い衝撃が天牙の両腕を襲う。


「ぐっ!!」


 とっさに膝を曲げたものの勢いを殺し切れず、腕にダメージが残って押し殺した声をあげる天牙。

 腕に(しび)れを感じながら顔を上げると案の定というか見知った顔がそこにあった。


「おはよっ!空手日和のいい朝ね!」


 勝ち気な目をしたポニーテールの虹野(にじの) (あや)は、天牙に"かかと落とし"を放った足を下ろして元気に挨拶をした。


「彩ねぇおはよう」

「おはよう彩。なにが空手日和だよ」


 痺れる腕をさすりながら半眼で天牙が睨むが、それを気にせず彩は構えをとってその場で空手の型を始めた。

 風を切る鋭い突きと蹴りの流れるような連携技。激しい動きに時々短いスカートがまくり上げられるが、スパッツを履いているからか本人は全く気にしていないようだった。


 最後に"回し蹴り"を放った体勢のまま、そのしなやかな長い足をピタリと止めて彩は天牙に笑いかけた。


「青い空に白い雲、こんな気持ちのいいお天気に戦いたくなるのは当然でしょう?」

「嵐が起きようが雷が落ちようが毎日毎日いつでもどこでも襲撃してきてるだろうが!」

「そうだった?でも晴れてる日の方がキレがあると思わない?」

「いつも痛いんでよくわからん」


 苦い表情で天牙が答えると、なぜか彩は表情をぱあっと明るくした。


「つまりいつも素晴らしい蹴りってことね!?やった天牙に褒められた!」

「褒めてねえ!どうやったらそんな結論にたどり着くんだよ」

「こう、蹴りとか突きとかを痛いって言われると、効いてるんだな〜って思って嬉しいじゃない?」


 無邪気な彩の笑顔に天牙は頭痛がしたようにこめかみを押さえた。


「この戦闘狂(バトルフリーク)が………とにかくその物騒な癖をやめろ、その速さと重さの攻撃だと重症人が量産されかねん」

「大丈夫よ?あの威力で攻撃するのは天牙にだけだから」

「全然大丈夫じゃないんだが」

「ま、何事もなかったんだからいいじゃない。ぐずぐずしていると部活に遅刻するわ!」


 スッと一切体幹をブレさせることなく足を下ろした彩は道に投げ置いた学生鞄を取って歩き出した。


「ちょっと、俺の腕の負傷は!?」

「外傷が残らないような蹴りだから大丈夫!とにかく行くわよ!」

「たちが悪いな……というか待てコラ一発殴らせろ!」


 天牙は彩の背後まで距離を一気に詰め、その背中に鋭い突きを放った。


「なっ、危ないじゃない!うら若き乙女を殴るのは紳士のすることじゃないわよ」


 くるりと回ってそれを避けた彩が天牙を睨んで叫ぶ。


「毎日襲ってくる暴力ゴリラを殴っても問題ない」


 天牙の暴言に彩は眉を吊り上げた。


「なんですって!?美少女になんてことを言うのよ!」

「美少女は蹴りを放ったり猿みたいに木をよじ登ったりしねえよ!」


 声のトーンを一段下げた彩が肩に下げた鞄を再び地面に置いた。


「………一回死なないと分からないみたいね」

「お前も三途の川を見れば少しは慎ましやかな態度になるだろうさ……あ、そっちはもう慎ましいんだったか」


 一歩も引かない天牙は彩の起伏に乏しい胸部を鼻で笑った。


「ほぉおおおう………?」


 ビキッと額に血管を浮かべた彩から強烈な殺気が放たれる。

 そばのゴミ収集場で袋をつついていたカラスは一斉に飛び立ち、塀で休んでいた猫が一目散に逃げ出す。


 言ってはならないことを言った天牙にギリっと歯ぎしりをして拳を握りしめた彩はゆっくりと近づいた。


「死刑決定よ。執行猶予はないわ」

「はっ俺に勝てると思ってるのか?」

「残念だったわね。今までに1081戦547勝……えと……で、私が勝ってるわ!」


 負けた数をとっさに計算できなかった彩は誤魔化すように声を上げた。


「差し引き534敗な。まずはお前のその残念な頭をどうにかしろ」

「な……」

「お前は脳みそまで筋肉でできてるんじゃないか?」

「ちゃ、ちゃんと高校に受かったじゃない!」


 若干勢いを失った彩は目線を天牙から外して言った。

 天牙の呆れたような声がそれを否定する。


「晶子姉さんのおかげだろ」

「と、とにかく受かったんだからいいの!大体なんで天牙は勉強ができるのよ、産まれた日は私とほとんど変わらないのに……」

「ま、お前とは根本から違うってことだな。努力ではどうしようもないことだからあきらめろ」


 勝ち誇ったように天牙が言うと彩は顔を地面に向けて笑い始めた。


「……ふふふふ」

「どうした?暑さでついにおかしくなったか?」

「ふふ……脳を中心に狙えば天牙の知能を私レベルに落とせるわよね?」

「は?」


 彩の言ったことがわからず眉をひそめる天牙。


「頭を100発ぐらい殴ればさすがの天牙でもバカになるはずよ。私が勉強しないで知能で追いつく画期的な方法ね。なんて天才的なのかしら!」


 彩の考えた解決策は自分の知力を高めるのではなく、逆に天牙の知力を下げることで自分の頭脳と釣り合いを持たせるというものだった。


「お前自身の努力はないのかよ!」

「時間をかけて勉強するより拳で手っ取り早く出来る手段を選ぶ方が賢いわ!」


 そう言いながら拳を脇に構えて一歩踏み込んだ彩を迎撃するべく、天牙も右足を引いて開いた手を前に出した。


「ちっ、こいつ開き直りやがった!」

「これが最良の選択よ!」


 顎を狙った鋭い正拳突きが放たれる。天牙はそれを首の捻りだけで避けると、突進してきた勢いを利用して腹部に膝蹴りを見舞った。

 しかしそれを予期していた彩は前方宙返りで蹴りを難なく回避すると後ろを確認せずに足刀を放つ。天牙はそれを後ろ手で払い、振り向きざまの後ろ回し蹴りを叩き込むが、同じタイミングで顔面を狙った彩の突きと鈍い音を立ててぶつかった。


「避けるんじゃないわよ!おとなしく殴られてバカになりなさい!!」

「あ?一遍(いっぺん)死んでその脳筋を矯正しやがれ!!」


 始まった大乱闘。

 互い一歩も譲らない攻防戦が平和な朝の住宅街で繰り広げられる。


 ドカッ、バキッ、と普通の喧嘩では出してはいけないレベルの打撃音が鳴り響き、空を切った攻撃はガードレールを曲げ、鉄の看板を凹ませる。


 一級品の技量を持つ者同士の戦いは、まるでアクション映画に勝るとも劣らない派手な光景だった。




「私、帰ってもいいかな?」


 ポツンと1人残された光は麦わら帽子では防ぎきれないアスファルトからの照り返しでかいた汗をタオルで拭いながら、回れ右をして涼しく快適な自宅に戻ろうとした。


「あ」


 だが家の門を開けたところで重大なことに気づく。


「鍵は天にぃが持ってるんだ……」


 鍵は義兄(あに)が持っているので家には入れない。だけどこのまま2人の闘いが終わるまで炎天下の中を待つ忍耐力はない。


 光は『三城(みしろ)』と書かれた表札を名残惜しそうに見ると乱闘の現場に戻った。


「止めないと……」


 光は次からは絶対に自分用の鍵を持つことを固く誓うのだった。



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