第4話 弱者は生きるために考える
目を、閉じる事だけはしちゃいけなかったんだと思う。条件反射にも似た、この動作を。この世界はとても優しく、美しく、綺麗で胸を躍らせる。
けれど同じくらい厳しく、醜悪で、残酷だ。
不意に、体の中から何かが抜けた。同時に、風が優しく頬をなでる。ガサリと、木の葉が擦れあう音も聞こえたような気がした。
振り上げられた手が下ろされたのとは違う、優しい風の触れ方に、驚きと困惑を胸に抱きながら、私はゆっくりと目を開いた。
「はぇ……」
開いた目に飛び込んできたのは、全身に無数の傷をつけながらピクリとも動かずに倒れていたクマのような、モモンガのような“生き物だった”ものだ。
その状態の不可解さに思わず気の抜けたような、困ったような声を出しながら、ゆっくりと振り返る。
背後にいたはずのオオカミ。
そのオオカミも、全身に無数の傷をつけ、倒れていた。
「なんで……」
命の危機から脱した安心感よりも、浮かんだまま口からこぼれたのは疑問の言葉だった。そうしながらも、ゆっくりと巨大モモンガとオオカミに挟まれていた場所から後退る。
パッと見ただけでも、二匹の体には大小の無数の傷があり、血が流れていたようなので。セオリー通りに血の臭いに誘われた他の獣に襲われても、今度は助かるという保証がない。
混乱する頭でとりあえず結論をだし、なんとなく激しい音を出さないようにしながら、そっとその場から離れた。
「……」
なるべく音を立てず、頭の片隅で周囲を―分からないなりにも―探りながら考える。先ほどの不可思議な現象を。
何が起こったのか。
あのまま、あの不思議な現象が起きなければ、確実にあのモモンガのような、クマのような不可思議生物の鋭い爪に引き裂かれ、おいしく食べられていたはずだ。
あの場にいたのは、自分とオオカミとモモンガ熊。息の根が止まっているのを確認したわけじゃないから確実とは言えないけれど、オオカミとモモンガ熊は全身傷だらけで、血を流して動かなかった。
二匹とも失神していて命が助かった可能性もあるが、逆に瀕死の重傷の可能性もある。どっちでも今の時点では大差ない。とりあえず生き延びられたのだから。
問題は、あの不可思議な現象。あれは偶然か、必然か。もしくは故意か。
あれが偶然なら、この世界はとても危険だ。なにせオオカミに追いかけられたのは部屋から出てすぐだった。
どれくらい追いかけっこしたのかははっきり覚えていないけれど、命がけの追いかけっこで体力が底辺を張っている文学少女が体力尽きるか尽きないか程度の距離しか走っていない。
覚えている限りの情報では、水場はおろか食べられそうなものは全くなかった。本当に木ばっかりしかない。
そこまで考えて、とりあえず息を吐く。
そういえば部屋から水を持ってきていた。思い出したら体が強烈に水を欲していたので、あまり行儀がよくないけれど、移動しながら飲むことにした。
これから先、いったいどうなるのか。
流し込んだ水は、やっぱり生温くて飲めないよりマシ。そんなモヤモヤした、どうしようもない感じだった。