第1話 カーテンを開けたら異世界(?)だった
カーテンを開けたら、異世界だった。
何を言っているかわからない? 大丈夫、私もそうだから。
いつもと変わらない平凡な一日を過ごして眠りについた私は、ほとんどの人がそうであるように目覚まし時計の音に起こされ、カーテンを開けた。
いつもと同じように出窓からお向いの壊れかけたベランダの柵を見るともなしに見るはずだった私の目の前には、巨大な樹木がへばり付いていた。
「……は?」
うん。意味が分からない。
とりあえずもう一度カーテンを閉めて、一呼吸してまたあける。
……やっぱり出窓にへばりついているのは巨大な樹木。正確にいうのなら、幼稚園児くらいなら包み込めそうなほど大きな葉っぱ。
「いや……これで窓の外の光景が変わっている方がびっくりするけどさ……」
とりあえず何か見えないかと出窓を開けずに視線を巡らせる。この正体不明の樹や葉が何かわからないし、絶望的にありえないけれど家の小さな猫の額ほどの前庭に突然変異の種でも落ちて、突発的に育ったかもしれないし。
窓に顔を押し付けながらも限りなく低い希望的観測を胸に抱きながら、眼下を覗き込む――
「うん、意味が分からない」
目に入ったのは見慣れた小さな前庭ではなく、どう見てもこの巨大樹木の幹と根と、目の前に張り付いている葉よりは小さい落ち葉が敷き詰められた(おそらく)地面だった。
とりあえず部屋の中に篭っていても仕方ない。しばらく出窓にへばりついて見つめていた地面をウサギのような小動物が走って行ったのを見て、私は外に出ることにした。
今まで生きていたのと別の世界だし、見たのは小動物だが、空気くらいはちゃんと吸えるだろう。たぶん。後は出たとこ勝負。っていうか、他の部屋があるにしろ、この部屋だけにしろ、かき集めても一週間分の食料はきっとない。
それなら、思い切って家を出て周りを探索するのが正しいと思う。まだ体力も気力もある今のうちに、食料と生活圏確保とできれば人のいる町と、生活手段は欲しい。切実に。
パジャマを脱ぎ捨て、いつもの癖で制服に手を伸ばして……やめる。かわりに紺のカーゴパンツにインナーは黒のカットソー。その上に薄手で丈の長いパーカーを羽織り、少し考えてからカッターナイフとライター。スマホ(圏外だけどアプリが使える)とメモ帳、ボールペンとたまたま目についたセロハンテープをウエストポーチに入れて腰につける。
……いや、ただマジで特別変異な巨大樹木なら全然必要ないだろうけどさ。真面目に異世界だったら護身用にナイフ系は必要でしょ。火種とか。メモ帳とか。
セロハンテープはただ単に机の上にあって目についたっていうのもあるけど、持っていれば色々便利かなーと。本当はガムテープの方が安心感はあるんだけど、生憎私の部屋にそんなものはない。
ここが異世界で、家ごと転移? 移動? してるなら納戸かリビングボードの中にはあるだろうけど……さっき出窓からへばり付いてみた感じ、一階部分なさげなんだよね。
というか、隣の部屋があるかどうかも怪しい。部屋のクローゼットの中には食料としてカップ麺とかもあるけど……手元にお湯はないんだよ。
あ、とりあえず常備してあったミネラルウォーター(500ml)は持ってく。温いけど。
部屋のノブを捻って扉を開け、閉める。クローゼットに詰め込んでいた皮の手袋を手にはめて、買ったばかりの上履きをはいて、もう一度扉を開いた。
「……木登り……いや、登んないけど。……何年振りだろう?」
扉の外に見慣れた光景は何もなかった。どうやらこの部屋は、この巨大な木の枝に作られた秘密基地のような、微妙なバランスの上に出現しているらしい。