第7話 神さまの宿る湖
口に含んだ瞬間、混乱した。
魔法で出した水で軽く洗った“艶々として美味しそう”を通り越して体に悪そうな毒々しさというか、まるでプラスチックにペンキで塗装したかのような、手のひらサイズのリンゴ。シャキシャキとして食べごろと解析で表示されたポムナは、バナナの味がした。
「……」
確かに食感は、シャキシャキしていて瑞々しいと言える。不味くはないし、毒もない。おまけに気分が悪くなる所か体力が回復した気さえする。けれど味がバナナ。
「悪くはない。不味くもない。けど! リンゴじゃないのかっ」
食べれないことはない。果物は全般的に好きだし、バナナもリンゴもよく食べる。でも、見た目も食感もリンゴの姿をしているバナナに、ちょっとがっかりした。これじゃない感が半端ない。いや、バナナも好きだけど。
「……なんだかなぁ」
ちょっと前の浮揚で浮かんで上下できた感動も、高揚も、ちょっとした怖さも全部吹っ飛んだ。
ちょっとしたがっかり感を抱えながら、座っていた枝から飛び降りる。着地の直前に風の魔法をクッション代わりに使い、足から着地した。
「……簡単な魔法なら無詠唱でも使える、と」
脳内メモに少し増えた知識を書き込みながら、ふむふむと頷く。そうしてポムナを見つけた時に反応のあった、知的生命体の反応に向けて歩き出す。
この世界に来てから、頭の中でイメージした魔法は全部使えた。
とはいっても、アニメやゲーム、ラノベでよく見る広域攻撃魔法はまだ試してはいない。攻撃魔法は生命の危機に発現した、モモンガ熊やオオカミに使った魔法、といったところだ。
「……広域攻撃魔法も、使えそうな気もするんだけど」
一緒に呪文―むしろキーワードに近い―を唱えるとはいえ、そっちよりもイメージすることこそが魔法を使う事には重要そうだととりあえず考えておく。一応。
いい加減にも近い推察だが、使えなくなっても困るし。
検証と推察を交えながら、徐々に散らかっていく思考の片隅で周囲を警戒しつつ向かった先で、唐突に木々が途切れた。
「……っ」
むせ返るような、濃い水と森の香り。
今まで通ってきた木々の間とはまるで違うその場所は、森の中にひっそりと存在する“とても大きな力が宿った”湖があった。
「すごい……」
圧倒されるような、濃密な存在感。
さっきまでの木々の間とは違う、神秘的ともいう。一種の近寄りがたさや荘厳さが肌をなでる、ピリピリとした緊張感と“神様”のような、人知を超える存在を否応なく理解させられる場所。
濃密な空気が絡みつく。
人が立ち入るのには躊躇しそうなほどの、濃密な気配。まるで人が立ち入ることを拒んでいるかのようなそんな湖の前に、それはいた。
『ぐぅ……がっ……がぁあっ――』
それは、湖のほとりで、ひたすらに苦しそうに地面を掻く一体。
「……白虎……」
人など簡単に組み伏せられそうな巨大な体躯に、白い毛並みに黒の縞模様の入った虎。鋭そうな牙と爪。常ならば理性の光を宿すだろうその瞳は、苦痛に揺らめいていた。